第23話 口実を叶えられ、反対できなくなった
まだ、何も、来ていない。
来ていないのは、陸兵部の言葉である。
ほかの先は、向きを見せていた。受けると言う省があり、否を出さずにいる省があった。向きの出た先は、そこで出切っていた。
そこだけが、黙りつづけている。黙りの中身は、下へ渡ってこない。
出る見込みなら、立てられる。言い分は、前にいちど、聞かせられていた。
立つのは見込みまでで、声が付かない。付かないまま、日だけが送られた。
急かす道は、組まずに来た。急いて出る筋が、もとよりない。
灯は、手もとの高さで足りていた。上げるまでの用は、出なかった。更ける前の用は、もう残していない。
下で、戸の閉まる音がした。いつもより、早い刻限だった。
上がってくる運びに、迷う間がない。夫だった。供の者は、外に留まった。
立ったなりで、動かない。長くいる入り方を、していない。
「御前会議が、開かれる」
「そなたも、呼ばれている」
声の低さは、用向きの低さだった。高さも、間も、ふだんの位置から動かない。
「呼び出しの主は、内務省と軍務省だ」
「両省から、提案の主を呼べと言ってきた」
「提案の主だから、呼ばれる。訳は、それきりだ」
用件に、訳が付いてきた。訳が付くのは、これがはじめてだった。聞いた訳は、聞いたなりに置いた。
「刻限と細かな顔ぶれは、追って下りる」
「承りました。伺います」
受けたあとへ、足す言葉はたがいに出さない。それで足りるだけの、用件だった。
夫は、来たときの運びのままで戸口を出た。下りていく運びの遠ざかりも、早かった。
灯を、落とした。用は、明けてからのほうへ足された。
*
先触れは、朝のいちばんに届いた。
内務省から子爵と省の者たち、軍務省からもふたり、刻を置かずに参るという。
下りた先の応接の間で、子爵が先へ着いていた。館へは、これが五たびめの上がりになる。
折る身の深さに、前とのずれがない。上げ方にも、余りがなかった。
「妃殿下。会議の分で、上がりました」
「出そうなものを、立てにあがりました」
「ご苦労。始めましょう」
後ろの者たちが、抱えたものを下ろしていく。内の側は厚く、軍の側は薄かった。厚いほうは、手を待たずにひらいていく。薄いほうは、待って、ひらいた。
どちらの礼にも、欠けが出ない。違いは、厚みと、答えの細かさにだけ出ていた。
名は、どの顔にも付いてこない。付けて呼ぶ先を、こちらも持たなかった。顔ぶれは、名のない厚みのままで動いた。
薄い側のひとりが、前へ出た。
「お求めの数が、下りました」
「これで、欠けなく全てでございます」
差し出された綴じを、受けた。土地の割りと、免税の目減りと、編みの立て方が、欄ごとに書き入れてある。
編みの先を向ければ、向けた分の返りだけが来る。余りは、付いて来ない。
中の数字までは、目を入れずに置く。今日の用は、そこと重ならない。
「検めは、のちほどにします」
「では、顔ぶれから参ります」
場を、上へ移した。応接の間は、それきりにした。
「出るのは、各省の長と、軍のふたつの部」
「近衛の隊と、上つ方の家々です」
出る顔の分だけ、項を立てた。立てた項へ、向こうから出そうなものを書き入れていく。
どれも、まだ声にはなっていない。出るとすれば、会議の場でのことになる。
「はじめは、あなたの省のことです」
「内務省は、お支えに回ります」
「崩す先は、うちからは出ません」
「出るとしても、進みの先を伺うくらいです」
項が、はやばやと埋まった。埋まりの速さに、手間の色がない。
「軍のほうは、どうです」
薄いほうが、代わりに継いだ。
「否の声は、ひとつも出ていません」
「うちも、通してよいと見ております」
「出るなら、編みの細かい先かと」
数の届いた省である。出るものも、届いたものの内を出ない。
外務省は、項が薄いなりで立った。損の出る先が、あちらにない。損がなければ、立てる腹の出る先もない。薄いなりに、入るものは入っている。空きとは、違う。
「式部のほうは」
「公爵家は、お関わりになりません」
「量りに、載せておいでではないのです」
「関わる格の話とは、見ておいでになりません」
外務の側の関わらなさとは、色が違う。あちらは量って外し、こちらは量りに載せてもいない。
違いのほうは書かず、返す先の言葉だけを立てた。
海兵部の持ち場は、陸の外にある。持ち場の外の話へは、出てくる口がなかった。
「陸兵部は」
「今も、無言のままにございます」
見込みの項は、立ててある。立てた中身に、向こうの声だけが付かずにいた。
潰す先は、順に減っていく。減った先に、加えるものが出ない。
残る顔ぶれは、近衛の隊だった。出る側である以上、項は立てる。立てずに済ませる道が、ない。
立てた項に、入れるものが来ない。
近衛の隊は、軍のふたつの部の、どちらにも属さない。指図の筋は、王おひとりへ立っていた。
式部省は、目を配る。配るまでで、動かす手を持たない。
衛兵をめぐる引きあいからも、外れた場所にいた。どちらへ寄っても、得るものが出ない。得るものがなければ、動く元も立ちようがない。利のない場所は、読みの届かない場所でもあった。
「近衛は、どう出てきます」
「手前には、とても量れません」
「どなたにも、量れないものかと」
「手前どもにも、量りかねます」
項は、立ったままでいる。入るものが、どこからも来なかった。
そこで、手が止まった。量る物差しのほうが、もとから欠けていた。止まりの先は、埋めようがない。
昼までに、人は退いていった。卓の上には、立てた項と、書き入れたものが載っていた。
潰す分は、潰し終えていた。出そうな先へは、返すものが立ててある。
付かないのは、あの一項きりである。誰にも量れないものが、そこだけ空いて残る。
通して見たのは、これがはじめてだった。ひとところに出して、はじめて、全体が見えている。
見えたものの出どころは、混ざりあっていた。見てきたもの、聞かされたもの、当たった先。それは、外から来た。来た順は、たどれる。たどれても、混ざりはほどけなかった。
要るから、要るようにする。結んだ結び目は、この手のものである。
土地と、目減りと、編み方。それは、けさ渡された。
結んだ手は、消えない。ほかに、結ぶ手はない。
ただ、境が引けない。どこで外が終わり、どこから手の内がはじまるのか。
引く先を探しても、境の色は出ない。三つの筋は、解けないままに縒り合わさっていた。
見えることと、持てることは、重ならない。出来上がった、という手応えは来ない。全体は見えて、手応えのほうが留守だった。
潰し終えた分と、埋まらない一項が、手の内にある。どちらも、確かにここにあった。
どこまでが、自分のものなのか。その境だけが、知れないままにある。
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