第24話(下)紙の上で決まった。畑はまだどこにもない(下)
列の前から、出入り口のわきへ退いた。着いた先は、床と変わらない高さだった。
問いの下りる先は、もうこちらにない。答える役も、手の内を離れている。
目で追う者は、出ない。向き直るころには、場のいちいちが、また目の内へ入っていた。
配られたものは、どの手もとでも閉じられている。ひらき直す指は、どこにも出ない。
言葉の出るまで、場のどこも動かずにいる。
プレッセン伯が、立った。立つまでに、間は挟まらない。
「陸兵部に、異存はございませぬ」
間を置かずに来た、答えだった。向かいの上下で、目だけがそちらへ寄っていく。
「これまでかさねて申し立ててまいりました筋は、二つ」
「ひとつは、戦の日に、人の借り受けが間に合わぬこと」
「残る筋は、常から立たぬ者が、その日には立てぬこと」
短く切っては、次へ移る。切り方に、求めていたころとの差は無い。
言いようも、前に聞いたものと変わらない。載る先だけが、替わっていく。
「このたびの案は、二つの筋を、二つながら塞いでおりまする」
「事の起きた日には、三千がまとまって立ちまする」
数は、それきり出ない。聞く側の頭は、今日は動かずにいる。動く分は、前に出切っていた。
「求めてまいった分に、欠けはございませぬ」
言い終わる手前で、右の手が、帯の上へ置き直された。
「このうえ申すことは、ございませぬ」
声の低さは、終いまで変わらずに行った。押しの分は、今日は載っていない。載らない分だけ、言い終わりも早い。
立っていた背が、もとへ戻る。腰の下りる音がして、そこで止んだ。
書き取る手が、短く起きた。
着いたままで、聞いた。聞こえた分は、聞こえた順に載っていく。
上から、次の問いが下りた。
「では、率いる者は、いずれから出すことになる」
「陸兵部の内より、選んで出しまする」
「充てる人選は、日をおいて、あらためて立てまする」
答えは、それで全部だった。
名は、どこにも挙がらない。挙がる日のあても、口には出ない。問う声のほうも、名までは求めずに引いた。
問い返しは、上からも脇からも来ない。来ないままに、仕舞いとなった。
充てる先だけが立った。充てられる人は、まだどこにもいない。
立った先の名乗りが出るのは、今日ではない。今日の内は、埋めずにおいたままで進んだ。
量れずに空いたままでいた一項へ、入るものが来た。来た先は、向かいの列の中にある。
入り方まで見えても、量りは付かない。付かない分は、空いたときのままで据え置かれていく。
量りの立つ日は、ここからは見えない。見えないままで、綴りだけが先へ進む。
記す手の面へ、また一筋が入っていく。入る早さは、これまでの項と変わらない。
摂政の声が、下りた。
「両省の立てて出した案を、これに容れる」
短い声だった。受ける側の返しを、待つ間も挟まない。
受けた両省のほうで、頭が下がる。下がる深さは、二つで重なっていた。
「陸兵部のかさねての申し立ては、これをもって閉じる」
「沙汰の下しようは、式部のほうへすべて任せる」
上の座から、受ける声が置かれた。ブル公爵である。
「式の運びの次第は、これまでの例のとおりにございます」
「本日の記しは、日の内に検めて納めてまいります」
言い納めの深さは、いつもの深さのままだった。中身へかかる言葉は、今日も出ないままである。
納める先の決まりごとが、二つ三つ、短く確かめられて済んだ。言い渡しの声も、これまでより長くはならない。
向き合う二列に、崩れは出ない。立つ者も、もう出ない。
裁可が、下りた。
下りるまでの間は、これも短い。短さの分だけ、書き入れる手のほうが長くかかった。
下役の手が、終いの一筋を書き入れて、起きた。
朝のうちは、まだ白かった面である。
役は、これで終いだった。椅子を離れて、戸のほうへ退いた。
扉のわきに、近衛が立っていた。
戸が、内から引かれた。引いた手は、引いた分だけで戻った。
言葉は、どちらからも出ない。目の合う間も、無かった。
屋根の高いところを出て、外へ出た。外の明るさは、昼の名残の分だった。歩みの先で、人の姿はまばらになっていく。
下りの段は、来たときのままの数である。門までのあいだ、呼び止める声は出ない。
迎えの支度は、整っていた。乗るまでのあいだに、口を利く相手はいない。
動きだしてからも、それは変わらない。中は、一人だった。外の音に、車のほかは交じらない。
門の内で見た明るさより、道の先のほうが、すこし沈んでいる。
今日あったことは、まだ誰の手にも渡していない。渡す先は、車の中には無い。
持ったままで、道だけが進んでいく。
館までは、いつもの長さで着いた。下りた先にも、待たせた声はない。
上がる運びは、ふだんのままである。誰の戸口にも寄らず、部屋へ入った。
*
手もとの分だけ、灯を入れてある。火のほうは、入れてから間もない。
暮れは、外より内のほうが早い。早い分を、灯が受け持っていた。
上げ直すほどの暗さは、まだ先にある。用のほうは、昼までの分で終いにしてあった。
下で、戸の音がした。閉まり方は、聞き分けのつくものだった。
のぼってくる運びには、聞き覚えがある。夫である。供の足は、下に留まったままだった。
入ってきた足は、戸口で止まらない。向かいまで来て、腰が下りた。
「今日の分は、あれで収まった」
「はい」
「助かった」
「問われたことへ、お答えしたまでです」
言われた分は、短かった。短いままで、続きが来た。
声の高さも間の取り方も、用向きの日から動いていない。受け答えの短さも、いつもの形のままで残る。
灯の輪の内に、向かいの手が入っている。
「陸兵部は、あの筋ひとすじで長く押してきた」
「筋は、通っていた。通った筋は、こちらから退けられぬ」
「どちらかへ倒す道も、置いたまま済ます道も、無かった」
声は、続いた。切れ目に間が交じっても、切れはしなかった。
「消す手だけを、ずっとさがしていた」
「こちらの手の内には、無かった」
「長いあいだ、手放せずにいた」
手は、組まれたままで動かない。向かいの目は、こちらへ来ずに、低いところに置かれていた。
途中の言い直しは、はさまれない。言い置く順は、前から組んであったものらしかった。
聞く側から、確かめは挟まなかった。挟まない分だけ、声の側が先へ進んでいく。
火の色が、手もとの側で揺れる。揺れの届く先は、まだ短い。
「あの者らを理屈のほうで黙らせる手が、こちらには無かった」
「これは、出せなかった」
そこで、声は止まった。止まった先へ、足しては来ない。
話の着く先は、聞いているあいだ見えずにいた。見えないなりに、聞いた。挟むものは、置かずにおいた。
「お答えは、どれも前の晩に立て終えてありました」
「問いの来たとおりに、出しました」
間をおいて、夫の声が戻った。
「それで、閉じた」
「……はい」
立て終えた晩の長さは、言わずにおく。訊かれないものを、載せる先はない。
継ぐ言葉は、どちらからも出ない。出ないままの間が、そのままの長さで据わっていた。
腰は、上がらないままでいた。火が、小さくはぜた。
更ける刻限までは、まだ間がある。間の内へ、暮れの色がすこしずつ足されていった。
紙の上のことが、ひとつ済んだ。済んだ分は、書き入れられた面の内にある。
開かれる土は、まだどこにも起きていない。人も、選ばれていない。起きる先の年数は、まだ誰の口からも出ていない。
土が起き、人が入るまでには、年を数えるだけの手間が挟まる。挟まる分だけが、ここから先へ延びていく。
今日、動いたものはない。動かないままであることのほうが、今日の分だった。
火の入りは、まだ浅い。
明るむ先は、手の届くあたりで尽きている。部屋の端は、暗いままでいる。
明るみの足は、急がない。急がないままで、絶えもしない。
端までの遠さは、まだ縮まずにある。待つことのほかに、要る手は無い。
先まで届くことに、変わりはない。今は、まだ届いていない。
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