第29話 読みは合った。合わせてはいない
夕餉の刻限を過ぎてから、案内が来た。案内に付いて、ふたりで渡りを行く。
行く先は、昼に通った表の広間ではなかった。扉の丈が低く、幅も表のものより詰まっていた。
扉の前で、案内が脇へ寄った。寄るのを待って、内から扉が引かれる。
扉の奥から、若い人が出て来た。扉の際で、腰を屈める。
屈めた背の後ろに、卓が見えていた。卓の周りは、座がいくつも要らない広さだった。
「お待ち申し上げておりました」
「身内だけの集まりでございます」
若い人が退いて、道を開ける。開いた道の正面に、就いている人の姿があった。
正面に、アランの母が就いていた。その隣が、王の弟にあたる年長の男だった。
こちらの席は、その正面に設けてある。夫が上の側へ、こちらがその隣へ。
アランは、母の隣にはいない。こちらと母との、中ほどに据えられていた。
若い人ふたりは、末に寄せてある。その周りに、余りの座は出ていない。
据えられ方を、読む。読んだ像を、こちらならどう置くかへ並べてみる。
館の主を上へ。招く側の長を、その隣へ。縁の当人を、招かれる側の近くへ。若い人を末へ。
読みの内に、迷いは要らない。要る前に、先が出ていた。
置いた先が、目の前の形と、同じ所へ出た。そこに、足すものも引くものもない。
公の集まりではない。人は少なく、席の決まりは緩い。緩いままで、至る先が動く用はない。
アランが、卓の脇から歩を出す。フラリンの第二王子で、シャルロットと縁組の決まった相手である。
背丈は夫と変わらず、線はまだ細い。細い線のまま、歩みに迷いがなかった。
「ようこそ。長い船旅でしたでしょう」
「ここは、内の集まりです。どうぞ、お楽に」
夫が短く返した。
「招きに、礼を申す」
こちらは、浅く身を折って受けた。受けるのに、言葉は要らない。
就く順は、アランが先だった。先に就いた人に次いで、招かれる側が就く。運びの立て方が、内の集まりのそれだった。
皿が来ていた。来た皿は、上から回っていく。回る内に、届きは遅れなかった。
妃の顔が、こちらへ回った。その顔に、問いが既に載っている。
「シャルロット姫の、近ごろのご様子は」
問いは、それで置かれた。置かれたその前に、経緯は要らない。経緯は、既にこの家の持ち物だった。
住まいは、別である。日ごろ、顔を合わせる場は立たずにいる。
持ち合わせは、会った場で見た限りである。その限りを、口に載せていく。
「お会いしたのは、婚礼の日と、その後の集まりとです」
婚礼の日のことは、顔を合わせたまでで尽きた。その先は、載せない。載せるのは、集まりの日のことである。
「集まりでは、奥方さま方の正面に着いておられました」
着いていた場は、書きつけの通りの場である。書かれた刻限に、シャルロットはその場へ来ていた。
「回って来たものへ、誰よりも早く口をつけておいででした」
「冷めぬ内がよい、と仰せでした」
見たことを、見たままの形で渡していく。形を整える用は、間に挟まらない。
妃が頷いた。頷きの後ろに、聞く構えが立った。
短い受けが、年長の男から来た。
「よく召し上がるか」
「はい。その折は、真っ先に」
言い方に、笑いの色は混じらない。混じる用は、もとから立たない。
「こちらの冬には白いものが積もらぬと聞いて、待ち遠しいと」
「そう仰せでした」
妃の口の端が、少し動いた。動きに、言葉は付いて来なかった。付かないままで、次へ移った。
「奥方さま方が寄ってお着きなのは何故かと、お尋ねでした」
末の人のひとりが、身を前へ出した。出した長さだけ、皿から離れる。
「それで、何と」
尋ねの向くのは、こちらでない。尋ねられているのは、その日のシャルロットである。
問われたことだけを、返す。返す上に、足しは乗せない。
「その日の折で決まるものと、奥方のひとりが答えました」
「答えの前に間が空き、妹の方は急かさずに待っておいででした」
「それを聞いて、決めるのはどなたかと、重ねてお尋ねでした」
「書いたものが参るので、と、その奥方が答えました」
「頷いて、飲みかけのものへ戻られました」
王の弟の目が、皿から上がっていた。こちらの声の側に、その目はある。
アランは、口を挟まなかった。挟まぬまま、こちらの声を受けている。受ける目の在りかは、動かないままだった。
王の弟は、皿へ帰っていた。帰った上で、耳の向きだけは変えずにいる。
末の人が、前へ出した身を引く。引いてから、目は下へ落ちた。
残りは、もう多くない。あるままの長さで、置く。
「帰りの折には、戸口で振り返って辞儀をなさいました」
「それから、出て行かれました」
「申し上げられるのは、それで尽きます」
渡せるものは、初めから薄かった。薄いものを、薄いままに渡している。厚くするのは、こちらの務めではない。
妃が、皿の上へ目を落とした。落とした目を、アランの方へ上げる。
「変わっておられませんね。お会いした時の、そのままで」
アランが、短く応じた。
「はい。わたしも、そう見ました」
年長の男が言い足した。
「よく伸びる子だ」
受けた声は、上から来た。
「そのままで、お越しになればよい」
この家の言葉は、シャルロットの上に落ちた。落ちて、像は結ばれていた。
家の持つ像と、こちらの述べたものとが、至る先で重なる。重なって、ずれは出て来ない。
もうひとりの末の人が、匙を持ったまま言った。
「妹君は、この度は、お残りと伺いました」
由は、既にこの家へ届いた後である。王の弟が、次の皿を取る。取った上で、その件は通り過ぎていた。
通ったところへ、口を戻す人はいなかった。戻す用は、誰にもない。
扉の外で、館の動く音が続いている。運ぶ足と、扉の開く音と、低い声とが、廊の向こうで絶えない。
音は、座の内へは届かなかった。届かないままで、続いている。
末の人のひとりが、皿を脇へ除けた。除けてからの話柄は、北から始まった。
「北は、この冬は動かないでしょう」
「季のせいではない。動く用が、立っていないからだ」
王の弟が言い、若い人が受けた。
「用が立てば、時を選びませんね」
「そういうことだ」
正されたのは、読みではない。読みの在りかだけが、少し動いた。その上で、ふたりの読みは重なっていた。
「帝国はいま北へ向いています。こちらへは、当分回りません」
「後に回しているだけだ。近いのが北で、遠いのがこちらだ」
「先か後かの、違いですね」
「その違いが、いまは立っている。当分は、そのままだ」
述べられる並びに、驚く箇所はなかった。どれも、こちらの持つものと違わない形をしている。
同じ若い人が、匙へ戻りかけて、言い足した。
「海の向こうの半島は、ひとまず片づいたと聞いております」
「聞いた、までだ。届いたのは伝え聞きだ」
「中身が届いたら、そのときに読む」
若い人は、それで顎を引いた。引いた顎に、押し戻す色はなかった。
半島の件は、皿と皿との合間に落ちて、そのまま流れた。流れ方に、軽さがある。軽さは、届いているものに見合った軽さだった。
届いたものは、届いた長さで扱われていた。長さを超える語は、誰の口にも載らない。
届いていないものを、届いていない場に置く。その場を動かさない。据え所はそのままに、次の皿へ移っていた。
聞いたことを、頭の内で並べ直す。並べ直す筋は、こちらのものである。
北を頭に。帝国を、北の後ろへ。伝え聞きを、いちばんの末へ。末に置いたものには、まだ中身がない。
組み上げたものを、この家の言った所へ重ねた。重ねて、ずれずに着いていた。
着いた所は、この家の言った所だった。着くまでに、寄り道はない。
着いた。それより後は、起きていない。
並びは、そこにある。そこにあるものとして、手前へ帰った。
皿が下げられていく。下げる人の出入りに、座の声は途切れなかった。
主が立ち、アランが次に立った。その次に、こちらも立つ。
「明日の式で、また」
「はい」
夫が短く受け、扉の方へ歩を出した。扉の外の動きは、絶えていない。
下げられた器が、次の間へ、運ばれていく。運び終えた所で止まって、卓の面だけが残った。
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