4-15 <虫>ごときに
「それが本物なのか」
つま先のない足を引きずるように歩きながらセフィの手の中にある剣について尋ねてみる。
よく見てみれば、それは片刃の刀だということに気づいた。
そういえば師匠が言っていたな、セフィの父親は刀を使う男だったと。セフィも小刀を使っていた。
実物を見たことなど数回程度だ。
両刃の剣に比べればかなり軽量だろう。だからこそカッシュの一撃は随分軽かった。
「ちゃんと<虫>を消滅させてたから本物じゃないかな」
そう言いながら、セフィはようやくこちらを振り返った。明るい表情に戻っていたので内心ほっとする。
手にある刀を俺に示すように見せ、セフィはその切っ先を地面に向けた。
「一体ずつ斬りつけないで、さっきやったみたいに一気に消せばよかったんじゃないのか?」
「うん、そうなんだけど」
『一人』ではなく、敢えて『一体』と言ったのはあれは<虫>だと自分にも言い聞かせるような気持があったからだと思う。
セフィもそれはわかっているのか単位について触れることなく、困ったように眉根を寄せて俺から目をそらした。
「また砕けちゃったら、もう取返しがつかないかなー……って思って」
「ああ」
確かに、それは絶望でしかない。
少しだけ嫌そうに顔をゆがめていたが、すぐに表情を元に戻しセフィは俺に背を向けて前方へと足を進めた。
「それが本物だと何でわかったんだ?」
空気が微妙に重い。
セフィの背中に、話題を変える意味で質問を投げかけてみる。
「これね、さっきの『最強の剣士』の家に代々伝わる伝説の刀なんだって」
「伝説の刀?」
最強の剣士、というとセフィの父親か。そうすると彼女の家に昔から<虫>を消滅する手段があったのか。
セフィが扱う力といい、その刃といい、砂漠の民は<虫>と対峙するための存在なんだと改めて実感した。街の中に<虫>が封じられていて、万が一<虫>の封印が解けたときに戦う為の民なのか、と。
「冗談が大好きだからどこまで本当かわからなかったけど、実際<虫>を消滅させてたから本物だったんだなーって」
「父親なんだろう?」
「うん。父親で、師匠でもある人。嘘ばっかり言わなきゃ手放しで尊敬できるんだけど」
娘としては複雑な感情があるのかもしれない。
確かに揶揄するようなあの雰囲気は掴みどころがない、そんな感じだった。
「そうだ。確かにさっきの、『お父さん』にしては弱かった」
「弱い?」
セフィの口から出てきた言葉がにわかに理解できなくて聞き返す。
先ほどのあれは決して弱くはない。
「思わなかった? 『最強』を名乗るには色々足りないって」
「そう言われてみれば」
その一太刀の残像さえ目で追えない速さには驚きはしたが、その一撃は軽い。俺の欠損した体でも持ちこたえることができたほど。
セフィの言うように『最強』と名を馳せるには弱いように思う。
「妹の記憶の父がああなんだと思う。わたしの記憶を読み取って再生してたら一撃でやられてただろうから助かったってことになるんだろうけどね」
「そんなに強いのか」
「同じ人間とは思えないぐらいね。あ、でも、ヒューなら勝てるかも」
それは先ほども聞いたセリフだった。果たして『人間とは思えない』と娘にまで言わしめる人物を、俺がどうにかできるのかというのは疑問だ。過大評価ではなかろうか。
「だって、父のほうが体力尽きるの早いと思う。年だから」
「父親が聞いたら泣くぞ」
親に対して容赦のない言葉に思わず呻いてしまった。
勝利の根拠は剣の技巧ではなく体力なのか。
「残念だっていうのは、父と同意見かな」
「残念?」
何だったか。セフィの父の形をしたそれの台詞を思い返した。腕が欠損してなければ、もっと楽しめただろうに、だったか。それと同意見とは。
「あの父をヒューが打ち負かすところ見たかったな、残念。て意味で」
「……本気で泣くぞ、父親が」
娘にここまで言われる父親に少しだけ同情の気持ちが生まれた。
五体満足であったとして、師匠と互角だったという自称「最強」の男にかなうのだろうか、甚だ疑問ではある。
ただ、ほんの少しだけ、挑んでみたい気持ちもあった。今の状況ではかなわぬ願いであったが。
「ここの<虫>を全部きれいに消滅させたら、ヒューの腕が生えてきたりしないかな」
そんなことを朗らかに言われても困る。
期待するように手にした刀を素振りするのもやめてほしい。どういう反応をしたらいいか本当に困る。
「そうなるといいな」
困った挙句、他人事のような口調でそう返すのが精々だった。
「……本当に、戻るといいのにね」
「……」
本心を漏らすかのように、呟かれるのも反応に困る。
片手でも剣は振れる。感覚を掴むまで少し時間がかかるだけだ。足もつま先がなくても何とでもなる。
途中でやめるわけにはいかない。それだけは確かだった。
「そうだ、<虫>!」
微妙な空気を感じ取ってか、ぽんと軽く手を打ってセフィは俺のほうに向き返った。
そのまま歩みを止めず後ろ歩きで足を進めながらも口を開く。
「<虫>って人の負の感情で増えるって言ってたでしょ? 妹の記憶を使って人の姿を模したのって、私に負の感情を抱かせたかったのかなって」
「……それはありうる、のか?」
「だから意識して感情を殺して何とか撃退できたわけだけど、あの場で動揺してたら私、<虫>を増殖させてたのかな?」
「それは、わからないが――感情を殺す?」
「え、やるでしょ、精神統一」
セフィに当たり前のように言われて、ああそうだった、と、すぐに納得した。
俺も師匠から教わっていた。無念夢想という概念だったか。何も考えていない状態で剣を振るう。剣を持つ者が目指すのはそこだと。
結局は思考を止めることはできず、「何も考えるな」という考えだけは消せない。
「完全に無心にはなれないけど、それでも考えるな! って考えで頭の中埋めちゃえば他のことを考えないようにできるから」
「そうやって<虫>と相対する必要があるのか」
「わざわざ憤ったり哀れんだりして<虫>の餌にはなりたくないから確かめようがないよね」
確かめる術はない。セフィの言うとおりだ。
<虫>を増殖させれば、貪り食われて終わる。生き延びる保証はない。
「ちょっとだけぞっとした」
そう小さな声音で口にして、彼女は前方へと体を向けた。
ぞっとする? この娘がか?
疑問に感じたことに、自分で驚いてしまった。
目の前にいるのはただの少女だ。怯えるものぐらい普通にあるだろう。
だが、なんとなく何が起こっても余裕で何でもやってのけそうな気がしてしまっていた。それは彼女が持っている雰囲気のせいなのかもしれない。
「<虫>に学習能力があるのかもって。妹の記憶を覗いて、確実に私が動揺しそうなものを選んできたなのかなって。偶然じゃなくて、ちゃんと狙ってたとしたら、<虫>が意図的にそうしていたとしたら、いつまで無心でいられるのかなって。そう思ったらね、ちょっと怖くなった」
「……<虫>がそれを狙っているのか」
「その可能性があるって話。ヒューも気を付けて。反応したら負けるよ」
俺も、俺が確実に動揺しそうなものを<虫>が模してくるかもしれないのか。そんなこと思いもよらなかった。
ここに至るまで、俺が失ってきたものは多い。それらが今、目の前に現れたら動揺せずにいられるのか。
「だから、<虫>ごときに心を動かされてたまるか! ぐらいの気持ちで行こう」
底抜けに明るい表情でそんなことを言われても呆れはしない。が、危うさを覚える。
ブレーキのない車輪のような。そのまま突っ走って谷底に落ちなければいい。
「……本当に危なっかしいな」
「それ私のこと? 堅実・健全が私のモットーだよ?」
思わず漏らしてしまった言葉をセフィは拾ってそう返してくる。
絶対嘘だろ、そんなの。
ただ、わかるような気がする。絶対嘘だとわかっているのに、周囲の人間に安心感を与えてくれるのは才能だろう。




