第27話 四日の支度、痕の残らぬ急ぎ
案の検めは、朝の内から手の中にあった。届いた分を確かめ、済みの側へ移していく。
移した先が、少しずつ厚みを持つ。育つ分が、そのまま朝の進みだった。
頼みの声を待つ用は、この作業に無い。届いた分だけが、この朝の相手だった。
そこへ、外からの報せが着いた。運んで来た使いは、外務省の者だった。
文言は短い。南の大国の、節目の年の祝いの席へ、賓客として招く、との趣きだけがあった。
日付と所が記され、末尾に一句が添う。日程の都合が調わなかった、との由だった。
句は、句のままに手の内へ納めた。読み返すほどの長さは、もとから無い。
取り次ぎの口は、それきり退がった。答えを待つ構えは、初めから持たされていない。
祝いの日から、逆しまに数えた。南までの海の路は、およそ十日を見る。
滞在の分と帰りの路を、その上へ重ねると残る幅が出る。支度に使える日は、四日である。
四つ、と胸の内で置き直す。置いた数の内で、務めの畳み方が決まっていく。
数の脇へ、宛て先を仮に置いた。置いた宛ては、後の三日で一つずつ埋まっていく。
何をいつ渡すかを、幅の内へ割って置く。割りの立て方に、初めての迷いは要らなかった。
昼を待たず、上の間へ召された。戸口の内へ、そのまま通された。
着いたときには、話は既に声の中にあった。声の立ち方に、始まりの区切りは見えない。
切り出しの一句は、着く前に終わっていた。進みの先は、留守の負い方だった。
発つか否かは、どの口の上にも無い。載せる口が、端から設けられていない。
奥に摂政が座している。脇の式部卿ブル公爵は、在り方だけで場の重しを兼ねていた。
手前では、外務卿ラーゼン侯が言を運ぶ。短い句が重なり、途切れは間に置かれない。句の受けは、奥へだけ短く渡った。
「妹君の縁組の先の御家に、この度の慶事が立ちます」
「祝いの列に、当方からも人を立てるのが礼かと存じます」
摂政が短く確かめた。
「格は」
「賓客の格にて、お招きを頂いております」
「立つのは」
「御名代として、御夫妻でお立ちになるのが順当かと存じます」
「母君の故国にも、当たりますゆえ」
「発ちは」
「祝いに間に合う限りで、早いほどに願わしく」
由はいくつも重ねられていく。どれも欠けなく通り、足す口を待たずに足りていた。
述べられる由の運びは、押しの色を帯びない。帯びないままで、場は次の割りへ進んだ。
こちらへは、報せの控えが回って来た。会釈で受け、脇へ置く。
受けの間、口を使う先は立たない。求めの声が、どの向きからも出ないからである。
「妹君の御列は、この急ぎでは支度が調いません」
その一件は、それで先へ移った。急ぎが、そのまま由の座に就いている。
場の終わりまで、口を使わずに済んだ。浅く辞儀を置き、退く。
退いた背の後ろで、声は次の手へ進む。進み方に、区切りの跡は残さない。
歩みの内で、渡す先の見取りを頭の中へ広げる。広げた見取りは、朝の書き出しと重なっている。
戻ってすぐ、昼までの続きを進めた。進めながら、渡す先の書き出しを起こしていく。
明けて二日目、実務が降りて来た。
随行の組みが決まり、支度の限りが付く。付いた先から、そのまま受けていった。
限りはどれも、発ちの前の夕までに置かれていた。夕までの間合いが、それで刻まれた。
名の連なりの内に、エミリア・レーベンとあった。連なりは、連なりのままに受けた。連なりの残りにも、受けの内で片が付く。
泊まりの先が定まり、道々の受けが添う。添った先から、要るものを書き出しておく。
道々の宿へは、先触れの文が既に出ている。
昼からも、もう一降りあった。降りの丈は、深くない。
発たせる分の箱は、先に外の間へ寄せる段である。
届きの波は、いつもより厚い。受けの運びは、それでも変わらずに済んだ。
短い分だけ、捌きも間を置かずに済んでいく。捌いた跡に、持ち越しの札は無い。
畳んだ端から、次が届く。届いた端から、また畳んでいく。
残りはあと二つ、と手の内で数える。二つの内へ、渡す先を振り分けて置く。
三日目も、まだ降りて来る。
席次の書きつけが届き、乗り込みの順が細かく添う。
祝いの品の書き出しが付き、装いの仕立てが届く。仕立ての直しは、着てからの手へ回してある。
昼には、供の道具の書き出しが重なった。暮れには、細々の片が付いている。
晴れの召し物の合わせも、その朝の内に納まっている。
届いた分の宛ては、初めの書き出しの中に既にあった。書き足しは、端に少し出ただけだった。
届きの厚みは、初めより増していた。増した分も、暮れを待たずに薄くなっている。
重ねの深い度でも、暮れの仕舞いは同じ刻限に来た。
三度目の渡りにも、滞りは出なかった。受けては済ませ、済ませては手放す。
手放した先で、それぞれが回りはじめる。覗きに戻る用は、端から無い。
検めの続きは、係りの手へ移した。移す前に、留めの分を別へ寄せてある。寄せた分の口書きも、それへ付けた。
「済みの分は、この束に納めてあります」
「途中の分には、色分けのしるしを挟んであります」
「迷いの出た分は、留めて置いてください」
「急ぎの見分けは、挟んだしるしの色の通りに」
係りの受けは短い。受けながら、預かりの分を引き取っていく。
「留めの立て方も、確かに承知しました」
「この幅でしたら、留守の内も回して置けます」
「お発ちの後の届き分も、同じ受けで進めます」
受け答えは、その丈で足りた。足りた分だけ、渡りに掛かる時も浅い。
館のことは、ドロテアへ渡した。渡す口々は、先に書き出した順の通りだった。
読み合わせは、上から順を追うだけで済む。引っ掛かりの立つ所は、途中に出なかった。
「折の入りは、先に決めてある表の通りに」
「割り付けは、いまの組みのままで進めて」
「冬の備えの届き物は、着いた先から順々に納めて」
「灯の油の届きは、月の変わり目に来ます」
「出入りの帳面は、いつもの棚にあります」
「お客の迎えが立ったら、留守の旨だけを伝えて」
「戻りの日は、この書き置きに記してあります」
ドロテアの受けも、短く重なった。重なりの内に、聞き直しは立たない。
「お留守の内は、承った形の通りに回します」
「不足が出た分は、留め書きにして残します」
言い置きの一つずつに、受けの返しが短く付く。
渡す先は、その受けで尽きた。こちらを出たものが、出た先でもう回っている。
問い合わせの宛ても、書き置きの内に振ってある。
明けて四日目、届きは絶えた。空いた手が、暮れまでそのまま空いている。
暮れの見回りも、いつもの通りに済んだ。済んだ順から、館の戸が落ち着いていく。
明ければ発ちである。発ちの朝の分も、もう手の外に出してある。
渡り切るまでの間、滞りは一つも立たずに終わった。
*
夜に入り、夫の側の間へ足を向けた。渡りの廊で、すれ違う人は無かった。
戸口の灯が、先の暗がりを浅く押し返していた。
夫は、明日の順を書き付けの上で確かめていた。
「発ちは、朝の内になった」
「はい」
「船着きまでの送りの手は」
「昼の内に、済ませてあります」
「向こうに着いてからの取り次ぎは」
「先方の式部と、先に決めてあります」
「そなたの荷は」
「今夜の内に、みな納まります」
「そうか」
夫は頷き、次の一枚へ移った。
確かめは、どれも的を外れない。外れないから、足しの言が立たない。
済んだ先に、驚きの色は載らない。載らないまま、手が次へ進む。
進みの確かさが、この人の確かめだった。足りない先は、どこにも見えない。
暮れきった先に、待つものは発ちだけである。
明けまでに、足す用は一つも無い。
務めは、いつ渡しても回る形で組まれていた。
畳めるように、してあった。だから、畳めた。
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