第一章(2):戦慄の古代儀式!花嫁の悲鳴と難解な婚礼規定
そんなある日の朝食の席で、ルシアン様が突然、厳かな声で宣言したんだ。
「セラフィナ。いよいよ、我々の婚礼の儀について、本格的な準備を開始する」
その言葉に、パンを口に運びかけていた私の手がピタリと止まった。
ルシアン様は、いつもと変わらぬ端正な顔で私を見つめている。
カスパール君もローゼリアちゃんも、アルドロンさんも、皆真剣な表情でルシアン様を見つめている。彼らにとっては、これは当然のことで、何ら驚くことではないんだろう。
「結婚式……って、え、マジで!?」
私の口から漏れたのは、そんな幼い声だった。
(いや、嬉しいのは嬉しいんだけど、いよいよ現実になるってなると、なんか心臓がバクバクしてきたんだけど!)
日本でルシアン様が「三度の結婚式を挙げよう」と言ってくれた時は、嬉しくてたまらなかったけど、具体的な話になると、途端に現実味が帯びてきて、なんだか落ち着かない。
「ああ。まずは、この勇者の世界における伝統的な婚礼の儀式を執り行う。この世界において、魔王と勇者の婚礼は世界の威信に関わる重要な儀式だ。何より、セラフィナ、お前は俺の隣に立つにふさわしい、最高の花嫁だ。この世界に来て、数々の困難を乗り越え、それでも俺を信じ、共に歩んでくれた。その全てに感謝を込めて、この勇者の世界で最も格式高く、厳粛な形で、お前を娶りたいのだ」
ルシアン様は、真剣な眼差しで私を見つめ、そう付け加えた。
彼の言葉には、世界の威信だけでなく、私への揺るぎない愛情が込められているのがわかった。
そして、彼が持つ書物には、色褪せた挿絵で、見たこともないような重厚な婚礼衣装をまとった王族たちの姿が描かれていた。
どれもこれも、ものすごく豪華で、でも同時に、ものすごく動きにくそうに見える。
「しかし、この世界の歴史において、『勇者』と『魔王』の婚礼は前例がない。ゆえに、既存の婚礼儀式では不十分と考えた。そこで、アルドロンと共に古文書を調べ、ある記述を発見したのだ」
ルシアン様が指差したのは、特に分厚く、埃を被った古びた革表紙の書物だった。そのページには、複雑な紋様と、古代の文字がびっしりと書かれている。それを見るだけで、なんか鳥肌が立っちゃいそうだった。
「これは、ガイアがこの世界を厳しく統制していた時代に、一度だけ行われたとされる、伝説の『神聖なる勇者の婚姻』の儀だ。この儀式は、ガイアに選ばれし勇者が婚姻を交わしたという特別な意味を持つものだという。これまでの歴史上、婚姻を結んだ勇者は存在しないとされている。だが、この『神聖なる勇者の婚姻』は、その唯一の例外として記録されているのだ。かつてこの儀式が執り行われた時、新たな時代の平和の象徴として、その名が歴史に刻まれたと記されている。お前を最高の花嫁として迎えるため、そしてその意義を現代に繋ぐべく、この儀式を完璧に再現したい」
ルシアン様は、その古文書を広げながら、瞳を輝かせている。
彼の探求心と、私への揺るぎない想いが、この壮大な計画の根底にあるのがわかる。
魔王として、そして勇者として、彼はこの結婚式に、私への愛と、世界の未来への願いを込めていた。
「この儀式には、花嫁の清らかな魂を大地と精霊に捧げる『純潔のヴェール』の儀、そして、新郎新婦の間に聖なる炎を灯す『魂の契り』の儀など、数々の厳格な手順が記されている」
ルシアン様がそう言うと、私の背筋にスッと冷たいものが走った。
(純潔のヴェール…?なんだか、嫌な予感がする。それに、ガイア様が厳しかった時代の儀式なんて、一体どんな内容なんだろう。)
「この『純潔のヴェール』の儀は、花嫁が清らかな心身を保ち、新たな家庭に幸福をもたらすことを象徴する儀式だ。特定の花びらで作られたヴェールを身につけ、神殿の奥深くで、精霊の祝福を受ける。その際、花嫁は、自身の純粋な心を言葉で表現し、誓いを立てる必要がある。古文書によれば、この誓いが真実であればあるほど、ヴェールが放つ光は強くなり、祝福の度合いも増すという」
ルシアン様は淡々と説明しているけど、私の頭の中には「純潔」「言葉で表現」「誓いを立てる」「光が強くなる」というキーワードが、ぐるぐると渦巻いていた。
(え、ちょっと待って?これってつまり、私がみんなの前で自分の純潔さをアピールするってこと!?しかも、その純粋さが光でバレるってこと?!恥ずかしすぎるんですけど?! しかも、言葉で表現って…何を言えばいいの?!転生前の私、ルシアン様関連のゲームも漫画も小説も全部コンプリートしてた上に、薄い本まで読んでたんだけど、そんなんで「清らか」って言えるの?! もう、隠し事とか全部バレちゃいそうなんですけど?!)
私の顔はみるみるうちに青ざめていく。ルシアン様はそんな私の様子に気づくことなく、さらに言葉を続けた。
「また、参列者の服装規定も非常に厳格だ。各貴族の家紋の色、位階に応じた装飾品の着用が義務付けられている。特にこの勇者の婚礼では、一般の貴族とは異なる、特別な紋様の衣装を用意せねばならぬ。そして、貴族たちの序列に応じた席次や、祝詞を述べる順番も細かく定められている。ガイアの統制下では、わずかな規定違反も許されなかったため、その厳格さは徹底されている」
そう言って、ルシアン様が広げたのは、びっしりと文字と図案で埋め尽くされた古文書だった。
そこには、参列者一人ひとりの服装の細かな規定や、謎のシンボルマーク、そして「この紋様は〇〇家の分家筋のみが使用を許される」といった、聞いたこともないような複雑な規則が羅列されていた。
(いやいや、これ、ドレスコードとかいうレベルじゃないよ!?もはや、王族の『裏マニュアル』じゃん?! 謎の儀式も多すぎるし、こんなの、完璧にやろうとしたら絶対パニックになるって!ルシアン様、私を喜ばせようとしてくれてるのはわかるけど、ちょっと方向性が違うような…)
ルシアン様の「最高の結婚式」を追求しようとする姿勢は理解できる。
彼にとっては、世界の威信をかけた大イベントなんだろうし、何より私を心から愛し、大切に思ってくれているからこそ、完璧なものを贈りたい一心なんだ。
彼自身が勇者であり魔王という立場で、平和の象徴としてこの儀式を成功させたいという強い思いが伝わってくる。
だけど、その「完璧」が、現代の、そして私、佐倉花の感覚とは大きくズレていることを、この時の彼はまだ知らないのだった。
これはもう、パニックの火種どころか、すでに小さく燃え始めている火の粉だった。




