4-14 独りになるから
「セフィ!」
声と共に、何もなかった場所から一人の少女が現れた。
引きつった表情でセフィを見ている。
「……エミリー」
「なんで?」
セフィと歳のくらいは同じだ。友人なのかもしれない。
名前を呼ばれた少女は、セフィに歩み寄ると剣を持っていない方の手を両手で掴んだ。
「なんで……あなたのお父さんなのに……こんなことを……」
「お父さんじゃないから」
セフィの感情の籠らない声に、少女ははっとした様子でセフィから手を放す。
「……あなたも、エミリーじゃない」
「なっ!?」
「セフィ、なんでそんなこと言うの!」
少女の横から、また湧き上がるように別の少女が現れた。
責めるような口調でセフィへと詰め寄っていく。
「突然どうしたの? セフィ、どっかおかしいよ?
また一人、少女の横から別の少女が現れる。
セフィはそちらを一瞥して、小さくかぶりを振った。
「セフィ」
そしてまた一人、少し離れた場所に現れたのは、先ほどセフィを誘った——セフィの母親だった。
声にぎくりとしたように身を竦ませ、セフィは母親の方へと顔を向ける。
「お母さん」
セフィは短く母親に呼びかけたが、躊躇うように伸ばしかけた手はすぐにひっこめた。
「なんで、お父さんを殺したの?」
「どうして! こんなひどいことを……!」
「信じられない!」
母親の姿をしているが、あれは母親じゃない。<虫>の集合体だ。
わかっているはずなのに、割り切れるわけもないのだろう。セフィも母親から顔を背けた。
隙をつくように、何もない場所から次から次へと人が発生してセフィを取り囲んでいく。
さすがにいくら何でも、耐えられるわけがない。<虫>が相手だというのなら恐らく剣で斬れば消滅させられる。
セフィの手の中の剣を見やって、それを掴むセフィの手が震えていることに気づいた。
「セフィ」
「……仕方ないな」
剣を貸してくれ、と口にしようとするよりも早く、セフィはため息交じりにそう吐き捨てた。
次の瞬間、セフィは手の中の剣を握り直すと一番間近にいた母親を模したそれを斬りつけた。
音もなく消えていく母親から、エミリーと呼んだ友人へと視線を移し、返す刃で彼女も斬り伏せる。
人の姿をした<虫>たちに動揺が走った。
<虫>なのに、感情を露わにするというのか。
「や、やめて! セフィ! なんでこんな――」
「……」
悲鳴をあげる人の形をしている知人を無表情で斬りつけ、まだ次々と現れる人たちの中にセフィはその剣を振りかざしながらも突っ込んでいく。
人の形を模す<虫>たちはもはや恐慌状態である。
逃げ惑う暇さえ与えられず、セフィの凶刃に消滅させられていく。
「死にたくないっ!」
「助けて!」
セフィは顔を顰めることもなく、悲鳴をあげるモノを仕留めると、再度小さく息を吐いた。
「死にたくないなんて、なんで言わせるかな……」
「セフィ」
一瞬だけ眉をひそめた姿を垣間見たが、呼びかければすぐに無表情に戻る。
こちらに視線を向けたが、すぐに視線を落とした。
数秒置いて再び顔を上げたセフィは、苦笑いを浮かべていた。
一瞬、以前見せたぎこちない笑みとその苦笑いが重なって、心臓が跳ねた。
まただ、自分の出来なさ加減を思い知らされるようなそんな気持ちにさせられる。居心地が悪い。
「片付いたから、行こう。また湧いてでてきたらたまんないしね」
「少し休んだ方がいい」
「私、身体がないから、疲労感は感じない」
「普通じゃないから休めと言っている」
強い口調で宥めるように告げれば、セフィの表情は曇る。
「……助けたいの、妹。<虫>に飲み込まれてしまって。はぐれちゃったから」
「だったら余計」
「身体、見つけて、兄がいれば手助けしてくれるはず、だから、探したい」
兄、という単語に、思わず息を飲んだ。ここにいるセフィはケインの最期を知らない。
どう切り出そうか、このまま知らぬ振りをして外に出る方法を探すべきか。
「ケインは――死んだ」
「え?」
弾かれたようにセフィは見開いた目を俺に向けた。
虚を突かれたように、驚きすらも抜け落ちたような表情を一転させて、すぐに無理やり笑みを作って、小さく頭を振る。
「な、んで? そんな冗談言うの?」
「外で、俺はケインと、そしてセフィと行動をしていた」
「私、と?」
「<虫>が俺の故郷を壊滅させた。そこに現れた世界の防衛システムとやらの声に従って<虫>を消滅させるために一緒に行動している。して、いた」
セフィは信じられない、というように二、三度かぶりを振って、口をぱくぱくと動かしたが何も言葉が出てこないようだった。
――言わなければよかった。後悔が押し寄せて来る。傷つけたいわけでもなく、意志をへし折りたいわけでもない。
少しだけ休んでほしいだけだったが、どう考えてもやり方を間違えている。
「<虫>に」
目を閉じて、呟いて、目を開けたセフィは再び俺を真っ直ぐに見た。
戸惑いの色は消え失せていて、ひたすらに真っ直ぐに俺を見ている。
真っ直ぐすぎて怖いぐらいだと思った。
「ケインは<虫>に?」
「違う。子どもを庇って」
「庇った?」
意外そうに聞き返して、すぐに「そうなんだ」と無機質な声音で続けて、セフィは何度目かわからないため息を吐いた。
「だからここを出たところでケインの助けは得られない」
「うん。でも、行くよ。やりたいことは変わらないから」
やはり何でもないことのように、俺に宣言をして彼女は笑う。
何とも思っていないわけはないのに。
見知った顔をして物を斬り捨てて、兄の死を知って。――俺の言うことを信じていない可能性も否定できないが。
セフィの強さは、何なんだろうか。
周りを圧倒するようなそれは、どこから来るのか。
「だって、ここで諦めちゃったら、妹は助けられないし」
まだ先に続く道へと足を向けてセフィは続けた。
「ヒューは独りぼっちになっちゃうんじゃないの、私がいなくなったら」
「……」
「なあんてね」
冗談めかして言われても、どういう反応をしたらいいのかわからない。
独りぼっち。その発想はなかった。
一人になる。フィルツが壊滅して、帰るべき場所も、友人も全てを失ったから、もう俺には何も残っていない。
腕だって失っている。
これから、外に行ってこれから、何ができる?
「立ち上がるのに手を貸せなくてごめんね。立って。進もう。ここから抜け出たら、また状況は変わるよ。変わるのは悪くなるばかりじゃない。ピンチこそチャンスだっていう言葉もある。信じろよ!ってケインなら言うでしょ」
「あ……」
思わず声を漏らしてしまっていた。
確かにケインなら言いそうだと思ってしまった。同時にもういないことを思い出してしまった。
忘れていたわけじゃない。忘れたいと思っていたのかもしれない。
「……兄のこと、大事に想ってくれてありがとう」
ほんの少しだけ震える声音で、それだけ言ってセフィは俺に言うと俺をその場に残して足を進めた。
「早く行こう」
顔はこちらに向けないまま、急かす。
ずっとそうだ。セフィはそういう顔を見せようとはしない。




