4-12 剣
もう一回——と俺が口を開くよりも前に、セフィが俺に言った。
「剣を貸してもらってもいい?」
「……ああ」
何をするつもりかわからないが、妙な真似はしないだろう。柄を手にとれるようにセフィへと向ければか、彼女は両手でそれを受け取った。そして不敵に笑う。
「ありがとう」
一言俺に告げ、セフィは使い心地を確かめるように一度剣をその場で振り下ろしてゆっくりと構えた。小刀を使ったところしか見たことがなかったが様になっている。一般的な片手剣を手にしたことは一度や二度ではないのだろう。もっと頻繁に触れたことがある――いや、そこそこ使いこなすことができる者の動きだと感じた。
セフィは構えたまま目を閉じ集中した。先ほどのように彼女の周囲に光の輪が浮かびあがり、剣の刀身がまばゆいばかりの光を放つ。
……こんな、ことが……? 俺が振るっている時には普通の剣であったはず。
唖然としながらも、いつでも対応できるように左手だけで立ち上がる。それだけで必死だ。
そんな俺のあがいている姿など目に入っていない様子で、セフィは光を放つ剣を両手で一度振り下ろした。
その瞬間、剣を中心として光が広がったようにも見えたが、それ以上は眩さに反射的に目を閉じてしまい見続けることはかなわなかった。
強い光に眩んでいる目を手の甲でこすって目をこじ開ければ、すっかり<虫>が消え去った麦畑が広がっているだけだった。
「すご……」
自分でやったことであるのに、セフィは唖然としたようすで少しずつ光が失われていっている剣を掲げている。今のが<虫>を消え去る剣の真の力だとでも言うのか。確かにすごい。これができるのならば、無尽蔵に増えていく<虫>にも十分戦え――希望のようなそんな気持ちが生まれた瞬間だった。
音もなく刀身が砕け散った。
「え!」
バラバラになった刀身は欠片となってセフィの足元の地面に散らばった。
慌ててしゃがみ込んでそれをかき集めようとしているセフィに、「待て」と呼びかける。
砕けたとはいえ刃だ。素手で触っていいものではない。
「怪我は?」
「だ、大丈夫。だけど、剣……」
普通の剣ならば、寿命だったんだと無理やりにでも納得させることはできただろう。だが、その剣は<虫>に対抗する唯一の手段である。慰めの言葉など思い浮かぶこともなく。
「あ、ああ、そうだ!」
わかりやすく狼狽をみせていたセフィだが、何かを思いついたのかしゃがみこんだまま柄を横に構え、先ほどと同じように目を閉じて、願いごとをするような表情になった。
すると、地面に散らばっていた欠片がその場に浮かびあがり、意志を持ったかのようにセフィの持つ柄の――もとにあった刀身へめがけて一気に集まり、元の刀身の形にかたまった。
「は……」
目の前で起こっているそれが信じられず、変な息が漏れる。
元の形に戻った?
目を開いたセフィがその刀身へと手をかざし根本から先端へと滑らせていく。すると継ぎ目になっていた部分も消え失せて、完全に接合したように見えた。
「でき……た?」
安堵のためだろうか、大きく息を吐いてセフィは手にした剣を角度を変えて確認し、問題なし、と小さく呟いて俺へと剣を返却した。
受け取って俺も剣を確認してみる。とても一度砕けたとは思えない。念のため地面に突き立ててみたが感触に違和感はなかった。強度も問題はなさそうに思えた。
「何が?」
「あ、えーと、こういう奇妙な力、みたいなの生まれつき持っていて、っていうか、持っていた? かな? 生まれ育ったところ、たまにそういう変な力を持った人が生まれるから、そう珍しいことじゃないんだけど、外だと――あ、えーと、他の国だと、やっぱり驚く、よね?」
力か。そういう力のことを、最近、セフィの口から聞いていた。ただ、それを、そういう不思議な力を持っているのはセフィではなかったはず。
「そういう力を持っているのは妹じゃなかったのか」
「妹? え、私、レミーのこと話したっけ?」
問われて内心焦った。それは外のセフィから得た情報だった。
別に正直に外の彼女自身が語っていたと告げてもいいのだが。
ただ、それを口にするということは、全てを説明する必要があるのだろう。
――ケインのことも。
「……妹は生まれてからずっと力が消えなかったんだけど、私は小さい頃消えちゃった。突然力が消えちゃうのも普通によくあることで」
問いかけに何も答えられないでいる俺を見やってやはり気遣ったのか、何も気にしていないようにセフィは自らの力について開示する。
元々あった力、だからこそ<虫>をある程度操るあの力を最初から使いこなしていたのだろうか。
そしてそういう類の力を持つ者がたまに生まれることがある砂漠の民というのは対<虫>に特化した民族なのかもしれないと改めて思う。
「だけどこの変な空間なら消えちゃったはずの力も使えるかなーって思って。試してみたら案の定」
彼女が人差し指を向ける先には剣がある。
砕けたはずの剣は何もなかったかのように、すっかり元通りの剣の姿に戻っている。
「でも、砕ける前みたいな不思議な感じがなくなっちゃってる」
「不思議な感じ?」
「<虫>を消滅させる感じ」
そうか、と返答をしかけてふと言葉を止めて考えた。セフィが言っている言葉のその意味は、つまり、どういうことなのだろうか。
この剣は<虫>に対抗する手段の一つだ。唯一<虫>を斬り消滅させる剣。消滅させる感じがなくなった?
「……何とかなるか」
「なるのか?」
明るい口調で随分勝手なことを呟くセフィに思わず口を出してしまった。
どうにかできるものなのか、あの<虫>を相手に。
セフィがいれば増殖は阻止できる。だが消す手段はない。
「悩んでたってどうにもならないし、もう歩きはじめちゃったから進むしかないでしょ。その場で打開案を思いつくかもしれないし」
無謀だ。
この娘の言っていることは無謀すぎる。
「どちらにしたって、ここで立ち止まっていてもまた<虫>が発生するかもしれないし。だったら少しでも出口に近づいておいた方がいい」
「それは」
セフィの言うことにも一理あるのかもしれない。そうだ、また<虫>が発生したら今度は駄目になるのかもしれない。
進めば<虫>が発生する前に出口まで辿りつけるかもしれない。
唯一のものを失った今、……唯一? その単語に何かが引っかかった。
この剣は『本物』ではない。あのシステムはそう言っていなかったか。『砂漠の民の町にあった本物は〈虫〉に取りこまれている』というような話だったはず。
砕けたのはこの剣が本物ではないから? そして取り込まれているのは<虫>の中。
「この<虫>の中に、本物の対<虫>の剣がある?」
「え」
「確かにそう聞いた。<虫>に取り込まれたと。飲み込まれた町? 都市? にあったはずだ、本物が」
「その剣が、本物じゃないって、こと? ……本物って、あ!」
思いついたことがあったのか、セフィは口を押えながらも声をあげた。
「でも本物って、誰がそんなことを言ってたの? ヒューって一体何者なの?」
「俺は——」
「——セフィ」
全部をこのセフィに話そうと決心をしたその時、セフィの背後から伸びてきた手がセフィの肩を叩いた。
一人の女性が無表情でセフィの背後に立っていた。年齢は俺やセフィよりも上だ。親世代ぐらいなのかもしれない。
「……お、……おかあ、さん……?」
動揺した様子でセフィは女性にそう呼びかけると、慌てて首を横に振った。
同時に辺りが一瞬暗転し、すぐに明るくなった。
今までいたのとは全く別の場所だ。
少し離れたところに大きな噴水が置かれている、広場のような場所。
セフィが『お母さん』と呼ばれた女性は、無表情だったその顔に笑みを浮かべてセフィへと手を伸ばした。
どこか空虚な笑みに不気味さを覚えたのか、セフィは軽く伸ばされて手を叩いて一歩後退する。
「……なんで……、こんなとこに?」
「いつまでも出歩いてちゃ駄目よ。今は緊急事態なんだから早く帰って来なさい」
「……家、ないから、帰れない」
「どうしてそんなことをいうの? それにこの人は誰?」
低く唸るように言葉を絞り出すセフィ。
セフィの母親は不気味な笑み消すことなく首を傾げた。
俺について言及してきたということは、この人にも俺が見えているということか。
セフィは狼狽している様子を隠そうともせずに、もう一歩後退し女生徒の間合いを広げた。
そんなセフィから女性は視線を俺に移す。
不信感のようなものを抱いているようだが敵意はないようにみえる。ただうすら笑いがあまりにも奇妙に思えるだけで。
「この人は――」
「その人も連れて来ればいいから、早く帰りましょう!」
「……帰るって、どこに?」
「帰りましょう。もう夜遅いもの。いつまでも出歩いていては駄目」
セフィの問いかけに答えず、女性は柔らかい口調でそう言って突然踵を返した。
そして、一度顔だけセフィの方を振り返ると今度は違和感のない笑みを見せた。
「家に帰りましょう、セフィ」
そして、そのままどこかへ向かって一直線に駆け出していく。
「……あ、ちょっと……」
引き続き狼狽えた様子でセフィは女性に向かって手を伸ばし、すぐに手を引っ込めた。手をぐっと握り締めて真っ直ぐな視線を俺に向けた。
「本物のお母さんじゃないってわかってるんだけど……何か、どうしたらいいかわかんなくなる……」
「本物じゃない?」
「……うん、だってかなり不気味だった、よね」
動揺を隠すかのように、セフィは握りしめた手を再び開きそしてもう一度手を握った。
「……<虫>に全部食われちゃったから、生きているわけが……ないんだよね」




