第19話 訊くより先に、席は埋まっていた
先に手をつけたのは自分の分だった。
どちらの返りも、まだなかった。
東の間に日が高い。入れ替えのうち、妃付きの側だけを先に組み直していた。賄いと、燭と、洗い物。どれも割りが別で、まとめては下りてこない。月ごとに動かす量は、こちらの手で決まる。
去年の割りは、けさ出させてあった。控えは、前のものをそのまま裏返して使った。書き入れる筆は自分で執った。控えの端へ前の量を並べて書き、その下へこたびの分を入れていく。縦に置かなければ、動いた先は目に立たない。
書き入れる欄は三つきりだった。ほかに立てる欄はない。妃付きの側で動かせるものは、それより多くない。
膳のほうは動かない。入る者に変わりがないので、前のままでよい。
洗い物は、寒くなれば折が減った。減り方は先の入れ替えでも見ている。外へ出す分が落ちて、内で乾かす分も増えない。合わせた量は前より下だった。
増やす先は一つきりだった。燭である。日の短くなるぶんだけ、要る量が上がる。
どれだけ上げるかを出そうとして、出せなかった。
燭は側でひとまとめに割ってあった。こちらの取り分は、そのなかから抜いてある分でしかない。なかがどう割れているかを知らずに、抜く量だけは動かせない。
館じゅうがどう置かれているかは、まだ見ていない。妃付きの分だけなら、下りてきた割りを読めば足りる。足りなくなったのが、今日である。
書きかけの控えを抱えて、下へ降りた。
廊を折れるたび、下からの物音が近くなった。昼の最中だった。階下では人が絶えず動いていた。荷が入り、抜け、また入る。上へ抜ける者はない。戸の開け閉ては絶えない。
奥向きの間に、ドロテアがいた。膝の上で綴じの端を繰っている。
「館じゅうの割り当てを、見せてちょうだい」
「式部省から下りた写しでしたら、こちらに」
「妃殿下のお手元へ、お持ちいたしましょうか」
「ここで見るわ」
膝の綴じを下ろし、別の一綴じを寄越した。
部屋割りだった。表には何の題も付いていない。隅には、下ろした折の日だけがある。綴じ目は堅く、押さえていなければ閉じてしまう。開くと、棟の別と、間の並びと、配当の別とが、行ごとに下りていた。人の役は、どの欄にも立っていない。
「入れ替えの分は、もう入っているの」
「済んでから、こちらへ回ります」
「では、いまのままね」
「いまのぶんが、そのまま続きます」
北の側から順に読んだ。どの間も、出どころは館じゅうの側だった。境に線は引いていない。
側の並びは、北から回って西、東、南となっていた。どの側も上から下へ落ちていく。間の並びには番が振ってあり、端から順で、途中で飛んでいない。振り直した跡もない。
膳の行は、どの側でも館じゅうの側から出ていた。燭と洗い物だけは、途中で分かれていく。分かれ目は側ごとに違い、上で切れるところもあれば、下まで一続きのところもあった。
欄をたどると、出どころは何度も切り替わった。同じ側のうちでも、上と下とで別になる。それでも書きようは端まで揃っていた。頁は片側だけに書いてあって、裏は白かった。造りに迷うところはない。
行の間に注はない。書き足した跡もない。
人の出入りを書く欄は、どの側にもない。誰がいつ入って、いつ出たかは、この書に残らない。
書いた者は、人を見ていない。どこへ何が要るかしか見ていない。要る先が変われば行が増え、なくなれば欄が空く。それより上のことは、一つも書き加えていない。
西の側は、使っていない間が続いた。行だけがあって、欄は空だった。使わなくなった年を入れてある行もある。何も添えていない行もあった。
東の側へ来た。上の三間までが妃付きだった。その下は館じゅうの側から出ていた。欄の書きようが、そこで一つ入れ替わっているきりである。
「東の燭は、上の三間までなのね」
「上の三間まででございます」
「その下は」
「館じゅうの側から出ております」
「洗い物は」
「そちらは分けてございません」
「洗い物の分は、こちらで動かしてよいのね」
「妃殿下の割りのうちでしたら」
南の側は、切れ目のないまま下まで続いた。出どころも端まで一つだった。
側の項は、そこで尽きた。
あとに続いたのは、側に入らない行である。東の棟が、一行にまとめてあった。住まう者が一人あって、エディトとあった。出どころは館じゅうの側になる。
その次の行で、形が変わった。
棟の別も、間の並びも入らない。一画がそのまま一行に収まっていた。代わりに職の名が一つ入れてある。殿下付きの侍従武官である。ほかのどの行にも、職の名は立っていない。
欄には、こちらの配当ではない旨だけがあった。人の入りは、一行も添えていない。下は空のまま、続きを示す印もない。
「ここは、こちらから出していないのね」
「そう書かれております」
「賄いも、燭も」
「いずれも、こちらの割りの外になります」
「入っておいでなのは、どなた」
「エミリア・レーベンさま」
名だけが返った。
「では、その分はどこから出るの」
「その先は、書に出てまいりません」
そのあとに、行は続かなかった。
東の側まで戻るあいだに、行を幾つか越えた。越えた行には、並びが欠けていない。
東の割りを、もう一度読んだ。上の三間の分は、館じゅうの側から抜いて立ててあった。抜いた残りが下へ回っている。こちらで増やせば、下の回りが細る。
細らせる先を探した。下の間を使うのは館の者で、朝の早い者が多い。早いほうから削れば、暗いうちに立つ者の手元が落ちる。そこは削れなかった。
削らずに済む道は、洗い物のほうにあった。外へ出す折が落ちるぶん、そちらの割りは余る。余った量を燭へ移せば、館じゅうの側は動かさずに済んだ。
燭の要る量は、日の落ちる早さに合わせて段で上げてあった。上げ幅は月ごとに違う。はじめの月は軽く、次からが重い。重いところへ余りを当て、軽いところは前のままにした。
二つの欄で足し引きを合わせた。合わせ終えるまでに、間はかからない。余りの出た欄には、印を一つ入れておいた。合ったのは妃付きの取り分のなかだけである。館じゅうの割りには、一本も掛からない。
はじめから読み直した。移した先を二度たどっても、余りは出ない。引いた側にも、足りなくなるところはない。
書き入れる先を確かめてから、二つの行を控えへ取った。控えを閉じて、部屋割りを返した。
「入れ替えの分が下りましたら、妃殿下へお持ちいたします」
「そうして」
奥向きを出た。
板を踏む音が、どこかでしていた。近くなり、間が空き、また別のほうから起こる。上とも下ともつかない。しばらく鳴って、やんだ。
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