4-13 自称最強の剣士
何度か浅い呼吸を繰り返して、セフィは再び俺を見た。
真っ直ぐな目の中にはもう動揺はない。隠しただけかもしれないが。
「また<虫>が来ちゃうかもしれないから、とにかく行こう」
「どこへ」
「家。こっちだから」
そう言ってセフィは噴水の方へと足を踏み出した。
「……あれは、多分、お母さんじゃない。不気味なのもそうだけど、普段はあんなに過保護じゃないんだよね」
自分に言い聞かせるように言っているセフィの言葉を、黙ったまま促す。
やはり動揺を押し殺すために何とか自分を納得させようとしているように聞こえるが、数秒の対面で違和感を拾えているのはかなりの洞察力だと感心する。
「風景もそうだけど、<虫>が飲み込んだものを再現してるのかなって思ってたんだけど……、もしかしたら違うのかも?」
「再現じゃない? ……それが違ったとして一体何の意味があるんだ?」
セフィの口から飛び出してきた仮定に、思わず問いかけるとセフィは足を止めずに俺を振り返った。
渋面のまま俺を見て、何も言わずに再び前へと向き変える。
「うーん? わかんないな?」
「――考えに行き詰ったときは、別の方面から考えてみろって教えなかったか?」
問いかけるような声は少し離れた場所から聞こえた。
そちらを見やれば続く道の中心に一人の男が立っていた。
動きやすそうな服装をしたその男は、大きく伸びをして続ける。
「俺は一体"何"なのか? わかるか、セフィ?」
「知り合いか?」
「……自称、世界最強の剣士」
俺の問いに答えてセフィは男をまっすぐに見た。
最強の、剣士?
「でも、ヒューの方が強いかもね」
からかっているのか、だが先ほどのような軽口ではない。真剣な声音でセフィは言ってやや腰を落とした。攻撃に対する構えだ、とその動きについて判断を下すと同時に最強の剣士とやらが動いた。
こちらに向かって一歩踏み出したかと思うと、一気に間合いを詰める。同時に手を伸ばせば、その手には刃がむき出しになった片刃の細身の剣が携えられていた。
反射的に剣を抜いて襲い掛かってくる刃を薙ぎ払う。
「今の、反応したか!」
利き手ではない腕でどこまで耐えられるか。
幸い力はふつうだ。振り下ろされた刃を剣で受けて押し返す。
だが、とにかく速い。押し返された体勢を立て直し、再度振るってきた刃に無意識に右腕で対応しようとして、その腕がないことに気づく。
焦りそうになるのを無理やり堪えて転倒覚悟で振り下ろされた刃を受けた。
肩口から地面にぶつかるように転がって、回転の勢いを利用し体を起こすと、剣を支えに立ち上がった。
「面白くない」
「……」
ため息交じりに吐き捨て、最強剣士とやらは構えを解いた。
「その右腕が欠損してなきゃ、もっと楽しめだろうになー。残念」
「残念?」
「残念すぎる! こんな閉塞された世界でまともに剣やれる奴なんていないし。『外』に出ることは禁じられてたし」
「それはお父さんが好き勝手やりすぎたせい。自業自得」
少し離れた場所からセフィが呆れたように言う。
お父さん? 父親?
視線を動かし男を観察すれば、確かに髪と目の色は同じだ。なんとなく鼻立ちが似ているといえば似ている、のか?
父親と似ていると言われたときに、少し嫌そうな空気を醸し出していた。あれは、何だったか――師匠か。
師匠が言っていた、砂漠の民を自称するセフィの父親。
この言い方や雰囲気は、セフィというよりはどことなくケインを彷彿させる。
ケインの父でもあるから、似ていても当然なのかもしれない。
「まあ、けが人をいたぶるのは性に合わないし、不肖の弟子でもかわいがってやるか」
そう言うと、男は俺に背を向け、セフィへと向きを変えた。
緊張が走った、と感じたのは瞬く間で、踏み込みと同時に男は娘との間合いを一気に詰めた。
セフィは父親の動きを読んでいたのか、ひきつけるようにゆっくりと後退する挙動を見せて、素早く左側に飛びのいで一撃を躱した。息をつく暇もなく、追撃をかける父の刃を後ろに跳躍し躱す。
連続して追いかけてくる刃を軽く躱していくセフィに、男はあざ笑うような笑みを浮かべていた。
「避けるだけか、体力尽きてやられるぞ?」
「わかってる! ってば」
大振りの剣撃を一歩後退するだけの小さな動きで避け、セフィは父へ向かって一歩踏み出した。
前転でもするように前のめりになれば、セフィの頭上を男の剣が空振りする。
「さっきの答えは、<虫>が私の記憶を吸い出して、記憶の中にある人を模しているから?」
「惜しいな、不正解だ」
苦笑いを浮かべる父親の腕にセフィが触れれば、触れたその場所から男の腕が陽炎のようなゆらめきと化し、空気に溶けていく。
男の手にあった細身の刃が音もなく地面へと落ちる。
「違うの?」
「俺はお前の記憶じゃない。レミーの記憶の中の俺だ。あいつはもう――」
「駄目じゃない。助ける」
セフィは悲壮感も何もない普通の声音で言い放って、地面におちた父親の剣を拾い上げた。
「助けるために行かなきゃならないの」
「……そうか」
拾った剣を大きく振りかぶり、セフィは自分の父親の形をしたそれに向かって大きく踏み込んだ。
「じゃあ、まあ、せいぜいがんばれよ」
皮肉げな笑みを浮かべる父を真っ直ぐに見据えつつ、セフィは持ち上げた刃を軸をぶらすことなく素早く振り下ろした。
手ごたえはないのだろう。男が消滅したその場所と自分の手を二度ほど見比べていたが、すぐにセフィは俺の方を見た。
「行こう」
「……その剣は?」
「これが、本物」
「本物?」
「さっき言ってたでしょ、<虫>を消す武器。<虫>に飲み込まれたって言ってたから。多分これが本物だと思う」
説明するセフィには、先ほどのような朗らかな雰囲気はない。
淡々と、言っている姿が、わずかに魂の欠けた娘の姿と重なった。




