4-16 一番会いたくて、一番会いたくない
「さてと、——また、来たみたい」
陽炎のようなゆらめきが道をふさいでいるのを確認し、セフィが手にしている刀を構えた。
同時に光の輪が彼女の周囲を覆い囲む。
「任せて、ちゃちゃっと片付けるから」
全然気負った風もなく、気軽な口調で言って彼女は<虫>に向かって飛び出していく。
力も使っているのだろう。収縮されていく<虫>を牽制するように斬りつけながらも追い詰めていく。
小刀で打ち付けるような精細さはなく大振りだが、堂に入った剣撃である。完全に一つの塊になった<虫>を上段から両断し、次から次へとわいてきている<虫>に視線をやって、足を踏み出した。
<虫>を僅かに削りながらも、ある程度の大きさに固めたら斬りつけて消す。いつものやり方だ。ただ、次から次へと<虫>が発生していてきりがない。
「終わりが見えない」
ぼんやりとした口調で言いながらも、セフィは刀を振るう。
動作が止まることなく流れるように次の動きへと転じているのは見事だといえる。常に先の先を考えていなければ、ああは動けない。
父親である師にしっかりと教え込まれてきたのが伺える。
その方法はセフィが父親を軽んじているあの様子から、そんなに良いやり方ではなかったのかもしれない。ひそかにそう思う。
親から直接教わるのはどこかで甘えが生じる、と師匠も自分の娘を見てそう言っていたから、何らかの衝突はあるのだろう。多分。
セフィの様子を観察しながらそんなことをつらつら考えていたら、急にセフィはそのペースを一気に跳ね上げた。
猛スピードで<虫>に駆け寄ると、刃が見えないぐらいの速度で振り下ろし、踏み込んだ足をそのまま別方向へ向け――
「——もう、やっちゃうしかなくない?」
「砕けない方に賭ける」
問いかけられて、素直にそう返す。
今の状況、手助けしたくても俺にできることはない。セフィに全てを託す。
「うん、私もそっちに賭ける」
追い詰められているはずなのに、やたらと明るい口調でセフィは言って、刀を振り上げ構えた。
先ほど見たのと同じように、刀身がまばゆい光を放つ。
目を開けていられないほどの眩さを放つその刀を、セフィは思い切り振り下ろせば、あたりが白い光で満たされた。
「終わった……? よかった、砕けてない」
光に眩んだ眼をゆっくり開けば、その場で飛び跳ねて喜びの声をあげてから、こちらに駆け寄ってくるセフィの姿が見えた。
辺りに広がっていた<虫>の群れはきれいに消え去っている。
「信じてくれて、ありがとう」
まっすぐに俺を見てそう言ったセフィに訳が分からず目を瞬かせていれば、セフィは心底安心したような無防備な笑顔を見せた。
「止めないで見守ってくれたから、ありがとう」
「いや、俺のほうこそ、何もできなくて申し訳ない」
「大丈夫! 私が動ける限りは問題なし! 気にしないで。きっとたくさん迷惑かけてたんだろうなあって思うから」
迷惑?
「外で」
迷惑を被った覚えなどないと思っていたらセフィは小さく付け加えた。
外で、か。
「迷惑じゃない」
「本当? じゃあよかった」
彼女はあまりそこについては深く追及するつもりもないようだ。そう言って再び前方に伸びる道へ進路を戻す。
「ねえ、見て」
セフィが指差した前方には、切り裂いたような形で空間の中に白い世界を覗かせた裂け目が見えた。
「あれ、外に通じる出口じゃないかな? 絶対そう!」
歓喜の声を上げる彼女は何というか、元気だ。
この元気さがなければ、この体たらくで脱出など無理だっただろう。感謝しかない。
「走れる?」
「早歩き程度なら」
「行こう!」
俺の手を引こうとしたのか、手を伸ばしかけて触れられないと気付いたようでセフィはその手をすぐに引っ込めた。
「外に出たら、ぐいぐい引っ張るからね」
「それはどうなんだ」
その宣言は本当にどうなんだ。
外にある魂が欠けているといわれていたセフィと目の前にいる実体のないセフィが出会えば、セフィは自分を取り戻せるのだろうか。
取り戻せたらどんな姿を見せてくれるのだろうか。少しだけ興味が沸いた。
セフィが急く気持ちがわかる。
足をなるべく早く動かして、その裂け目へと急いだ。
「それじゃ行ってみよう!」
裂け目の前で気合を入れ、セフィは大きな一歩を踏み出して裂け目へと飛び込んだ。
俺もそれに続こうと、剣を先に地面に突き立て、足を引きずりながら入ろうとしたところで、背後から腕をつかまれた感覚に足を止めてしまった。
「ヒュー? どうしたの?」
「ヒュー」
セフィが呼びかけてくる声にかぶせるように、その声が響く。
懐かしく、そして、——何も考えることができず、反射的に振り向いてしまった。
「——会いたかったのに、どこに行くの?」
軽く首を傾げ、俺の腕にその華奢な指を絡ませているのは——
「ミルド……レッ……ト……?」
一番逢いたいと思っていて、一番逢いたくないと感じていたその人物だ。
可愛らしく小首を傾げ、微笑む姿はずっと夢に見ていた彼女の姿そのものだ。
だが、これは。
「ヒュー!?」
<虫>が模したモノだ! と思った瞬間、再度見える範囲すべてに広がった陽炎に全身が飲み込まれていた。
まずい、と思ったその時にはもう抜け出すこともできず。
前と同じように、セフィの悲痛な叫びを聞きながら意識は闇の中に落ちていった。




