4-11 いつもと同じように
全く根拠もなく、信憑性も何もないのに、力強く『大丈夫』と言い切れるのは若さか未熟さ故か。だが、その若さが眩しい。
ただ、そんなあやふやな『大丈夫』を一瞬信じてしまった自分を恥じた。
しばらく歩いているうちに少しずつ剣で体を支えて歩くのにも慣れてきた。
少しずつ歩く速度を上げていく。セフィの根拠のない励ましに少しだけおさまっていたもののこの状況から抜け出したいという気持ちは完全に払拭しきれていない。
焦るな、と自分に言い聞かせるように足を進める。焦れば焦るほど目標からは遠ざかっていく。そういう風になっている。
足を進めるにつれて辺りの風景が変わっていく。先ほどまでは何もない平原を歩いていると思ったが、今度は一面の麦畑が広がっている風景だ。
「食べれるのか」
思わず疑問が口からこぼれる。<虫>の中で育っている作物は食べられるのか。
「どうだろう? 食べてみる?」
「……いや、いい」
セフィの言葉は本気なのか冗談なのか判断できない。真面目な顔をしているから本当にやりそうで怖い。
そもそも生の麦は食べられるものなのか。それよりも多分<虫>でできているであろうそれを体の中に入れようとは思えないだろう。
「<虫>が飲み込んだ場所を内部に作り上げているのかな。ここ農場だよ。さっきの場所は牧場だと思う」
「知っているのか?」
「うん。数えるほどしか入ったことないけど、多分間違いないと思う」
飲み込んだ場所、そしてセフィが知っている場所、というと砂漠の民の都市だろう。砂漠に農場や牧場があるというのか。
「<虫>が飲み込んだ場所を再現してるのか――あ」
セフィが声をあげた理由はすぐにわかった。
<虫>だ。
気配がしたかと思えば、進行方向に小さなもやが生じて瞬く間に道を塞ぐように大きく広がる。
瞬時に増殖をしたと判断を下した瞬間には周囲を<虫>に取り囲まれていた。
剣を持ち上げて様にならないが構える。せめて道だけでも切り拓ければ、と考えを巡らせながらも、セフィを見やればやや引きつった顔で笑みを浮かべている。
いつもの<虫>を制御する力は、と思いかけ外のセフィと今ここにいるセフィとは少し違うのだろうと思い直した。ここのセフィは<虫>について知らなかったことがそれを示していた。
ここを突破するにはやるしかないのか、剣の柄を握り直す。
「――何でだろう、わかる、気がする……!」
一歩踏み出しかけたところで、誰かと会話でもしていたかのようにセフィがそんんなことを呟いて、ぱちんと両手を打ち合わせた。
見覚えのある動作に、彼女の周囲に光の輪が浮かび上がる。
「こうやって!」
同時に辺りを取り囲んで、さらに増殖しつづけていた<虫>たちがゆっくりとひとところに集められていく。
外のセフィが力を使うのとまったく同じ動作だ。
「こうする!」
念じるように目を閉じ、高らかに声を上げるセフィの様子を見守りつつも、<虫>が完全にひとまとまりになるその瞬間を待った。
今の俺の体は万全ではない。だから集中してその瞬間に全てを注ぐしかない。
<虫>はじりじりと後退し、やがて顔の大きさと同じぐらいの一つの球になる。
――今だ!
なんとか踏ん張りがきく左足で踏み切って、倒れ込むようにひとまとまりになった<虫>へと飛び込む。
左手腕に渾身の力をこめて、<虫>めがけ真っ直ぐに剣を振った。
手ごたえはない。いつも通りだ。
まるで空気を切るように剣を振り下ろせば、圧縮された<虫>は最初から存在しなかったかのように消滅した。
倒れ込みながら<虫>が完全に消えたのを目視。頭を打ち付けないようにと受け身を取り、地面に転がった。
何度か荒い息を繰り返し、いつの間にか閉じていた目を再び開いた。
夜闇と同じ色の空が広がっている。辺りは明るいのに妙な心地だった。
ともあれ、何とか、切り抜けた。
すぐには起き上がれない。剣を地面に突き立てればこちらを呆然とした顔立ちで見ているセフィと目があった。
そんなに驚くような何かがあったのか?
「利き手――」
彼女はそう口にしながら俺に駆け寄って来て、手を差し伸べてからはっと気づいたように手を引っ込めた。
触れないことに気づいたからなのだろう。
「利き手じゃないんだよね! なのに、なんでそんなに軸がぶれないの!? それに振り下ろしが速い! びゅんっていい音鳴ってた! やっぱり身長と腕の長さかな? リーチがあるとそれだけスピードが乗る?しかも速いのに振り回されないのは体幹の良さなのか。腕の筋肉もしなって動いてて!」
感激という様子で跳ぶように左右に移動しながら俺を観察するセフィに少し辟易してしまう。
「どうなっているの? じゃなくて、どうやってるの!?」
明らかに外にいた少女とは全く違った反応を見せるセフィは、本当にあのセフィと同一人物なのだろうか。そんな疑問すら浮かぶ。
真っ直ぐにこちらを見る目はやはり生命力が宿っていて眩しい。
――と、感動ではしゃいでいる彼女の背後に小さな揺らめきが見えた。
「セフィ」
まだ俺の体を観察しているセフィの背後を指させば、彼女は一瞬動きを止めてゆっくりと後ろを振り返った。
「まだ増えるの!?」
見ていればわかるほど<虫>はじわじわと増殖している。
そうこうしている間に再び退路が塞がれた。




