第28話 先に数えてあった分が、そのまま余った
船着きから上る道は、初めは平らで、途中から傾きを持った。傾きに合わせて、馬車の速さが少し落ちる。
道の両脇には、背の低い柱が間を置いて立っていた。柱の上に灯が据えられ、据えたままで、まだ点されていない。
日は、傾く前の高さにあった。差す向きは、道の右から来ていた。
傾きの上に、屋根の連なりが見えてくる。近づくにつれ、一つの構えへ纏まっていった。
構えの前で、道は幅を広げていた。広げた幅の中へ、車はそのまま入っていく。
幅の両側に、人が長く連なっていた。連なりの頭が、こちらの車へ向いていた。
車が止まる。止まった所は、連なりの切れ目の真ん前である。
踏み台が置かれ、扉が開いた。開くまでの間に、待ちは挟まらない。
降り立った足の下に、固く均された道があった。初めて踏む国の、初めての地面である。
摂政が先に降り、その後ろへ付いた。付く順は、発つ日より前に決めてある。
先導の者が、切れ目の内から歩を出した。出した歩の幅が、こちらの歩みと違わない。
連なりの間を、そのまま進む。進む道筋に、迷う所は無い。
先導の者が、声を落として告げた。
「長の路のお疲れ、お察しいたします」
「御館の内へ、こちらより御案内いたします」
「王女殿下が、表の間にてお待ちです」
摂政が短く応じた。
「世話になる」
「お気遣い、身に余ります」
こちらの句は、それきりで済んだ。
歩む先の戸が、着く前に開いていく。開く間の長さが、どの戸でも変わらない。
通る度に、脇へ立つ者が向きを変えて礼を置く。置く深さも、置く間も、前の者と後の者で違わない。
石の階を上がる。上がりきる前に、扉の両翼が内へ引かれていた。
引く者の姿は、翼の陰にあって見えない。陰から出る間も、通る間も、こちらの歩みには触れなかった。
表の間へ入る。入った先の敷き物の端が、足の運びの真下に来ていた。
置かれた調度は、どれも用の向きへ据えてあった。据えた向きに、余りも欠けも無い。
花に、香の立つ種は混じっていない。置き所は、通る筋から少し外れた所へ寄せてあった。
外套を預かる者が、預かる側の肩の高さで待っていた。
預けた先で、外套は畳まれずに奥へ運ばれる。運ばれ方に、見せる向きは無い。
先導の者が、次の順を告げる。
「家の者より、順を追ってご挨拶を申し上げます」
「お受けは、その場にてお立ちのまま願わしく存じます」
「お休みの間とお召し替えの間へは、後ほどお通し申し上げます」
「細やかなお心遣いに、感謝申し上げます」
先導の言は、要る所に要る丈しか無い。落ちた先で、足がもう次へ動いていた。
順が告げられ、告げられた通りに進んでいく。告げの言と動きとの間に、ずれは無かった。
誰も遅れていない。誰も違えていない。誰も、間違えていなかった。
組まれた順の運びに、狂いは無い。感心を置く用も、無い。
そういうものである。そういうものとして、見ていた。
連なりの先に、背の高い人が立っていた。立ち方の落ち着きが、周りより深かった。
フラリンの王女、ジルである。この家の縁続きにあたる、姉の位置の人だった。
こちらへ向き、礼を置いた。置かれた礼は、この家の格へ見合う深さを持っていた。
「ようこそ、フラリンへ」
「遠い海を越えて、よくお越しでした」
「お目にかかれて、光栄に存じます、殿下」
「式の日に、またゆっくりお会いしましょう」
それで、王女は通り過ぎた。過ぎ方に、留まる向きは無い。次の者が、その跡へ入る。
次はドルヴァル伯の子息という、若い人だった。
礼の深さは、前の者と違わない。違いは、句の置き所にしか無い。
「ようこそ、フラリンへお越しくださいまして」
「帝国の姫君を、この国でお迎えするとは」
「めったに無い日に、居合わせたものです」
「ご実家の方々も、さぞご案じのことでしょう」
「この国の水が、お口に合えばよいのですが」
「合わなければ、どうぞ遠慮なくお申しつけを」
言い方はどれも、祝いの列に載る形をしていた。形の内で、向く先だけが、別だった。
若い人は、言い終えて礼を置いた。置いた礼に、踏み外した覚えは無い。何かに障った覚えは、その人に無かった。
こちらは、口を使わない。使わない間を、向こうは受けの間と取っていた。
向けられた句は、向けられたままに置かれていく。置かれた先へ、こちらの足すものは無かった。
連なりの奥から、年嵩の侯が歩を出した。出した歩は、若い人と先導の者との間に入っている。
「先を、お急ぎいただこう」
「そなたの番は、後ほどでよい」
「順は、そのままに進めよ」
若い人は、下がった。下がった向きに、心得の色は無い。
何を言われたのかは、その場で分かる形をしていない。後になるまで、分からない。
侯は、由を言わない。言わない口のまま、元の所へ戻っていた。
こちらの側から、礼は出ない。出す先は、初めから立てられていない。
摂政は、若い人の句へ何も足さずにいた。足さないままに、礼を返す番へ移る。
「よく迎えてもらった」
「礼を申す」
「次を」
先導の者が向きを変え、次の名を呼ぶ。呼ばれた者が、跡へ入った。
「こちらへ、お進みを」
順は、順の通りに進んでいく。進みの上で、起きたことは何も無い。
礼が一つ足され、連なりがそのまま動いた。動きの間に、区切りは付いていない。
こちらへ向く扱いのことは、発つ前から勘定の内へ入れてあった。置いた項は、その日、書き込まれずに残った。
空いた項を、埋め直す用は無い。空いたままで、次の順が来ていた。
*
日が落ちきってから、あてがわれた間へ入った。戸を引く前に、内から物の動く気配がある。
入った先に、クリスが先に居た。荷の箱を開け、中の物を棚へ移している所だった。
亜麻色の髪を後ろで纏め、袖を少し上げている。上げた腕の動きに、迷いの跡は無い。
こちらを見て、動きを止めた。止めた先に、礼が置かれた。
「お帰りなさいませ」
夫は、まだ表の間に居る。居る間、他に入る者は無かった。
クリスが、棚の前から訊いた。
「妹君は、なぜお越しにならなかったのでしょう」
問いは、路の内では出ずにいた。出す間が、向こうには無かった。
「支度が調わないと、聞いた。確かなことは、知らないけれど」
「見当なら、ある。期日が短すぎた、その返しかもしれない」
決定は、こちらの視界の外にあった。話し合いの席に、こちらは居ない。
居なかった者に言えるのは、見当までである。その先は、確かめる先を持っていない。
「では、向こうも同じように」
「どちらも、荒立てるつもりは無い。と、思うけれど」
「そう、なのですね」
句は、途中で置かれた。置いた先へ、続きを付ける者は居ない。
クリスは、棚の方へ向きを戻した。戻す前の顔に何を置いたのかは、見えていない。
箱の中の物が、また棚へ移っていく。移る順に、迷いは出なかった。
窓の向こうに、上って来た道がある。道の形は闇に紛れ、沿った柱の連なりだけが残る。
柱の上に据えたものは、点されていない。上って来た時のまま、据えた所に在った。
門の前の階にも、同じものが据えてある。据えた向きが、道の分と違わなかった。
日のある内に着いた。着いた時、あれは要らずに済んでいる。
要らなかった分は、要らなかったままで置かれていた。片づけの者は、来ていない。
誰も遅れていない。誰も違えていない。用意の通りに、日が高かった。
道の灯は、点されなかった。点されなかったまま、暗い中に立っている。
暗い中で、柱の頭だけが少し白い。白さは、点す前の油皿のものだった。
窓の際に、こちらの影が浅く落ちる。落ちた先は、際の内までだった。
触れる用は、こちらに無い。片づける用も、こちらの側には無い。
点す時は、初めから無かった。無かった分だけ、油は減らずにある。
道の分と、階の分と、どちらも同じ高さで立っていた。
明けまでの長さは、まだある。明けまで、誰も触らずに済む。
灯は、点されないまま残っている。
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