02 チャンスと決意(中)
「はぁ…………」
部屋に戻るのと同時に、ため息がこぼれる。義姉と少し話しただけなのに、すごく疲れた。
それにしても、何であんなに怒っていたんだろう。義姉があそこまで怒るなんて、よっぽどの事が書いてあったんだろうけど……。でも誰が? だってこの紙は、義姉の部屋の前に落ちてた。
くしゃくしゃに丸められた紙をそっと広げ、あたしは首を傾げた。
「なにこれ……」
義姉をあそこまで怒らせる内容は何かと思えば、よくわからない当選の通知だった。
[おめでとうございます! このお知らせを読んでいる貴女は幸運の切符を手にしました。おめでとうございます。この度、厳選なる審査により、『春薫る』の特別賞は貴女に決定いたしました。つきましては、『春薫る』の世界に貴女をご招待いたします。ヒロインの座を奪うのも、逆ハーレムを満喫するのも、すべては貴女次第。是非『春薫る』での新たな人生をお楽しみくださいませ。]
何度読んでもやっぱりよくわからない。特別賞に当たったらしいけど、『春薫る』の世界に招待って……。
確か、『春薫る』ってあれだよね? 義姉がハマってる乙女ゲーム。内容はよく知らないけど、現実世界ではお目にかかれないようなイケメンがたくさん登場して、青春するゲームだったはず。いつだったか義姉が、「イケメンはすべてわたしのものよ!」って高笑いしてたから何となく覚えてる。
だけどどうしてあんなに怒っていたんだろう。『春薫る』ってことは、この紙は義姉のだ。招待ってことは、たぶん特別イベントか何かだと思うんだけど、何が義姉の癇に障ったんだろう。相当なファンみたいだから、喜びそうなのに……。
「…………」
でもまぁ要らないみたいだし、あたしが気にする必要もないよね。小さく息を吐いて、くしゃくしゃの紙を小さくたたんで部屋の隅にあるゴミ箱に入れたとき。
紙が鋭い光を放って、あたしは反射的に目を瞑った。目を瞑っても感じる強い光に、くらりとする。
なに? いきなり……。
くらりと揺れた脳は、ぐるぐると回転しているような不快感に変わり、体から力が抜ける。このままじゃ倒れる、とぼんやり思いながら、あたしは意識を手放した。
▼ ▼ ▼
「……ぇ! ……きて! ね……! ねぇ起きてよ!」
「…………っ!」
甲高い声に、あたしはハッと目を覚ました。いつの間に寝ていたのか、目の前には誰かの顔がある。あたしと目が合ったその人物は、ぱちくりと瞬きをして、それからゆっくりとあたしから離れた。
「よかった~。目、覚めたんだね」
声を弾ませて、可愛らしく笑みを浮かべるその人物。見た感じ、五、六歳のその少女は、高い位置で二つに結われたクリーム色の髪を揺らしながら、寝転んでいるあたしの近くにぺたりと座った。
とりあえずあたしも起き上がって、少女の向かいに座る。
あたしと少女以外、何もない真っ白な空間で。
「あのね、なかなか起きてくれないから、どうしようって思ってたの。頭突きするか~、ちゅーするか~、鼻と口を押さえるか。それでね、ちゅーしようとしたら、起きたんだよ」
にこやかにそう言う少女に、あたしはどう反応すべきかわからなくて、曖昧に微笑み返した。
頭の中は疑問でいっぱいだ。この少女は誰なのか。初対面のはずなのに、どうしてこんなに親しげなのか。そもそもここはどこで、あたしはいつの間に眠っていたのか。
小さな子どもは苦手なんだけどなぁと思いながら、とりあえず名前を聞いてみようと口を開いたとき。
「わたしはセリアっていうの。透夏ちゃんとは初めましてだね!」
「え……」
「それとね~、ここは世界の狭間なの。なんて説明すればいいのかなあ。んーとね、透夏ちゃんは地球がある世界にすんでいるでしょ? でもね、世界はひとつだけじゃなくて、たくさんあるの。んーと、えーっと……」
「……パラレルワールドみたいなもの?」
「そう、それ! さすが透夏ちゃん。物知りだね」
米神に人差し指を当てて考える少女、セリアちゃんに、小さく首を傾げて言えば、満面の笑みで頷かれた。
「それでね、ここはたくさんある世界の、狭間なの。ちょっと連れてくるときに失敗しちゃって……。そのせいで気を失っちゃってたの。ごめんね? だから透夏ちゃんは寝てたわけでも、夢の中にいるわけでもないんだよ」
ごめんね、と上目使いで謝るセリアちゃん。
お陰でさっきまで浮かんでいた疑問はすべて解決した。だけど……。どうしてこの少女は、あたしが何も言わないうちに、すべてを答えてくれたんだろう。
まるで……。
「心を読んだみたい?」
にっこり笑みを浮かべてそう言うセリアちゃんに、一瞬息が詰まった。
「えへへ。ビックリした? あのね、わたし神様なの。だから透夏ちゃんの心を読むのも、透夏ちゃんをここに連れてくるのも、ちょちょいのちょいなんだよ」
そう言って、得意気に胸を張るセリアちゃん。
神様、か。そっか。それならすべて納得できる。
ここが世界の狭間で、目の前にいる少女が神様だなんて、普通だったら信じられないようなことだけど。これが夢だなんて思えないし、本人がそう言っているんだから、信じて受け入れるのが一番だ。言われた内容に矛盾なんて見当たらなかったし、もしこれで結局夢だったとしても、あたし自信にダメージはなにもない。
だから、無意味に悩んだりするより、さっさと受け入れるのが一番だ。
……あ、神様だから、セリア様、かな?
「ううん、セリアちゃんでいいよ。透夏ちゃんなら、セリアって呼んでもいいよ」
じゃあセリアちゃんって呼ばせてもらいますね。
「うん! ……それより透夏ちゃん、本当に信じてくれてるの? 神様だなんて、ウソだと思わないの?」
どこか戸惑ったような、不安そうな瞳でそう言うセリアちゃん。
まぁ確かに、神様だなんて冗談みたいな話だけど……。セリアちゃんが嘘ついているようには見えませんし、もし嘘だったとしても特に何かあるわけでもないですし。それに、さっきも言った通り、無意味に悩んだりするより、さっさと受け入れた方が楽なんですよ?
「いやいやいや、透夏ちゃん言ってないよ?! さっきから一言もしゃべってないからね?! 透夏ちゃんがあんまりにも普通だから、ついつい普通に会話しちゃってたけど、ダメだよ! ちゃんとしゃべってくれないと、わたしお返事しないからね!」
頬を膨らませて、プイッと横を向くセリアちゃん。
しゃべる必要がないのは楽だったのに……。はぁ……。
「……わかりました」
「あ、敬語もいらないよ」
「はぁ……」
「じゃあ話をもとに戻して……。透夏ちゃんのその考え方は、今までの環境のせい?」
さっきまでとは打って変わって、真剣な表情のセリアちゃん。その顔つきに幼さは欠片もなく、むしろ威圧感のようなものを感じる。
ああ、やっぱり神様なんだなぁ。
「……うん。いや、たぶんそう、かな。今まで気にしたことなんてなかったから……」
「そっか……」
自分の思考分析なんてしたことないし、しようと思ったこともない。この考え方がおかしいと思ったこともないし、いつからこんな考え方をするようになったかなんて、気にしたこともない。
だけどたぶん、セリアちゃんの言う通り、これまでの環境の結果なんだろうなぁとは思う。自分に大きな影響が出ない限り、深く考えずに受け入れて生きるのが、一番いい方法だったから。
「それより、どうしてあたしは呼ばれたの?」
悲しそうな顔で俯いてしまったセリアちゃんに、あたしはわざと明るい声で聞いた。こんな、今さらどうしようもないようなことで同情されても、どうにもできないからね。第一あたし自身が気にしてないんだから。
「あれ? お手紙見てないの?」
顔を上げ、キョトンと首を傾げるセリアちゃん。
手紙って……。
「義姉宛の当選通知のこと?」
「お義姉さん……? 違うよ~。あのお手紙は、透夏ちゃんに送ったんだよ」
「へ? いや、でも……」
「やったね! 透夏ちゃん、逆ハーレム!」
困惑するあたしをよそに、「ウハウハだね!」なんて見た目に合わない事を言うセリアちゃん。
「え、っと……。逆ハーレム? あー、その、やっぱりあたしじゃなくて、義姉だと思うんだ。そのゲームの相当なファンみたいだし……」
「ううん、間違いなく透夏ちゃんだよ」
「…………」
「あのね、まずあのお手紙なんだけど……」
納得できないあたしに、セリアちゃんが説明を始める。
そもそも、あの手紙は偽物らしい。当選通知なんかじゃなくて、ただ単にあたしを世界の狭間に呼ぶための目印みたいなもので、傍にいる生き物や者を呼ぶことができる便利な紙だとか。
それで、丁度その紙をゴミ箱に捨てようとしていたあたしを見て、急いで呼んだらしい。
「……だけどなんであんなところに落ちてたの? 拾ったのがたまたまあたしだったから良かったけど」
他の人だったら、確実にあたしのもとには回ってこない。
「えへへ。それはだいじょーぶ。あのお手紙の内容は、透夏ちゃん以外の人が見たら、その人の一番言われたくないひどい言葉が浮き出るようになってるから。それに、もし捨てられちゃっても、透夏ちゃんが受け取るまで、何度も戻ってくるんだよ~」
「ああ、だから……」
「ん?」
「いや、てっきり義姉のだと思って義姉に渡したんだけど、今までにないくらい怒ってたから」
得意気なセリアちゃんの言葉に、疑問が解決する。道理であんなに怒ってたわけだ。
……だけど、義姉が一番言われたくない事ってなんなんだろう。あんな性格だから、言われて傷つくようなことなんてないと思ってた。
「知りたい?」
「いや、いいよ」
なぜか目をキラキラさせて言うセリアちゃんに、あたしは苦笑する。
確かに気になるけど、どうしても知りたいわけじゃない。知ってしまったら義姉に言ってしまう可能性もあるし。知らないなら知らないままが一番だ。
「知りたくなったらいつでも言ってね~」
「そんな日は来ないと思うよ……。それで? どうしてあたしを呼んだの?」
「んーとね、だいたいはあのお手紙の通りだよ~。当選しました~ってやつはウソだけど、『春薫る』の世界にご招待は本当だよ。わたし、透夏ちゃんが住んでいる地球と、『春薫る』が実在してる世界の管理者なの。だから任せて!」
そう言って、セリアちゃんは得意気に胸を反らせた。
まさか義姉の好きなゲームの世界が実在してるとは……。義姉だったら喜んで行かせてもらうんだろうなぁ。喜びすぎて発狂してる姿が目に浮かぶ。
だけどあたしは……。
「あのね、わたし、今まで透夏ちゃんのこと見てたの」
「…………」
「産まれたときの事、幼少期の事、引き取られてからの事」
悲しそうな瞳で、ぽつりぽつりと話すセリアちゃん。
世界の狭間で、世界を管理する片手間にあたしの人生を見ていたらしい。そして、あたしの生い立ちがとても不憫に思ったらしく、自分の管理する他の世界、『春薫る』の世界に移り住ませて幸せになってもらおう、と考え付いたらしい。
「…………本音は?」
「え?」
瞳に本の少し悲しみの色を宿しながらも、慈愛に満ちた表情を浮かべるセリアちゃんに、あたしは静かに問いかけた。
ピシリ、とセリアちゃんの表情が凍りつく。
「今のは建前、でしょ? 本音は?」
もう一度、ゆっくりと繰り返す。
あたしは今、セリアちゃんに同情されてる。確かに幸せいっぱいの人生でもなかったし、ごく普通の一般的な人生でもなかった。あたしの生い立ちに同情する人は、今までも何人かいた。
だけど、そんな同情されるような人生を歩んでいる人はあたしだけじゃない。むしろあたしなんて軽い方だと思う。だって、衣食住がそろってるんだ。
世の中には、世界には、もっともっと過酷な毎日を送っている人たちがたくさんいるし、救いを求めている人もたくさんいる。
そんな人たちと比べること事態間違っていると思うけど、世界中の中で、あたしが選ばれた意味がわからない。神様のお慈悲なら、他に与えられる人がいるはずだ。
あたしはセリアちゃんの言う通り、穏やかじゃない人生を歩んできた。だからこそ、おいしい話しを信じることなんてできない。
「えっとぉ…………その……」
じっと見つめるあたしに、セリアちゃんは目を泳がせた。冷や汗をダラダラ流して、誰が見てもわかるほど動揺している。
やっぱり本音は違うんだ。
セリアちゃんはパクパクと何度か口を開閉したあと、上目使いでチラチラあたしを見上げながら、言いづらそうに口を開いた。
「あ、のね……。神様って実はヒマでね、毎日が退屈で……。違う世界に透夏ちゃんを転移させたら、楽しくなるだろうなぁ~って…………。あ! さっき言ったこともウソじゃないよ! 透夏ちゃんに幸せになってほしいって、本当に思ってるからね?!」
ようは神様の暇潰しに選ばれたわけだ。
ワタワタと慌てながら言うセリアちゃんに、あたしは思わず苦笑した。不安そうな顔であたしをうかがい見るセリアちゃんに、笑いが込み上げてくる。
同情されるより、そっちの理由の方が断然いい。
「わかった。じゃあ、詳しく説明してもらえるかな?」
「へ?」
「転移、するんでしょ? 期間とか、注意事項とか、その世界の情報とか、教えてもらえると助かるんだけど。あたし、乙女ゲームとかやったことないから、その世界の事なにもわからないんだよね。逆ハーレム、とかいうのもよくわからないし……」
あたしの言葉にキョトンとし、それから徐々に顔色を明るくするセリアちゃん。
「教えてもらえる?」と首を傾げれば、セリアちゃんは満面の笑みで頷いた。
「うん! あのね、まず『春薫る』の世界だけど、透夏ちゃんの住んでた地球で流行ってたゲームが面白そうで創った世界だから、ほとんど地球と変わらないの。ゲームの設定になかったところは地球を参考にしたし。だから、新しく覚えることはないから安心してね。それから、ゲームの世界だってことは忘れて、透夏ちゃんの思うままに生きてほしいな。透夏ちゃんには幸せになってほしいからね」
思うままに生きる……。そう言われても、正直どうすればいいのかわからないけど。だけど、せっかくセリアちゃんがくれたチャンスだ。
もしかしたら、今までの人生とは違う人生が歩めるかもしれない。一歩踏み出してみても、いいのかもしれない。
「うん、わかった」
「それと、転移の場所はどこになるか、やってみないとわからないの。突然透夏ちゃんが現れても問題ないようにはするけど、もし森のなかとかだったらごめんね? あと、これで最後なんだけど……。一度行ったら、もう二度と元の世界に戻ることはできないんだけど、それでもいい?」
「大丈夫だよ。あたしの自由に生きていいなら、どこに飛ばされてもいいよ。戻れないのも大丈夫。別に今の世界に思い入れはないから」
そう言って笑えば、セリアちゃんは悲しそうに眉を寄せた。




