第17話 問われない先まで、きちんと測った
その夜は手に何も持たずに寝所へ入っていた。
灯はすでに落としてある。外に風はない。表の道を行く者もない。館のうちで動くものは、もうなかった。
夫は先に横になっていた。上着を置く気配は、少し前にやんだ。
昼のあいだに組んだものは、まだどこへも書き留めていなかった。書くものは手元にない。だから、口で言うほかなかった。
「火のほうを収める道筋が、ようやく立ちました」
返る言葉は遅い。返事の長い人ではない。
「何に、幾ら要るのか」
低く、短い問いだった。眠ってはいない。
「人が三千と、それを養うだけの土地が要ります」
「その三千は、どうやって出した」
「双方の言い分を並べて、要るだけの人を数えました」
「では、どう与える」
「人を雇い入れるのではなく、土地のほうで養います」
「土地」
夫が同じ語を返した。確かめるときの言い方である。
「王家の農地を与えて、そのぶんの税を免じます」
「給金はどうする」
「給金は出さず、暮らしは与えた土地で立ててもらいます」
「三千を、常に置くのか」
「常のときは、三千を置いたままにはいたしません」
「なぜだ」
「一年ずつ順に、土地を離れて訓練へ出します」
「あとの者は」
「その者たちは土地に残って、耕しております」
暗がりで、夫が身を動かした。掛けの端が擦れる。
「では、事のないときに動かせるのは」
「ですから、常に動かせるのは千五百になります」
「事が起きたときは」
「そのときは、三千とも呼び出せるようにいたします」
夫は黙っていた。先を言った。
「呼び出しは、村ごとにまとめて出させます」
「そのために、日ごろから順を割り振っておきます」
言いながら、順を頭のなかで追っていた。昼のうちに、何度も置き直している。
「土地は、どれほど要る」
「三千ぶんの暮らしが立つだけの広さになります」
「どこにある」
「どこにあてるかまでは、まだ当たっておりません」
言うだけ言って、口を閉じた。問いは短く、答えるあいだは何も挟まれない。
「聞いた」
言ったきり、あとを続けなかった。直しも、問い返しもない。足りるかどうかの話は出ない。
三千で火は収まる。そこまでは出してあった。だが、その三千を養えるだけの余りが王家の土地にあるかどうかは、まだどこへも当たっていない。
与えられる土地の広さを握っているのは、この館の者ではなかった。ここで誰に訊いても、出てはこない。昼のうちに確かめられることは、もう終わっていた。
自分で当たるか、人に頼むか。
どちらとも決まらないうちに、遠くで戸が閉まった。あとは静かになる。
*
朝の光は、床の目地を斜めに横切っていた。
東の間の戸は閉めてある。この時分に、こちらへ用のある者はない。呼ばなければ、誰も上がってこない。
廊の先で荷が下ろされた。抱え直す気配があって、それから足が遠のく。表のほうでは、車輪が石を踏んで通り過ぎていった。そのあとは何も続かない。
外の道を、馬が一頭通っていく。表のほうは、朝の順を崩さずに回っていた。
王家の持つ土地の控えは、ここに置いていなかった。棚にあるのは館の内のものばかり。外の土地のことは一枚もない。
誰に訊けば出てくるものかは、見当がついた。夫に口添えを頼めば、そちらへ問い合わせる道はある。一言あれば、開かないものでもない。
頼み方を組み立てた。まず、余っている土地の広さを出してもらう。それを持ち帰る。三千に当てはめて、足りなければ人を下げる。余れば、下げずに置く。
順に並べて、そこで先へ進まなくなった。
明るいところの縁が、板の合わせ目から外れている。
組んだものを、はじめから言い直した。今度は広さを訊かない。要るのはこういう形で、これだけの者を養えるかどうか。そちらで出してもらう。
言い方が長い。短くすると、要るものが落ちる。落ちた分を戻すと、また長くなった。使いの覚えられる長さに収めておきたかった。
訊き方も変えた。足りるかと訊けば、足りるか足りないかしか返らない。幾ら養えるかと訊けば、こちらに無いものが返ってくる。後のかたちに置き直した。
人を出す側のことに、まだ触れていない。武具も、費えも、呼び出しの段取りも、どれもこちらで組んだきりだった。
そこで気づいた。
財の掛かることと、兵の掛かること。二つは、別々のところが持っている。片方へだけ通せば、もう一方は決まったあとで受け取る側になる。
こちらで終いまで組んでしまうと、どちらの側にも、決めるところが残らない。
口上を二つに分けた。組み上がったものを、割るところから始め直していた。
兵のほうを後回しにはしない。要る人の形と、呼び出しの折の段取りを、そちらへ先に。呼び出した者を誰が集め、誰が率いるのか。そこは、こちらの目の届くところにない。書かずに空けておいた。
財のほうへは、土地の余りと、税を免じたぶんの目減りを。免税の分は、年を追って効いてくる。どこの土地をあてるかも、そちらで出してもらう分に入れておく。
二つを並べて、順に読み返す。はじめに組んだときの言い方が、後のほうへ混じっていた。そこだけ抜いて、繋ぎ直す。
三千という見当は、どちらへも入れずにおいた。入れてしまえば、出してもらうものを、こちらで先に決めたことになる。
言葉の端に三千が残っていないかをあらためた。見つかったぶんは、抜いてある。
明るいところは、床の中ほどをすぎていた。さきほどまで明るかった側は、いま影のなかにある。
口のなかで通した。声には出していない。はじめは言葉の順が前後した。二度目で、詰まるところがなくなる。三度目は、終いまで詰まらなかった。
表のほうで、門の脇の戸が開いた。荷を積む音が、しばらくやまない。下の階を、人が二人通っていった。どれも、ここまでは上がってこない。
使いを呼んだ。口上のほかに、渡すものはない。覚えるまで、二度言って聞かせた。
先に兵の掛かるほうへ。そのあと財の掛かるほうへ。順を言い添え、二つとも今日のうちに届くようにと足した。
使いの者は復唱した。もう一度復唱してから、出ていった。そのあいだ、外の音は変わらずに続いていた。
呼び戻す用は、もうなかった。部屋には、また誰もいない。戸は開けずにおく。
明るい線は、卓の脚まで来ていた。
窓の外の道に、荷を下ろした跡がついている。空は白い。雲が一つ出ていて、さきほどから同じところにある
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