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政略結婚した令嬢ですが、夫が優秀な凡人なので世界の裏側は私が回します  作者: モモ
第1部 第2章

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第21話 案は通った。動けない理由は揃わなかった

 まだ暗いうちから雪が降っていた。


 明るくなってからも、雪はやまなかった。地に着くさきから溶けて、落ちたぶんだけ地面の色に戻っていく。


 落ちる量は、朝から変わらない。増えることも減ることもなく、落ちては、落ちたそばから失せていく。


 積もる気のない降り方だった。見ているあいだに、白さが増えていくこともない。


 灯を落とす刻限が、いつもより後ろへずれた。昼になっても、それくらいの暗さが外に居座っている。


 東の間で、それを見ていた。今日は、こちらから出向く先も、こちらへ呼んである相手もない。置いてある用は、待つことのひとつきりでいい。


 待っているものが、ふたつあった。内務省からの返しと、兵の側からの返しである。どちらが先に来るかの当ては、立てていない。


 どちらも、まだ来ていない。来る早い遅いは、向こうの側だけが持っている。


 催促の道のほうは、はじめから組んでいない。急がせて早まる筋のものではなかった。放っておいて痩せる筋のものでもなかった。


 手元には、書面のたぐいを何も広げていない。下りてくるものを、下りてくる順のままに受けるだけだった。


 朝のうちに、式部省の書きつけが下りた。いつもの刻限に、女官長が持って上がってきた。


「妃殿下。本日の分と、季の割りでございます」


 書式は、前と変わっていない。違っているのは、載っている家の並びのほうだった。


 もう一枚の季のほうは、贈答の割り付けである。家の順と、品と、折とが、それぞれの欄で幅を持たずに分けてあった。


 品には、先の折から替えられたものが並ぶ。どの家も、書かれたとおりにそれへ従っている。家々は、並びの内に納まったままである。


 返しの重さも、それに付いて上へ下へと動いていく。決め手はいつも、書きつけの側にあった。


「先の弔いの、お返しはどうなります」


「この折に、載っております」


 訊いた分は、そのとおりに返ってきた。書いてある先までは、迷いがない。書いていない先へは、踏み込んでこない。


「ここだけ、いつから動かないのですか」


「昔から、そのようになっております」


 問いを止める言い方とは、違った。知らないことを、知らないままに置いておく言い方である。


 並びのほうは、家の浮き沈みに合わせて入れ替わる。上の家が下へ、下の家が上へ、年ごとに動いていた。


 そのなかで、ブル公爵の家だけが、去年と同じところに載っていた。上へも下へも、動いた跡がない。


 順を組む手がこの先の誰に替わっても、そこだけは動かない。並びのほうが、そう言っていた。


 その動かない一列は、夫の上にも載っている。


 女官長は、来たときと変わらない足取りで下がっていった。あとには、ふた組の割りが置かれている。


 昼を少し過ぎたころに、先触れが上がってきた。内務省の者が、これから上がるという。日を置かず、の言葉のとおりの早さである。


 通す先は、前から決めてあった。応接の間である。今日決めることは、前に済ませたままで足りる。


 東の間を出て、下りた。


 *


 シュタール子爵は、立って待っていた。通されてくる側のほうが、先に着いている。上がってくるのは、これで四たびめになる。


 身の折り方は、前と同じ深さだった。頭の下げ方も、上げ方も、要る分きりの動きだった。


 外套の裾には、外の濡れがのぞいている。上がってくるあいだに、受けてきた分だった。


 供は、その控えの者ひとりきりである。荷らしい荷も、提げてきていない。


 隅に立ったまま、口を利かない役だった。入るときからそこに居て、居ることを覚えさせない立ち方をしている。目の先も、動かない。


「妃殿下。日を置かず、と申しました分です」


「聞かせてください」


「お尋ねの分は、すべて頭に入れて参りました」


「順に、申します」


 子爵は、手元に書面を開かない。頭に入れてきたものだけで、話が先へ先へと進んでいく。


 訊けば、返ってくる。間は、空かない。待たせるということを、しない。


 前の二度は、話の途中で口の止まる場所があった。今日は、それが来ない。止まりかけの間さえ、挟まらない。


「まず、あなたの省から」


「内務省は、この案に乗ると決めております」


「その理由を、訊いても」


「理由は、二つございます」


「衛兵の指揮は、これまでと動きません」


「もうひとつは」


「所管の治安が、目に見えて上がります」


「上がった分は、そのままうちの功に付きます」


 恩を着せる言い方を、ひと言も交ぜなかった。利の話を、利の言い方のままでしている。


「乗らない理由が、うちのどこにもありません」


「恩の筋では、ありません。利の筋です」


 隠す色がない。訊いた分だけ言葉が出て、余りも足りも出なかった。出し方に、飾りもない。


「軍務省は、どう言っているのです」


「否は、どこからも出ておりません」


「続けて」


「悪い話ではない、と聞こえております」


「軍務卿閣下のご意向である、と伺いました」


「ただ、数はまだいただいておりません」


 意向までは、訊いていない。よその省の分を、自分の省の分と変わらない持ち方で携えていた。


 そこで、その話は終わった。子爵が足さず、こちらが継ぐより先に、次が来た。


「外務省は、どうです」


「使いも書面も、何も来ておりません」


「腹を立てる筋が、向こうにありません」


「では、陸兵部は」


「何も、言ってきておりません」


 何も来ていない、という返りがふたつ並んだ。並べたあとにも、子爵はそこに何も足さない。


「手前どもから申せるのは、以上です」


 言い惜しんだ色は、しまいまで見えなかった。預かってきた分の外へは、出てこない。出し終えた者の、区切りのつけ方だった。


 窓の外が、いつのまにか明るくなっていた。明るさのぶんだけ、部屋の内も白い。


 雪が、消えていた。


 子爵は、来たときと変わらない低さで身を折って、出ていった。


 控えの者が下がった。応接の間に、誰もいなくなった。


 返ってきたものを、ひとつずつ並べ直した。並べ直しは、四つを順に置くだけの手間。


 案はひとつで、先は四つあった。返りの形が、四つとも別である。


 乗ると言った先が、ひとつ。否を出さない先が、ひとつ。何も言わないままの先が、ふたつ。


 向きは、四つとも重ならない。行き着いたところだけが、ひとつも違わなかった。


 誰も、動いていない。止めに出た手が、どこにもなかった。出しかけて引いた手も、見えてこない。


 潰れる見込みだけが、どこにも見当たらない。探しに出る先も、もうない。


 案件はこの先、内務省の所管のなかで進んでいく。こちらの手の内の案では、もうなくなっていた。


 膝の上で、掌をひらいたままにした。今日、決めたものはひとつもない。それを、そのまま仕舞った。



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