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1-10 再会

 あと、一人。

 方向転換しようとした瞬間、膨らんだ殺気に、咄嗟に剣を構える。

 手に加わった衝撃に一歩後退しつつ体勢を整えた。


 リーダーと思わしき盗賊が斬りかかってきたのを受け止めた形だ。


「やってくれたな」


 怒気を孕んだ声音には反応を見せず、次々と打ちかかってくる大剣の斬撃を確実にいなしていく。

 力も技術も粗削りだが決して油断してかかっていい相手ではない。

 だが、油断しなければ今の俺でも負けることはないだろう。


 がちっと頭目の長剣と俺の剣とがかみあった。

 力を込めて頭目の刃を弾き、一歩踏み込んで頭目の長剣目がけて渾身の力で剣を振り下ろした。


「うおっと」


 大きく体勢を崩し、盗賊のリーダーらしき男はおどけた声を上げているが、それには構わず俺は次々と剣を叩きこんでいく。


「あんた、強ぇじゃねえのよ」


 圧されているはずの状況でそいつはにやりと笑う。

 わかり易い挑発だ。反応を示さず冷静に追い詰めていった。


「おいおい、ちったぁ乗れっての」

「ヒュー!」


 鋭いケインの叫びで、そいつの後ろにある何者かの気配にはじめて気づいた。

 一歩後退ってひそかに吐息を漏らす。

 息が、想像以上に息があがっていたことにようやく気付いた。周りが見えていない、という己の未熟さに苛立つ感情を完全に抑えることをできなかった。

 顔を顰めていることを自覚しながらも、現れた気配の主を睨みつけた。


「頭」


 盗賊の一人なのだろうか、突然現れたそいつは、リーダーに呼びかけて、その長剣を持った手首を後ろから押さえ込んでいる。


「……興に乗ると周りが見えなくなるのは相変わらずか」


 リーダーから俺へと目を向けて、そいつは俺に向かって言い放つ。

 相変わらず? 聞こえた言葉に首を傾げる。まるで俺のことを知っているような言い方だ。


「邪魔すんな、アルヴァー」


 頭と呼ばれたリーダー格が口にしたその名前に、一人の人物が思い浮かんだ。

 アルヴァー、だと?


「お前、どこに行ってやがった!」

「客室内の確認ですよ。別に金目のもんは見つからなかったんで無駄足でしたけど」

「何やってんだか」

「頭こそ何をやってるんです? 部下壊滅してるじゃないですか」


 揶揄するように、アルヴァーと呼ばれた男が言えば、頭はイラついた様子を隠すことなく怒鳴った。


「うるせえ! こいつを倒して巻き返せばいいんだろうが」

「馬鹿が」

 

 アルヴァーと呼ばれた男は吐息とともにそう言葉を漏らして笑う。


「チンケな悪党の頭目如きが敵う相手だと思ってんのか」

「誰に向かって口を聞いてやがる」

「フィルツの英雄に喧嘩を売っている阿呆なボスにだ」


 その台詞に内心うろたえた。何でこいつがそんなことを知っている? まさか、本当に、こいつは――


「英雄? 何の話だ!?」

「正確にゃ、英雄の息子、だよな?」


 問いかけるような言葉に反応することもできず、何とかこの盗賊の表情を探れないかと観察する。


「つまりあんたじゃ役者不足っつーこった」

「てめ、何を!」

「知れたこと、裏切りだよ頭」


 慌てて頭は背後に立つそいつへと振り返る。が、遅かった。既に振り上げられたナイフは頭へと振り下ろされていて――


「ぐっあ!」

「今まで世話になったな。俺が新しい頭目になってやるから後のことは心配すんな」

「てめ……アル……」


 前のめりに倒れ伏す頭の背中に持っていたナイフを突き立て、そいつは「ふう」と息を漏らした。


「頭はフィルツの剣士様に倒された。んで俺がその剣士様を倒して次期頭へとのしあがる。どーだ、仇討ちとは完璧なシナリオだろ」

「……本当に、アルヴァーなのか?」


 信じられない心地でおそるおそるそいつに尋ねる。

 知っている名前ではあった。

 だが、知っている名前の人物と目の前の盗賊とは結びつきそうにもない。


「覚えていてくれたとはね。光栄だぜ、英雄の()()()さんよ」


 フィルツ人の一般的な様相である黒髪と黒目。顔に刻まれた幾つかの深い傷跡。結びつかないとは言ったものの、見れば見るほど、あの頃の面影があると思い知らされる。


「知り合いなのかよ?」

「……幼馴染だ」


 ケインの問いかけに、アルヴァーから目を逸らさぬまま答えてやる。

 逃げろと言ったのに、こいつは逃げなかったのか。

 当たり前のようにケインの背後にはセフィもいる。


 ……知らず知らずのうちにため息が漏れた。

 防戦は元々そんなに得意ではない。今の俺の状態でアルヴァー相手にやりきれるのか。

 だが、自問の答えは、「やるしかない」。その一択だ。


「こんなところで何をしている、アルヴァー」

「そりゃこっちのセリフだ。お前こそ首都にいるはずだろ」


 動揺を落ち着けようと敢えてアルヴァーの名を呼んで問いかけてやる。

 アルヴァーは俺の質問に更に問い返す形で応じてくる。


「……」

「ま、んなもの、どうでもいいか」


 俺が答えられないでいると、アルヴァーは興味がなさそうにかぶりを振った。


「なあ、幼馴染の願いを聞いてくれないか」

「願い?」

「俺の野望を叶えるため、大人しくやられてくれよ」


 ふざけているようなその素振りは幼い頃のアルヴァーそのままだった。

 中身もそのままだったらどんなによかったかわからない。


「そんなの――きけるか」

「だよな」

「親戚の家はどうしたんだ?」


 両親を流行り病で亡くしたアルヴァーは、親戚の家に行くことになって故郷を離れた。

 それ以来会うことなく、これが十数年ぶりの再会だとは、皮肉でしかない。


「あ? そんなものとっくに捨てたに決まってんだろ」

「は?」

「親戚なんて、所詮は他人だ。他人のガキなんて奴隷も同然なんだよ。生涯誰かの言いなりなんてそんな人生クソくらえだろ。だから捨ててやった」


 アルヴァーが今ここに至るまでどんな人生を歩んできたのか、俺には知らない。

 あの時別れてから一度も会うことはなかった。だから、何も言えることはない。


「久々に会った旧友が盗賊に成り下がっているなんて思いもよらなかったってか?」


 肩を竦めてアルヴァーは続ける。


「生きるために色々やった結果だ。けど、今までの人生で一番人間らしい生活をしているぜ? 飯も食えて、寝床もあって、金も女も酒も不自由はない。腕さえあればなんだってできる! いくらでものし上がれる! なあ、夢のようじゃねーか」


 そんな言葉、肯定できるはずもない。

 反応できないでいれば、彼は不快そうに鼻に皺を寄せた。幼い頃によく見せた表情だった。

 変わらないのに、変わってしまった。

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