1-11旧友との戦い
「そーだよな、お前みたいな恵まれた人間にゃ、理解何かできねーよな。理解できるはずもないのに、俺の成り行きなんて教える必要もない」
「俺は――」
恵まれた人間なんかじゃない、と口を挟む暇も与えずアルヴァーはなおも続ける。
「出奔したっつーウワサはマジだったのか。タチの悪い冗談かデマだと思ってたぜ」
「――っ」
「地位も名誉も簡単に捨てるんだな。全く羨ましいもんだ」
アルヴァーの表情にあるものは怒りだ。
その怒りを無理やり抑えつけようとしているのか、表情が引きつっている。
何も理解できないくせに、というその台詞はそっくりそのまま返してやりたい。
だが、俺がアルヴァーに対して抱いているのは怒りではなかった。
哀れみとか悲しみの方が強すぎて、それ以外を感じる余地がない。
「俺の方が『何で?』って聞きてえよ。ま、聞いたって、どうせわかんねーで終わるんだろうけどな」
「わかんねーって当然だろ」
口を挟んできたのはケインだ。
その言葉はどうやらアルヴァーには届かない。
ケインの言う「当然」という意見には同意だ。
だが、俺も無視を決め込んでアルヴァーの言葉の続きを待った。
アルヴァーの言葉の端々にあるのは俺に対する怒りと敵意だ。
『恵まれている』のに『簡単に捨てる』ことへの怒りだとは思う。だが、全ての怒りがそこに向いているわけでもないようにも思えていた。
幼い頃は言葉にしなくてもお互いが考えていることは何となくわかり合っていた。少なくとも俺はそう思っていた。
同じ師に師事し、同じ志を持っていたからこそなのか。
今は成長した分、あの頃より推察することはできるようになったと思っていた。
だが、今は、アルヴァーの考えは納得できそうにない。
「まあいい。構えろよ。さっさと終わらせよう」
「本気なのか?」
「ああ」
手にしていたナイフを捨て、アルヴァーは剣を抜いた。
斬りかかってきたアルヴァーの一撃を躱し、俺も構え直す。
「相変わらず、悪くない反応だな」
口笛を鳴らしてアルヴァーは言う。
恐らくアルヴァーにもわかったのだろう。俺には、余裕などない。
アルヴァーと俺は、言わば同門の出である。
癖も技もお互いによく知っている。
今の鈍りきった状態で、ほぼ互角であったアルヴァー相手にどこまでやれるというのか。
「なあ、懐かしいなあ。こうやって剣を交えるなんて何年ぶりだ?」
確かめるように、彼は手にした剣を何度か振ってそう言う。
記憶の中にある幼いころのアルヴァーと重なり、嫌でも動揺してしまう。
こいつ相手に冷静に対処できる気がしない。
「――っ!」
気づくより先に体が反応していた。
無造作に振り下ろしたアルヴァーの剣を手にしていた己の剣で受け止め弾き返す。
「やっぱひっかからねぇか」
彼は楽しそうに笑うが、その顔にあるのは嘲笑だ。
酷い不意打ちである。
咄嗟に反応できたのは、この感覚を体のどこかが覚えていたからだ。
思考も体も両方とも鈍っていて、両方の間に隔たりがあった。
足下が覚束ない。今の俺は全てバラバラで不快感しかない。
「反撃しねえと嬲り殺すぞ」
次々と繰り出されてくる刃を後退しながら何とか躱す。
追い詰められているのはわかる。だが、こちらから仕掛ける隙は見せてくれない。
アルヴァーの剣は一見じゃれているようでその一太刀一太刀が重い。
このままでは消耗するだけで終わる。
「どうした、本気出せよ」
できるか。と反論する余裕はない。
剣の軌跡を目で追って対処するだけが精々だ。
受け流すのは頭より先に、体が勝手にやっているような感覚だ。
うまく捌ききれず剣同士がぶつかり合う音が鈍い。
思考と動作の噛み合わなさも、何もかも気持ちが悪い。
憎悪にも似た嫌悪感に吐き気をおぼえる。
だが、思考にも動作にもどちらかに合わせようとすれば間違いなくアルヴァーの剣の餌食になるだろう。
餌食、か。
何だか冷ややかな心情に沈みかけたその時、アルヴァーが大きく間合いをつめて懐に入り込んできた。
間髪入れずに剣を真っ直ぐに突き出してくるが、奴の剣を持つ手を無手で押しやってそれを阻止する。
「酒くせえな」
ぽつり、とアルヴァーは言葉を漏らし、崩しかけた体勢を立て直しつつ、後方に跳躍し間合いを広げた。
「酒浸りとは。とんだお笑い種だな」
醒めるのを恐れ、飲み続けた酒だ。臭いが抜けないのはわかっていた。
そうか、この気持ち悪さは酔いのせいでもあるのか。
アルヴァーはそれを鼻で笑うが――
「お前に何がわかる」
お前に俺を笑う資格はないという思いを込めて冷たく言い放ってやる。
「ああ、わかんねえよ、わかるわけねえだろうが。お前が俺のことを理解できないように、お前のことなんか理解できるか」
「――わかるとかわかんねえとか!」
少し離れて様子を窺っていたケインが、俺とアルヴァーに向かって突然怒鳴ってきた。
「わかるわけないだろ! 感情は人それぞれで自分だけのもんだろ!? そもそもわかって欲しいのかよ! 何もしないでわかんねえって拗ねたガキみたいなこと言ってるようにしか聞こえねーよ!」
感情的になって声を荒げるケインに俺は完全に毒気を抜かれてしまった。
正論ではある。
アルヴァーだけじゃなくて、俺にも言っているのだろう。
拗ねたガキというのが言い得て妙だ。
「理解して欲しいんだったら、剣じゃなくて言葉を尽くして説明しろよ! アホかお前らは!」
「理解なんざ求めちゃいない!」
ケインと俺の両方に向かって、アルヴァーは吠え剣を構えた。
「理解もしない!」
「はあ?」
眉をひそめるケインをアルヴァーの視界から隠すような位置へと移動し、俺も構えた。
ありがたいことに、このやりとりで息を整った。
まだ戦える。
大振りするアルヴァーの剣を、片足を引くだけの動作で躱す。そのまま宙を切ったアルヴァーの剣めがけて、剣を振り下ろす。
ガキンと衝撃が伝わった。アルヴァーがそれを捌こうとするが、それを力任せに押さえつける。地面に剣が付くまで押さえつけ、俺はアルヴァーに左肩をぶつけるように体当たりをくわせた。
完全に不意を突かれたように、アルヴァーは後方に倒れ込んだ。
機を逃すまいと間合いを一気に詰めるが、アルヴァーの方が早い。
立ち上がらず、振り下ろした剣を剣で受け止めながら放ってきた蹴りをまともに食らってその場にたたらを踏む。
しりもちをついた状態から放たれた蹴りだ。威力はほとんどないが足を止めるには十分だった。
アルヴァーは勢いをつけて立ち上がると、その反動を使って大きく剣を振るう。難なくそれを躱し、そのまま大きく踏み込んで、アルヴァーの足元を狙って剣を横に薙ぎ――
完全に見えなかった。
手から伝わる衝撃に虚を突かれたことを知る。――体の方が先に反応していた。やはり思考は後から反応する。――同時に手にした剣が鈍い音をたてた。
剣が――折れた。




