第24話(上) 紙の上で決まった。畑はまだどこにもない(上)
集まってくる者は、席を探さない。
入ってくる足が、そのまま立つ場所へ届く。届いた先で止まり、あとは動かない。後から入る足も、先の足を待たせない。
声を出す者はいない。衣の擦れと、腰の下りる音だけが、間を置いて続いていた。話し声のないまま、頭数だけが増えていく。
明かりは、高いところに入れてある。下の面まで、むらなく届いていた。影は、どの席にも落ちない。
今日の用は、これ一つに寄せてある。ほかは、あとへ回されていた。
評定の間は、上から下へ組んである。上と下を隔てるものは、間に置いていない。高さの差だけが、それを分けていた。
いちばん上に玉座。かたわらに、王妃の座。どちらも空いていた。空きのままで、間だけが上に取ってある。
玉座の少し下に、摂政がいた。前に、書き物の台はない。手ぶらのままだった。
家臣のいちばん上は、式部卿ブル公爵である。その下に外務卿ラーゼン侯。さらに下に、内務卿アメルン伯と軍務卿レーベン伯、大将軍プレッセン伯が続いた。
衣の色は、家ごとに違う。違いながら、置きどころは決まりのままだった。
近衛の隊長と、海兵部の長は、列のわきに立つ。立つ者と着く者の分は、かねて定まっていた。
上つ方の家々が、あとを埋めていた。埋まる早さは、下のほうが早い。埋まっても、列の際は崩れない。
上の列は、着くのが遅い。遅く来て、迷わない。
わきに、下役の小さな台が寄せてある。筆を持つ手が、そこに控えていた。面は、まだ白い。
出入り口のところに、椅子が一つ、据えてあった。
列の中に、席はない。役が済めば、そのまま退がれる位置だった。置かれた高さは、床のままである。
そこへ着いた。場の全部が、ひと目に入る高さだった。上の顔も、下の顔も、こちらへは向かない。
人の出入りが、やんだ。
はじめに立ったのは、プレッセン伯だった。
「衛兵の指揮の儀、かさねて申し入れる」
「戦のときに、協議を経て、認めを待つ。間に合いませぬ」
「常から兵として立たぬ者は、事の日に、兵にはなりませぬ」
「常より陸の治安は我らが受け持ち、衛兵の指揮はひとつに束ねまする」
「お決めいただきたい」
言葉が短い。言い足しがない。終いの一言まで、間を持たせない。述べに来たのではなかった。決めさせに来ている。
押しの強さは、声の高さに出ない。低いままで、押していた。
理は、どちらの言い立てにも通っていた。通っているから、押せる。軽んじて聞く顔は、どこにもない。
求める儀は、今日はじめて出たものではない。断りと求めのあいだで、長く動かずに来ていた。押し返しは、今日はまだ出ていない。
求める先は、内務省の受け持ちである。受け持ちごと寄こせ、という求めだった。
受ける側の内務卿は、まだ立たない。立たないままで、聞いていた。
やがて、受けた。
「内務と軍務、共同にて案を立ててございます」
軍務卿が続く。
「両省、申し合わせのうえにございます」
抱えの者が、写しを配って回った。開く手が、上から下へ続いていく。回り終えるまで、誰も声を出さない。音は、頁の擦れだけになる。
摂政が、下へ目を向けた。
「案の主より、聞く」
呼ぶ声が、出入り口のほうへ下りた。
「妃殿下。これへ」
立って、進み出た。歩む先は、遠くない。家臣の列の前で止まり、上へ向き直る。足の運びに、急ぎは入れない。
述べる中身は、前の夜までに立ててある。立てた頭から、口へ移すだけだった。言う順も、組んだときのままである。
「人が三千と、それを養うだけの土地が要ります」
「人を雇い入れるのではなく、土地のほうで養います」
「王家の農地を与えて、そのぶんの税を免じます」
「給金は出さず、暮らしは与えた土地で立ててもらいます」
ひとこと言うごとに、短く切った。切った先で、書き取る手が動く。声は、後ろの列まで届く高さにした。
読み上げではない。手もとに、読むものを持たない。手の起きるのを待って、次へ移った。
ブル公爵は、聞く構えにない。目は、手もとに落ちたきりである。
プレッセン伯は、動かない。
どちらにも寄らずにいた家々のうちに、小さく動くものが出た。まだ、向きにはならない。
近衛の隊長は、何も動かさずにいる。
摂政は、何も言わずにいた。
続きを出した。
「常のときは、三千を置いたままにはいたしません」
「一年ずつ順に、土地を離れて訓練へ出します」
「残りの者は、土地を耕しております」
「常に動かせるのは、千五百になります」
「事が起きたときは、三千とも呼び出せるようにいたします」
聞く側のうちに、頭の動く者があった。動きは、そこで止まらずにいた。起きた動きは、下の列に多い。
「いざのときに出る人が、先に立ちます。衛兵をお借りする先が、減ります」
「協議の数も、減ります」
「常の日の見回りは、いたしません。町の内は、これまでのままです」
言い終えて、口を結んだ。あとへ足すものを、持たない。問いの来るまで、そのままでいた。
アメルン伯が、口をひらいた。
「免じた分は、どれだけ減りましょうか」
「減りは、年を追って出ます。割りは立てて、綴じにしてございます」
数の立て方までは、問い返しが来ない。
レーベン伯が続いた。
「編みは、いかように立てられますか」
「村ごとの組にいたします。千五百ずつ、一年ごとに替わります」
プレッセン伯が、こちらへ向いた。
「呼び出しは、幾日で立ちましょうや」
「村ごとに、まとめて出させます。割りは、日ごろから振ってあります」
「三千で、足りるとお考えか」
「双方の言い立てから、要るだけを数えました」
書き取る手が、そのたびに起きて、止んだ。
問いは短い。答えは、それに合わせて短く出した。間を置く者は、いない。
訊かれるものは、前の日に立てた項のとおりに来る。来たものへ、立てた中身を返す。当たりは、当たりのまま積まれていく。立てられなかった一項の先からは、何も来ない。
配られたものの上を、目が往き来していた。留まる先は、頁ごとに違っていた。
場の動きは、答えるたびに広がっていく。広がる先は、前とは別のところだった。広がりの止む先は、まだ知れない。
上から、声が下りた。ブル公爵である。
「式部のほうに、かかるものはございますか」
「ございません」
「心得ました」
それきり、目は手もとへ戻った。案の中身には、触れずに終わった。
どちらにも寄らずにいた家々が、動いた。はじめは、数えるほどだった。
一人が向きを変える。離れたところで、また一人が変わる。申し合わせた動きではない。
ばらばらに来て、着く先だけが重なっていく。向き終えた者は、もう動かない。
早い者があり、遅い者がある。着く先は、変わらない。
向きの変わる音は、出ない。動きだけが、先へ渡っていった。
上の列は動かない。動くのは、その下からだった。
ラーゼン侯が、短く添えた。
「どこの取り分も、減りませぬな」
そのあとへ、重ねる声は出ない。
案の吟味は、出尽くしていた。手続きの残る先は、一つきりである。
異を挟む声は、出ていなかった。出ていないことを、確かめる運びが残る。
摂政の声が、出た。
「陸兵部に問う。異存の有無を、聞かせよ」
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