↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
政略結婚した令嬢ですが、夫が優秀な凡人なので世界の裏側は私が回します  作者: モモ
第1部 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/32

第30話 別々に決まった順、一枚に並んだ名簿

 日の上がりきらぬうちに、召し替えが来た。ゆうべの集まりから、夜がひとつ明けたきりだ。


「お召し替えの刻限にございます」


「摂政殿下は、渡りにてお待ちです」


 短く頷いて、立った。


 支度は、発つ前に決めた通りに運んだ。運ぶほうにも、こちらにも、選ぶ余地は残っていない。


 そのあいだ、外の物音は届いてこなかった。届かないまま、支度は終わっていた。外の暗さは、まだ抜けていない。


 渡りへ出る。ゆうべの道筋を、逆へ辿った。


 辿る先の扉が、着くより前に開かれていった。開くまでの長さは、どの扉でも変わらない。


 夫は、渡りの半ばに立っていた。立つ位置が、ゆうべと変わっていない。


「よく眠れたか」


「はい」


 ふたりで、表へ歩いた。歩くうちに、口を使う用はない。


 先導が、扉の前で振り返った。


「御着きは、前の列にございます」


「読み上げのうちは、お掛けのままにて」


「その後に、ご挨拶の回りがございます」


 表の広間は、昨日通ったときと、様子を変えていた。


 既に、連なりができていた。頭の向く先は、入る扉の方で、外れがない。


 前へ出ている者ほど、身に着けているものが違う。織りの細かさが違い、留めているものの重さが違った。


 違いは、前から後ろへ、段を追って落ちていく。落ちる途中に、跳ぶ所はない。


 柱と柱のあいだに、旗が下がっていた。旗の色は、前へ出ている織りの色と揃っていた。旗の下に飾りの類はなく、要る所に要る物しかない。


 ゆうべの面々は、上の段にあった。周りと変わらぬ隔たりで、その連なりの内に収まっている。


 その後ろに、この国に仕える衆の一団がいた。さらに後ろへ、他所から招かれた客の一団があった。


 後ろの一団は、前より詰めて据えてある。詰め方に、乱れは出ていない。


 どの一団の内でも、前へ出る側と、後ろへ退く側とがあった。前と後ろとを分ける線は、一団ごとに変わらぬ引き方をしている。


 客の一団でも、線の引き方は変わらなかった。他所の線を、この国の線と揃えて引いてある。


 こちらの席は、前の列の、端に設けてあった。夫が主に近いほう、こちらがその隣だった。


 着くより前から、席には写しが置いてあった。


 薄い一綴じだった。綴じ目が新しく、括った紐に、括り直した跡はない。


 端は白く、汚れも癖も、まだ乗っていない。


 手に来る重さはない。来ない軽さで、そこに在った。


 求めた覚えはない。求めるより前に、既に在った。


 隣の席にも、その隣にも、変わらぬ写しがある。後ろの列には、置く台そのものがない。


 写しのある席と、ない席とがあった。あるかないかが、既に連なりの通りである。


 置かれない後ろに、そちらを見る顔はない。置かれた前にも、開いている顔はまだない。


 扉の脇で、告げる声が上がった。


「王の、お出ましにございます」


 主が入り、連なりが揃って身を折った。折る深さが、前と後ろとで違わない。


「どうぞ、お掛けを」


 主が座に着き、連なりが上から次々に腰を下ろしていった。下ろす早さも、上からの通りで乱れがない。


 読み上げが、前へ出た。


「これより、功の名簿を読み上げます」


「異端を平らげた日の、功でございます」


「まず、王家の御方々より」


 声が、上から始まった。抑えも張りもない声で、上げ下げを付けずに字を辿っていく。


 紙を開く。白さが、周りの古い木の色から浮いていた。


 書いてあるのは、いま連なっている若い顔の、生まれるより前のことである。書かれた物のほうは、この式のために新しく作られていた。


 中身は遠く、物は新しい。


 移してあるのは、遠いものである。移した所に、古びは付いていない。


 声は、耳に入れていない。目は、字の上を進んでいた。


 声の追う順と、目の追う順とが、違わない。声が呼ぶより先に、目はそこを過ぎていた。


 上に、王家の名があった。次いで、上級の家々の名が続く。


 名の並びは、いま前に出ている並びと重なっていた。字の上と、目の前とが、別々に決まって、着いた所が違っていない。


 家々の後に、仕える衆の名があった。仕えてきた長さによるのではない。出た家による。


 分けているのは、あの日に何をしたかではなかった。家柄である。


 名の載る者たちがここにいて、載らない者はここへ来られない。来られない者がどれほどいるかを、この紙は言わない。言う用がないからだ。


 字の癖は、上から下まで変わらない。この一冊を書いたのは、ひとりだ。


 家々の分が尽きて、他所の分に移った。


 リューベックが、そこにあった。


 協力した国として、載っている。


 その下に、もう一つの功が続いていた。


 海の向こうに、島がある。アルビオンといった。その島が、こちらの異端を助けに海を渡ろうとするのを、フラリンとその配下と、リューベックとが艦を連ねて、海の上で阻んだ、とある。


 阻んだ、とだけある。押さえた側だけが、そこに連ねてあった。


 正しく載っている。


 リューベックが、異端や異教の亡命者を受け入れてきたことは、こういう紙に書かれる種類のことではない。書かれない種類のものは、書かれない。次の行へ移った。


 行は、そこから下も揃っていた。字の大きさも、字と字の隔たりも、端まで変わらない。


 紙を閉じる。声は、まだ下の方を読んでいた。読み終える所まで、目は待たない。


 読み上げが終わり、連なりが、少し緩んだ。


 読み上げに使われた紙は、その場に残されたままである。持ち帰る用は、告げられていない。


「御退出まで、その場にてお待ちを」


 前の列を、挨拶が回りはじめる。回る順は、座の順のままで、外れていない。


 若い男が、夫の前で足を止めた。背は高く、肩の線は細い。


「フィリベルトと申します」


「フリーラントの、王太子でございます」


「母の縁で、この式に連なっております」


 フリーラントは、リューベックの隣にある国である。かつては、フラリンに属していた。


 母君が、この王家の傍系にあたる。この場に来る血の由が、そこにあった。


 夫が短く応じた。


「摂政である。隣どうし、よしなに」


「こちらこそ、お願い申し上げます」


「妃殿下にも、お目にかかれて何より」


 こちらは、身を浅く折った。折る上に、句は要らない。


「船の路は、いかがでございましたか」


「はい。よい日和でした」


「それは、幸いなことでした」


「この後、またお目にかかります」


 若い男は、それで礼を置いて、次の席へ移った。移り方に、留まる向きはない。


 どこの国の、どういう立場の男か。それで足りていた。足りたものの先を、こちらは追わない。


 次に来たのは、上の連なりの、年長の男だった。


「遠い路を、よくお越しになった」


「式の後も、どうぞごゆるりと」


 句は儀礼の丈で尽き、それより伸びない。受ける側も、その丈で返していた。


 回りは、上から下へ降りていく。降りきる前に、こちらの前は空いていた。


 上の段の脇に、聖都からの客の座があった。教皇庁の者が、連なっている。


 ある、というだけである。それより先へ、目は動かない。


 ゆうべの面々は、上の段の内で、座を離れていない。周りと変わらぬ隔たりのまま、そこにいる。


 主のところへ、挨拶が次々に着いては、離れていった。着く長さも、離れる長さも、前と後とで変わらない。


 こちらの隣で、摂政が次の挨拶を受けている。受け方に、ゆうべと変わる所はない。


 声の止んだ広間に、動く気配だけが続いている。


 広間の連なりを、もう一度、前から後ろへ見た。


 館から門への道で見たものが、ここにもある。役所の上と下で見たものが、ここにもある。組合の内と外で見たものが、ここにもあった。


 どれも、中心に据えられた者と、周りに据えられた者とを持っていた。どちらも呼び名を一つにしながら、入れ替わる先を持たない。


 別々に決まった順が、一枚の上で重なっていた。重なりに、足すものはない。引くものもない。


 ここにあるのは、その原理の、桁の違う大きさだった。


 大きさが変わっても、原理は変わらない。同じ原理が、ここでも動いている。



続きが気になった方はブクマと★評価をしていただけると、作者の励みになります!

星評価はページの下側にある【☆☆☆☆☆】をクリックしていただければできます。


どうか応援よろしくお願いします



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。