第一章(4):古文書に悩む勇者たちと、神様攻略の秘策!?
結婚式の準備は、古文書の記述を忠実に再現しようとすればするほど、まるで深遠な迷宮に足を踏み入れるかのように、困難を極めていった。
ルシアン様は、私のために最高の結婚式を、と真摯に取り組んでいるのは分かるのだが、その「最高」が、あまりにも古代の様式に縛られすぎているのだ。
アルドロンさんが、普段の冷静さを欠いたように眉間に深い皺を寄せ、難しい顔でルシアン様に問いかける。
「ルシアン、この『魂の契り』の儀における聖なる炎の『色』についてなのだか…古文書には『虹の七色に輝く炎』とあるが、どのような魔術構成でそれを再現すべきか、詳細が不明確だ」
彼の研究室には、すでにいくつもの魔法陣が描かれ、様々な色の炎が試験的に灯されているが、どれもルシアン様が納得する「虹の七色」には程遠いようだった。
「むむ…そこが問題だ、アルドロン。確かに、単に七色の炎を出すだけならば容易い。だが、『魂の契り』の炎は、新郎新婦の魂の融合を象徴する。単なる視覚的な再現では意味がない。魔力の流れ、精霊との共鳴、そして何よりも、この炎が持つ『加護』の力を正確に引き出す必要がある」
ルシアン様も腕組みをして、普段の自信が揺らいでいるかのように頭を悩ませていた。
彼にとって、この儀式の一つ一つが、私への揺るぎない誓いであり、未来への確かな一歩なのだろう。だからこそ、一切の妥協を許さない。
ドレスの再現も難航していた。
「聖装の衣のこの部分の刺繍なのですが、古文書の図案が非常に曖昧でして…どの時代の紋様を参考にすればよろしいか、判断に迷っております」
裁縫部のチーフが、困り顔でリリアさんに相談している。リリアさんも、現存する貴族の紋様や、城に伝わる古い資料を当たっているが、古文書の記述と完全に合致するものは見つからないようだった。
そして、カスパール君も、頭を抱えていた。
「この『祝詞の連鎖』における参列者の配置と、各家門の代表者が捧げる祝詞の長さ、そしてその際に身につけるべき装飾品の細かな規定…古文書には詳細に記されているが、現代ではすでに失われた家門や、貴族間の微妙な力関係により、記述通りに厳格に適用するのは不可能に近い」
カスパール君は、山積みのリストと古文書を交互に見ながら、ため息をついている。
「特に、この『特定の血族の者のみが許される、聖なる水瓶からの献酒の儀』。その血族とは一体誰のことなのか、全く記述がない。まさか、参加者全員の血統を調べ上げるわけにもいくまい。全く、面倒なことだ」
彼は、いつもの仏頂面にも明らかな焦りの色が浮かび、弱気な言葉を漏らしていた。その顔には、今後起こるであろう「大騒動」がすでに刻まれているように見えた。
(うわー…みんな、頭を抱えてる…やっぱり、古代の儀式を完璧に再現するのって、めちゃくちゃ難しいんだな…)
私も心配で、皆の様子を見て回るが、どの準備も一筋縄ではいかないことばかりだった。
古代では、それだけ厳格な決まりがあり、情報も完璧に管理されていたのだろう。
今はガイア様も、日本のおもちゃに夢中で、この世界の細かいことに口出しすることはめったにない。
そして、ある日の夜。ルシアン様とアルドロンさんが、連日徹夜で古文書を調べていた研究室で、決定的な結論が出された。
「……やはり、これ以上の解読は不可能だ」
アルドロンさんが、疲れ果てた顔で、深いため息をついた。
「古文書の記述だけでは、多くの不明点、特に儀式の肝となる部分の解釈が困難だ。我々の知識と技術では、これが限界だろう」
ルシアン様も、眉間の皺を深く刻んだまま、沈痛な面持ちで古文書を睨んでいる。彼がここまで追い詰められている姿を見るのは、初めてかもしれない。
私を喜ばせたい、最高の結婚式を贈りたいという彼の強い想いが、余計に彼を苦しめているのが分かった。
「……仕方あるまい」
ルシアン様は、重い口を開いた。彼の言葉に、アルドロンさんも私も、ゴクリと息をのむ。
「こうなれば、直接、ガイアに聞くしかない」
「しかし、ルシアン。ガイア様は、神界で創作活動に夢中かと。度々の我々の訪問に快く応じるかどうか…」
アルドロンさんが躊躇するように言う。
「エリアスを介すれば、問題なく話すことはできる。それに、この『神聖なる勇者の婚姻』の儀は、ガイア自身が関わったとされる儀式だ。最も正確な知識を持つのは、ガイア本人に他ならない」
ルシアン様の眼差しは、真剣そのものだった。
私を最高の花嫁にするためなら、創造主にすら直接談判する覚悟だということが、ひしひしと伝わってくる。
(ルシアン様……私のためにそこまで……!)
感動すると同時に、一つの懸念が頭をよぎった。
(そういえば、ガイア様に日本で買ってきたお土産全部あげちゃったから今は何もないんだよね…)
「あの、ルシアン様、アルドロンさん…もし、ガイア様にお目通りが叶うなら、何か…お土産、とか…持っていくべきですよね…?」
私の言葉に、ルシアン様は頷く。
「確かにそうだな。セラフィナ。何かガイアが喜びそうなものはあるか?」
私は腕を組み、うーんと唸る。
日本で買えるものはもう全てガイア様に差し上げてしまったし、さすがに、今からまた佐倉花の世界に行って、買いに行くのも難しいし…
その時、私はハッと顔を上げた。
「そうだ!アルドロンさん!タブレットとかPCって、余分なものがありましたよね!」
「ああ、もちろん。研究室にはまだいくつか在庫がある」
アルドロンさんの返事に、私の顔がパッと明るくなる。
「そしたら、アルドロンさんの研究の成果で、佐倉花の世界のインターネットに接続可能になりましたよね!スマホも使えるようになりましたし!」
「もちろんだ。私も日々の膨大な情報収集に活用している」
アルドロンさんが得意げな顔をする。
「その、PCとかタブレットを差し上げたら、日本のカルチャーにどっぷりつかれること間違いなしですよ! ゲームもアニメも漫画も、全部見放題、やり放題!」
私の言葉に、ルシアン様もアルドロンさんも、目を見開いた。二人とも、まさかそんな手があったとは、といった顔で。
「なるほど…それは確かに、ガイアが喜びそうだ」
ルシアン様が深く頷いた。
アルドロンさんも、驚きと同時に、新たな研究対象を見つけたかのように納得してくれた。
ということで、ガイア様のお土産は、アルドロンさん特製のネット無制限接続可能PCとタブレットをプレゼントすることに決まったんだ!




