第13話 理由は伏せられた。順番が逆になった
冬の支度は、決まったとおりに進んでいる。
東の間の戸は開けてある。廊を通る者の抱えるものが、刻限ごとに違う。はじめは畳んだ冬物で、上の一枚の端だけが腕から垂れていた。次は灯芯の箱。北の側から替えると決めてあるので、運ぶ者はみな廊の奥へ折れていく。
薪を負った者が、続いて二人通っていく。
庭では枝を落とす音がしていた。印を結んだところから上だけを落とし、束ねて北の端へ運ぶ。その音は昼までに止んだ。
どの荷にも、日取りが先にある。指図を待つ荷は見あたらない。
卓の上には控えの綴じが一つ置いてあるきりで、開いても、当番の入れ替わりが書いてあるだけである。
昼の荷が入る音がした。
粉と油に、炭が加わっている。数は増えても道は一つで、廊を通る回数は増えていない。
蔵の荷は納戸へ寄らず、厨の戸口へそのまま入る。納戸の錠は、日に二度しか回らない。
厨の支度は、半刻遅らせてある。冬は皿の冷めるのが速い。遅らせた分だけ、膳は熱いうちに卓へ届いた。
水が冷えて、洗いにかかる間が長くなっている。膳の冷め方も夏とは違う。荷の中身は変わった。それでも、順は元のかたちを保っていた。
北の端の戸は、開け閉てに音が立たなくなっていた。
昼の膳が下がるまで、東の間へ来る者はない。
*
応接の間には、先に炉を入れてある。
この日の客は、北の三家の奥方が二人と、南の家筋から一人。折ごとに下りてくる書きつけに、家と、刻限と、通す部屋が並べてあった。書きつけの形は先の折と同じで、並びだけが日ごとに違う。茶を出す家と、出さぬ家がある。立って迎える相手と、座ったまま受ける相手がある。次の間へ控える者のことも、辞去の頃合いも書いてあった。
組んだ者は、ここにはいない。
三人は刻限どおりに来た。辞儀の深さに、三人とも差がない。座るまでの間も、袖の置き方も、ひとつの形のようであった。
「年内は、北で慶事が二つ重なります」
「同じ月に二つ重なるのは、久しくないことです」
「北はもう、雪の噂も出るころね」
「峠のほうは、先の週に降ったと聞きました」
茶が運ばれ、置かれ、また下げられる。
「季の贈答は、先の年と品を替えると聞きます」
「聖堂へ納めるのは蝋と油。あれは替わりませんね」
「先の弔いへの返しは、まだのはず」
「季を改めてからと決まっています」
「三日置いて返すものと、当日のうちに返すものと、二通りありますから」
「取り違えれば、あとが面倒です」
話は、決まっている筋を順になぞって進む。
シャルロットは、奥方たちの向かいに座っていた。書きつけの家の並びの下に、名がある。座る場所も、来る刻限も、そこに書いてあった。婚礼の日に、一度顔を合わせている。
茶が回ると、シャルロットが真っ先に手を伸ばした。
「熱いうちがおいしいのです」
奥方の一人が、袖を直した。
「フラリンには、雪が降らないのですって。……嬉しいのです」
「南は暖かいと聞くわ」
北の三家の奥方が、季の贈答の話へ戻った。品目の入れ替わる折を、二人で確かめていく。
「そういえば」
シャルロットが、こちらを見た。
「奥方さまがたは、どうしてみな同じところにお座りになるのですか」
間が空いた。三人のうちの一人が、茶碗を置いてから答えた。
「その日の折で、決まってまいります」
「決めるのは、どなたなのでしょう」
「そのように書いたものが、参りますので」
シャルロットは頷いて、茶碗へ手を戻した。
話は返礼の格へ移った。奥方たちの声の高さは、終いまで動かない。下がる刻限になると、三人はほとんど同じ間で立った。
シャルロットは戸口で一度振り返り、辞儀をして出ていった。
*
東の間へ戻ると、クリスが棚の下の段から書物を出していた。輿入れの荷にあったもので、こちらへ来てからは、一度も手に取っていない。
「これと、こちらを出しておきます」
「そうして」
紙も一枚、卓の端へ置かれた。書き付けに使う紙である。
「湯は落とさずにおきます。冷めましたら、お呼びくださいませ」
「ありがとう」
開いたのは、南の島々の草木を書いたもの。花の形と、葉の付き方と、実を採る季節が書いてあった。この国には生えないものばかり。
字を追っているうちに、窓の外が薄くなった。クリスが灯を入れてから、退がった。
卓の端の紙には、何も書かなかった。
*
夫が館へ入ったのは、表の戸が閉まりはじめるころ。上着を脱いで、炉の前へは寄らずに通った。供の者は廊で足を止めている。
寝所の戸が、内から閉められた。
灯はとうに落ちていた。窓の外で風が鳴り、枠が一度きしむ。
これも、日々の内に入っている。
夫が寝返りを打った。天井のほうを向いたらしい。
「同じ件で、二つ上がってきている」
声は低い。廊のほうへは届かない。
「同じ日に、二枚。中身が、そっくり逆を向いている」
「片方を通せば、もう片方が止まる。止めたほうは、次から通さぬ理屈を探す」
「どちらへ倒しても、倒した側に貸しができる。倒さなかった側は、覚えている」
掛けのむこうで、腕の動く音がした。
「ひと月、机の上にある」
「読み返しても、同じ行で止まる」
「裁いてしまえば、どちらにも角が立つ。火のほうを消せばよい」
「消し方が、無い」
それから、間があった。
「そなたが、これを収めよ」
風がまた鳴った。
「……なぜ、わたくしに」
夫は答えない。
「明日は早い」
そう言って、寝返りを打った。じきに寝息へ変わった。
訊いたことは、そこで途切れた。分からないまま、脇へ寄せておく。
昼に運ばれた炭は、炉の脇に積んだままである。夜のうちに使う分ではない。
窓の枠が、もう一度きしんだ。それきり止んだ。
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