第一章(3):異文化交流のドレス選び
ルシアン様からの『神聖なる勇者の婚姻』宣言は、私、そして城の住人たちに、喜びと同時に、ある種の戦慄をもたらす、大きな波紋を広げていた。
なんだか、お城全体が、いつもよりざわついているような…そんな数日後、私たちはさっそく、勇者の世界での婚礼衣装の準備に取り掛かっていた。
特に私の衣装は、ルシアン様が古文書から見つけ出した「神聖なる勇者の婚姻」に記された、古代の様式を再現するものになるらしい。
リリアさんと城の裁縫部の職人たちが、その再現に全力を注いでくれていた。
「セラフィナさん、古文書によれば、花嫁は『聖装の衣』を纏うと記されております。これは、かつてガイア様がこの世界を統制されていた時代に、最も強い聖剣の使い手にのみ許された衣装だそうですわ」
リリアさんが差し出したのは、デザイン画だった。
そこに描かれていたのは、日本の十二単を思わせるような、何重にも重なった豪華な布地の衣装。絹の光沢が美しく、刺繍も繊細でため息が出るほどだけど、その荘厳な美しさとは裏腹に、見ただけでずっしりとした重さが伝わってくるようだった。
思わず体が硬直したわ。
「わぁ…綺麗…でも、これ、本当に再現できるんですか…?」
口から言葉は出たものの、正直なところ「これ、着れるの?」という不安でいっぱいだった。
袖は異常に長く、裾は床を何メートルも引きずるほど。動きは完全に制限され、息をするのもやっとになりそうだ。
「ええ、古文書には詳細な織り方や染めの方法、刺繍の紋様まで記述されておりましたから。アルドロンがその魔術的な構造を解読したので、裁縫部の者たちも総力を挙げております。ただ、その…試着となると、少々覚悟が必要かと…」
リリアさんが苦笑いする。
実際に仮縫いの布を体に当ててみると、その重さと動きにくさは想像以上だった。まるで鎧を着ているみたいで、体中の自由が奪われるような感覚。
何人ものメイドさんたちがかりで、ようやく形になった頃には、私はもうぐったり。
鏡に映る自分は、まるで豪華な置物のようだった。
「これ…このままじゃ、歩くのも大変そう…」
私が呻くように言うと、リリアさんが優しく私の手を握ってくれた。
「ご安心ください、セラフィナさん。あくまで古文書の再現ですので、儀式の際には、付き添いの者がおりますし、祝宴ではもう少し動きやすい別の衣装にお召し替えいただく予定です。ルシアン様も、セラフィナさんが苦労なさることを望んではいらっしゃいませんから」
それでも、この衣装を着て神殿で誓いを立てることを想像すると、眩暈がした。
(この衣装に加えて『純潔のヴェール』を被って、儀式を乗り切るの…?しかも、みんなの前で「純潔の誓い」とか言っちゃうんでしょ?考えただけで卒倒しそうなんだけど!)
婚礼の準備は、衣装選びだけではなかった。
カスパール君とローゼリアちゃんも、それぞれ得意分野を活かして準備に協力してくれていた。
カスパール君は、ルシアン様の指示で、城の警備の強化や、各地の貴族たちへの招待客のリストアップ、そして何より、古文書に記された「参列者の格式に応じた服装規定」の解読と、それに合わせた招待状の準備を担当していた。
「チッ。この招待客の序列と家紋に関する記述は、いささか複雑すぎるな。古代では、これほどまでに厳格な秩序を求めたのか…」
カスパール君は、「全く、こんなものまで…」とぶつぶつと文句を言いながら、広げられた古文書と、現在の貴族の家系図を睨めっこしている。
彼の机の上には、未完成の招待状の雛形や、貴族たちの名前がびっしり書き込まれたリストが山積みにされていた。
いつもはどんな難題にも冷静に対処する彼が、珍しくこめかみを指で押さえている。
「招待客の選定も、単に高位の者を選ぶだけでなく、古文書にある特定の『血族』が推奨されているようだ。その上、各家紋に応じた装飾品の着用が義務付けられているとあれば…全く、面倒なことだ」
カスパール君の顔には、疲労の色が浮かんでいる。正確に物事を処理する彼にとって、曖昧な記述や複雑すぎる規則は、まさに頭痛の種らしい。
「まだリストアップの段階だが、これを全貴族に適用するとなると、確実に混乱を招くだろう。特に、この『古代の紋様を正確に再現せよ』という記述は、多くの貴族にとって難題となるはずだ」
彼はそう言いながら、大きくため息をついた。
その顔には、今後起こるであろう「大騒動」がすでに刻まれているように見えた。
一方、ローゼリアちゃんは、結婚式の花の装飾や、祝宴での進行役、そして古文書に記述された「純潔のヴェール」に使用する特定の聖なる花の再現に尽力していた。
彼女は、持ち前の美的センスと、植物を操る魔法で、城の中を色とりどりの花で飾り付けていた。
「セラフィナちゃん! 古文書によれば、『神聖なる純白のセレニティ』という花をヴェールに織り込むと、花嫁の聖なる力が最大に引き出されるんですって! でも、この花、現代では絶滅してしまっていて…」
ローゼリアちゃんは、古文書の挿絵に描かれた淡く光る白い花を見ながら、少し困った顔をしていた。
「でも、安心してね! 私が、この花を再現してみせるわ! ちょうど、以前、神界でエリアス様から頂いたお花がそっくりなの! この記載通りに育ててみるわ!」
彼女の言葉に、私は思わず目を丸くした。
絶滅した花を再現するなんて、ローゼリアちゃん、本当にすごい。
彼女の指示で、メイドたちが花々を運び込み、城の広間はまるで花園のようになっていく。その光景は本当に美しく、ローゼリアちゃんの才能に改めて驚かされた。
ただ、古文書の記述通りに花材の配置を決めることにも苦労しているようで、「この配置だと、精霊の導きが弱まるかも…」「いや、この花は〇〇家の紋章の色と重なってしまうわ! 配色も紋様も、すべてに意味があるらしいのよ…奥が深いわぁ」などと、頭を悩ませる声が聞こえてきた。
結婚式の準備は着々と進んでいった。
リルやフワワ、リトルも、それぞれの形で準備を手伝ってくれていた。
リルは、ローゼリアちゃんが作った花飾りをどこに置くか、楽しそうに走り回って運んでくれるし、フワワは、ふわふわの体を揺らしながら、床に落ちた、たった一枚の花びらも逃さないように拾い集めてくれた。リトルは、カスパール君の指示で、招待状の封筒に、魔法で小さな紋様を刻んでくれたりして、みんなが本当に、心を込めて手伝ってくれてたんだ。




