第18話 味方ができた。頼んではいない
三日たっても先に出したほうからは何も届かなかった。
二つとも、あの日のうちに渡っている。届けた者が戻って、そのように述べた。覚えたとおりに口へ出し、出し終えて下がったという。受けたのが誰であったかまでは、聞いていない。
兵の側からは、それきり何も来ない。催促の道は組んでいなかった。組んでいないので、待つほかにない。
東の間の戸は、朝から閉てずにある。戸の外を人が通るたび、抱えているものが違う。冬に入る前の入れ替えは、まだ半ばだった。
下の階で戸が二度鳴った。荷が入り、間を置いて出ていく。表のほうでは車輪が石を踏み、じきに遠くなった。上まで上がるものは、どれもない。用のある者は下で止まり、下で済ませて帰っていく。
返りは、後に出したほうから来た。
人が上がってくるという先触れが、朝のうちに入った。内務省の者だという。金の要るほうを受け持っているのが、そこだった。
役所の名を聞くのは、これが初めてだった。こちらが出したさきが、どこであったのかを、いま知った。
あちらは名乗って寄越し、こちらは名も知らずに出していた。順が逆だった。逆でも、届くところへは届いている。
この日の書きつけは、いつもどおり下りていた。来る家と、入れる部屋とが書いてある。日ごとに入れ替わるのは並びのほうで、書式そのものは動かない。
書きつけは、来る者を家で括っていた。役所は家ではない。括る欄が、どこにも切ってない。政の用を持ってくる者は、この書式のどこにもあたらない。
どちらの部屋へ入れるのか。茶を出すのか出さぬのか。立って受けるのか、そのままでよいのか。控えを置くのかどうか。
どれも書いていない。
これを組んだ者は、館にいない。訊く先も、ここにはない。
端から端まで見て、載っていないことだけを確かめた。書式のほうを直しても、無いものは湧かない。直す手も、館のうちにはない。
欠けているとは言えない。政の用で人が上がってくることが、はじめから見込まれていない。
決めてよいかどうかを、誰にも訊けない。訊く相手のほうも、あの一枚の外にいた。
応接の間へ通すことにした。決めたのは、その一つだけである。
伝えに出た者の足が、先の角で二つに割れた。片方は下の階へ降り、片方は北の側へ回っていった。
間を置いて、下の行き来が増えた。上がってくる者はない。誰かが誰かへ渡し、渡された者がまた次へ渡している。支度の順は、誰も読み上げない。それでも下のほうから順に動いていった。どれを先にするかを、こちらへ確かめには来ない。
言ったあとで、間に合わないことが知れた。先触れの見込んだ刻限より、相手のほうが早く着いていた。
館の者が走った。炉に火が入る。席の据えが直されていく。火の回るには間があり、間に合うものだけが、間に合った。戸口の内側で人が二人すれ違い、そこで詰まる。
動いたのは館の側だった。こちらの手は、何もしていない。
東の間を出た。下へ降りるあいだも、廊の物音は止まない。
*
応接の間の戸口を入ると、男はすでに来ていた。
シュタール子爵である。顔を合わせるのは、これで三度になる。
返しだけなら、人をよこせば済んだはずだった。
「先だっての口上の件で、参りました」
「早いのね」
「王家の土地の余りを、ひととおり当たりました」
席を示すと、言い終わらぬうちに腰を落ち着けた。実務の側から来た者の座り方である。
「いま使われずにいる分が、幾らか出てまいります」
「そこへ人を入れて、暮らしが立つといたしまして」
「三千二百ほどかと存じます」
言い方は平らだった。誇るところも、勿体をつけるところもない。出てきた見込みを、そのまま置いただけである。
「その見込みは、どこまで固いの」
「控えのある分だけで当たりました」
「実地を踏めば、幾らかは動きます」
「それより上は、当てられる土地がございません」
「王家の分では、そこまでかと」
返ってきた数を、手元の見当へ当てた。
足りる。足りたところで、その上へ乗るものはない。
上へ乗せられる余りは、出てこない。出てこないのは、当たりが浅いせいではない。当たり尽くして、それでも残らないのである。
困らなかった。要るだけは埋まった。もともと、余らせるために出したものではない。埋まったところが縁になっているというだけのことで、言い立てる筋合いもない。
「妃殿下のお見込みでは、幾らになりましょうか」
「三千」
数だけを渡した。添えるものはない。足りるとも、足りぬとも言わずにおいた。
男は、すぐには次を継がなかった。指が卓の縁で止まり、それから離れた。
「では、免じた分の目減りを出してみます」
「はじめのうちは軽く、先へ行くほど重くなります」
「あてる土地の並びも、こちらで作ります」
「まとまって空いているほうから、村ごとに」
「遠いところは、後ろへ回します」
「土地の代を継ぐときの扱いも、あわせて当たっておきます」
訊く項目が増えていく。持って帰るものが、話しているあいだに嵩を増していく。初めに来たときの用は、とうに済んでいる。
こちらから持ち出したものは何もない。問われたぶんだけ答えていたにすぎない。
「同じような話は、前にもございました」
「軍務省と、内々に」
「王都の治安のことで、常備の部隊を置く案です」
「二個大隊までは、養う分ごと通っております」
「その先が、金のところで止まりました」
「これより多くは、養う分が出ません」
兵のほうへ出したさきも、そこで知れた。止まった、とは言わない。止まっている、と言う。
「その案は、いまどうなっているの」
「止まったところに、そのまま置いてございます」
「取り下げてはおりません」
「あれは給金の要る形でしたので」
「こたびは、そこが要りません」
「ですから、当たってみたのです」
内々の話だった。こちらから求めてはいない。
先に立ち止まった者が、いた。いまもそこにいる。抜ける道は、まだ誰も持っていない。途中で止めた形のまま、そこに置かれている。幾年になるのかは、聞いていない。
それを、いま渡された。渡されたぶんだけ、こちらの手には持ち物が増える。
「人を呼び集める段取りのほうは——」
「いえ。そちらは私の口では」
王宮で一度、同じ止まり方を見ている。あのときとは、止まる先が違った。
兵の側のことは、この部屋では出てこない。出せる者が、ここにいない。
こちらからは、それ以上を追わずにおいた。
「細かいところは、持ち帰ります」
「私の一存では決まりません」
「日を置かずに、あらためて申し上げます」
「そうして」
この男は、戻ればこれを進める。そこまでは読めた。その先の部屋で誰が何を言うのかは、ここからでは見えない。
子爵は座を立ち、入るときと変わらぬ辞儀をひとつ残し、そのまま出た。出ていく足のほうが速い。
控えの者が下がり、あとには誰も残らなかった。
待つものが、二つになった。




