第21話 案は通った。動けない理由は揃わなかった
まだ暗いうちから雪が降っていた。
明るくなってからも、雪はやまなかった。地に着くさきから溶けて、落ちたぶんだけ地面の色に戻っていく。
落ちる量は、朝から変わらない。増えることも減ることもなく、落ちては、落ちたそばから失せていく。
積もる気のない降り方だった。見ているあいだに、白さが増えていくこともない。
灯を落とす刻限が、いつもより後ろへずれた。昼になっても、それくらいの暗さが外に居座っている。
東の間で、それを見ていた。今日は、こちらから出向く先も、こちらへ呼んである相手もない。置いてある用は、待つことのひとつきりでいい。
待っているものが、ふたつあった。内務省からの返しと、兵の側からの返しである。どちらが先に来るかの当ては、立てていない。
どちらも、まだ来ていない。来る早い遅いは、向こうの側だけが持っている。
催促の道のほうは、はじめから組んでいない。急がせて早まる筋のものではなかった。放っておいて痩せる筋のものでもなかった。
手元には、書面のたぐいを何も広げていない。下りてくるものを、下りてくる順のままに受けるだけだった。
朝のうちに、式部省の書きつけが下りた。いつもの刻限に、女官長が持って上がってきた。
「妃殿下。本日の分と、季の割りでございます」
書式は、前と変わっていない。違っているのは、載っている家の並びのほうだった。
もう一枚の季のほうは、贈答の割り付けである。家の順と、品と、折とが、それぞれの欄で幅を持たずに分けてあった。
品には、先の折から替えられたものが並ぶ。どの家も、書かれたとおりにそれへ従っている。家々は、並びの内に納まったままである。
返しの重さも、それに付いて上へ下へと動いていく。決め手はいつも、書きつけの側にあった。
「先の弔いの、お返しはどうなります」
「この折に、載っております」
訊いた分は、そのとおりに返ってきた。書いてある先までは、迷いがない。書いていない先へは、踏み込んでこない。
「ここだけ、いつから動かないのですか」
「昔から、そのようになっております」
問いを止める言い方とは、違った。知らないことを、知らないままに置いておく言い方である。
並びのほうは、家の浮き沈みに合わせて入れ替わる。上の家が下へ、下の家が上へ、年ごとに動いていた。
そのなかで、ブル公爵の家だけが、去年と同じところに載っていた。上へも下へも、動いた跡がない。
順を組む手がこの先の誰に替わっても、そこだけは動かない。並びのほうが、そう言っていた。
その動かない一列は、夫の上にも載っている。
女官長は、来たときと変わらない足取りで下がっていった。あとには、ふた組の割りが置かれている。
昼を少し過ぎたころに、先触れが上がってきた。内務省の者が、これから上がるという。日を置かず、の言葉のとおりの早さである。
通す先は、前から決めてあった。応接の間である。今日決めることは、前に済ませたままで足りる。
東の間を出て、下りた。
*
シュタール子爵は、立って待っていた。通されてくる側のほうが、先に着いている。上がってくるのは、これで四たびめになる。
身の折り方は、前と同じ深さだった。頭の下げ方も、上げ方も、要る分きりの動きだった。
外套の裾には、外の濡れがのぞいている。上がってくるあいだに、受けてきた分だった。
供は、その控えの者ひとりきりである。荷らしい荷も、提げてきていない。
隅に立ったまま、口を利かない役だった。入るときからそこに居て、居ることを覚えさせない立ち方をしている。目の先も、動かない。
「妃殿下。日を置かず、と申しました分です」
「聞かせてください」
「お尋ねの分は、すべて頭に入れて参りました」
「順に、申します」
子爵は、手元に書面を開かない。頭に入れてきたものだけで、話が先へ先へと進んでいく。
訊けば、返ってくる。間は、空かない。待たせるということを、しない。
前の二度は、話の途中で口の止まる場所があった。今日は、それが来ない。止まりかけの間さえ、挟まらない。
「まず、あなたの省から」
「内務省は、この案に乗ると決めております」
「その理由を、訊いても」
「理由は、二つございます」
「衛兵の指揮は、これまでと動きません」
「もうひとつは」
「所管の治安が、目に見えて上がります」
「上がった分は、そのままうちの功に付きます」
恩を着せる言い方を、ひと言も交ぜなかった。利の話を、利の言い方のままでしている。
「乗らない理由が、うちのどこにもありません」
「恩の筋では、ありません。利の筋です」
隠す色がない。訊いた分だけ言葉が出て、余りも足りも出なかった。出し方に、飾りもない。
「軍務省は、どう言っているのです」
「否は、どこからも出ておりません」
「続けて」
「悪い話ではない、と聞こえております」
「軍務卿閣下のご意向である、と伺いました」
「ただ、数はまだいただいておりません」
意向までは、訊いていない。よその省の分を、自分の省の分と変わらない持ち方で携えていた。
そこで、その話は終わった。子爵が足さず、こちらが継ぐより先に、次が来た。
「外務省は、どうです」
「使いも書面も、何も来ておりません」
「腹を立てる筋が、向こうにありません」
「では、陸兵部は」
「何も、言ってきておりません」
何も来ていない、という返りがふたつ並んだ。並べたあとにも、子爵はそこに何も足さない。
「手前どもから申せるのは、以上です」
言い惜しんだ色は、しまいまで見えなかった。預かってきた分の外へは、出てこない。出し終えた者の、区切りのつけ方だった。
窓の外が、いつのまにか明るくなっていた。明るさのぶんだけ、部屋の内も白い。
雪が、消えていた。
子爵は、来たときと変わらない低さで身を折って、出ていった。
控えの者が下がった。応接の間に、誰もいなくなった。
返ってきたものを、ひとつずつ並べ直した。並べ直しは、四つを順に置くだけの手間。
案はひとつで、先は四つあった。返りの形が、四つとも別である。
乗ると言った先が、ひとつ。否を出さない先が、ひとつ。何も言わないままの先が、ふたつ。
向きは、四つとも重ならない。行き着いたところだけが、ひとつも違わなかった。
誰も、動いていない。止めに出た手が、どこにもなかった。出しかけて引いた手も、見えてこない。
潰れる見込みだけが、どこにも見当たらない。探しに出る先も、もうない。
案件はこの先、内務省の所管のなかで進んでいく。こちらの手の内の案では、もうなくなっていた。
膝の上で、掌をひらいたままにした。今日、決めたものはひとつもない。それを、そのまま仕舞った。
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