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揺り籠と世界

新章開幕です。

パーティーが残した禍根は大きかった。

しかし、友達もできた。

家族も加えて再び集結します。

「それでは。帰るとするか」

 暗青に染まった空の下。

 僕は母に抱えられながら門を出る。

 

 門の中ではいろいろあった。

 たった一日。

 それだけの出来事なのに、外が久しぶりに感じる。


「すぅ」

「シルフィー。眠たいか?」


 なぜだろう?

 さっきまで目が冴えていたのに。

 肌に力がこもっていたのに……


「おやすみ。シルフィー」


 ぺたぺた よじよじ


 え?何?この音。母の腰あたりから布を掴むような音が聞こえる。

 その音は、どんどん僕に近づいてくる。

 

「お待たせシルフィー」

「え?パパ?」

「おいフィオ。お前がなんでここにいる。まぁ気づいていたが」

 

 父が目の前にいた。

 どうやら彼は母をよじ登っていたらしい。

 

「あ、ごめん。寝るところだった?」

 

 そういうと父はその小さな手を僕の頭に伸ばす。


 なでなで


「おやすみ。シルフィー」

 

 温かい。

 悪意がないのって……こんなに優しいんだ。

 意識が、遠のく……

 

 ◆


「むにゃむにゃ……」

 

 僕がパチパチと目を動かすと、世界は広がる。

 光のある方に寝返るのは、必然のことだった。

 

(あれ?赤い……リボン?)


 あ、そっか。ミルフィーにリボン貰ったんだった。

 窓の光が照らす先にリボンが置かれていた。丸い机がそれを僕に見せてくる。


 でも、おかしい。

 リボンは外したはずなのに頭があったかい。

 

(お母さまかパパが手を乗せてるのかな?)

 

 僕は反対側に寝返る。

 

「すぅ」

 

 お母さまが寝ている。だけど手は……僕の頭にない。

 いつものようにベッド全体を覆うように、母の手は僕たちにかかっている。

 僕に……だけ?

 あれ?パパはどこ?


 視界が広がる。

 上側に……足?

 反対側に寝返ると……手?

 そしてその手は、僕の顔に向かう。


 ぺたぺた

 

「シルフィー。大丈夫だからね。すぅ」

「んんん。何するのパパ?」


 手に隠れていた顔が姿を表す。父だった。

 父の温かい手がほっぺに触れる。

 害はないけど……起きられなくなっちゃったよ。


・5分後・


「むにゅ。うう。大丈夫だよ。パパが絶対に守って――」


 ぷにぷにぷに

 

「ねぇパパ起きて?」


 ぷにぷにされ続けて5分。

 さすがに僕も起きたくなる。

 僕は父の手を取り、ゆらゆら揺らす。


 ……


「シルフィー?」

「パパ……」


 ぎゅ


「あう」

 

 起きたら、いきなり抱きつかれた。

 

「シルフィ……」


 それだけだった。

 交わした言葉は、たったそれだけだった。


 でも、言葉よりもずっと多くのものが、

 その抱擁の中を行き交っていた。


「ただいま」


 僕は父を抱き返した……

 その時、時間が止まったかのように引き延ばされた。


 ◆


「ねぇパパ」

「え?何?どうしたの?なにかあった?大丈夫だよ。僕が守るから」

「そうじゃなくて、下ろしてくれない?」


 父に抱きしめられた朝。

 そのまま解放されるかと思いきや、父は僕を離さず、食事は彼の膝の上ですることになった。


「何言ってるの?シルフィー。君は一生僕の膝の上で過ごすんだよ」

「いや、でもスープとかこぼしたら危ないし」

 母に比べて父の膝は安定しない。

 揺れでもしたら……

 そう思ってると母が口を開いた。

「安心しろシルフィー。今日の朝食はサンドイッチだ」

 

 二人とも僕を下ろす気が全くないじゃん!


 二人の膝の上は少し窮屈だ。

 でも、このままでいるのも悪くない気がした。


・5分後・


「ねぇオリヴィア。シュガー家にシルフィーが誘われてるんでしょ?どうしよう?僕の膝の上にいたままじゃ行けないよ」

 

 だから下ろしてよ。

 

「ふむ。そうだな。確か、シャルロッテーヌは現在……。ちょうど良い。シルフィー。まずはみんなで話してみないか?」

 

 なるほど、僕を膝の上で話させる気だね。

 でも、つまり、シャルロッテーヌさんと話せるの?

 行き当たりばったりでシュガー家との関係を決めるよりいいかも。

 

「家族みんなで?行きたいかも」

「決まりだな。せっかくだからブランシュ家も誘うか」

 

 ミルフィーにも会えるの?

 お母さまって僕の気持ち見透かしてる?

 とにかく心が躍るのであった。

 

・8日後・


「フィオ。今更だがついてきてよかったのか?」

「もちろんだよ。みんなと仲良くなって話したいな」

 

 僕たちはシュガー家でお茶会を行うことになった。

 僕もあらかじめ見られて少し安心だ。

 ただ……

 

「ねぇパパ、抱きかかえたまま連れてくの?」

「うんそうだよ。これで安心だね」

 

 安心させすぎだよ。

 いいの?こんなに落ち着かせて。これから貴族に会うんだよ?(しかも公爵と伯爵)

 僕に武者震いさせなくていいの?


・10分後・

 

「ようこそ……おいでくださいましたわ……。歓迎いたしますわ……」

 

 久しぶりのシャルロッテーヌさん。

 彼女は元気そうに取り繕っているが、どこか沈んだ感じがする……。

 お母さまの心配していた通りかもしれない。

 

「オリヴィア様。私は……」

 

 ドン――


 何?今の感じは。

 空気が、重くなった気がした。存在しないはずの轟音を伴って。

 

「そいつが孫娘が認めたという小娘か……」

「ガラーク……」

 

 母が名前を呼んだこの人が……音の正体?

 シャルロッテーヌさんと同じ白髪。だけど長身のシャルロッテーヌさんを超える背丈、獅子のような太く逆立った髪、そして目は見るだけで動けなくなりそう……

 シャルロッテーヌさんみたいに、手を伸ばしてくれる人じゃない。

 

「ガラーク……小娘ではない。シルフィーだ」

「俺が名前を呼ぶのは……それに足る者だけだ」

「お祖父様。今回はただのお茶会でして」

「今も後も同じことだ。小僧そいつを離せ」

「そ、そんな。彼女は僕の腕の中で……」

「娘を閉じ込め続けるのか?」

「……」

「守るとは、抱えて歩くことではない」

 

 沈黙の先に、

 父は何かを思ったのか、僕に尋ねる。

 

「シルフィーはどうしたい?」


 僕は……

 昔の記憶が僕を押さえる。


 だれも評価してくれなかった記憶。

 誰の期待にも応えたことはなかった記憶。

 

 きっと何したって僕は無能になるんだ……。


 そしたら彼は……

 いやだ、こんなところに来たくない!

 

「ふん。答えられんか。だったら話はここで終わりだ。揺り籠に閉じこもっている赤子など、孫娘に預けることはできんな」

 

 揺り籠……

 そうだよ。僕は……弱いんだ。

 これが僕。選ばれた天才の地位なんて、相応しくない。


 ガラークさんは踵を返し、邸宅に戻ろうとする。

 

「シルフィー。お前は自分を勘違いしている。思い出せ。私たちと過ごした日々を。お前はいつでも私たちの娘だ」

 

 過ごした日々?


 頭に懐かしい日々が浮かぶ。博物館で大きくて怖い館長を見たとき、黙って抱きしめてくれた父。

 通り魔に襲われそうな時、即座に倒してくれた母。


 そっか。僕は大丈夫なんだ。

 何があっても……


「待って。ガラーク様」

「なんだ?」

「僕は天才を名乗れないかもしれない。でも、試練を受けることはできるよ」

 

 逃げてたら……みんな消えちゃう。

 自分も、繋がることができた人も。

 シャルロッテーヌさんは言ってくれた。

 一緒にいたいと。

 

 彼女を見ると、両手を重ねて、一挙手一投足を真剣に見守っていた。

 心配……してくれてるの?こんな僕のために?

 僕は……彼女に消えてほしくない!

 

「そうか……。だが俺はお前の親とは違うぞ」

 

 さっきと変わらない態度。

 でも、彼はもう僕を追い返そうとはしていなかった。

 


ここまで読んでくださりありがとうございます。

元気を取り戻したシャルロッテーヌ。シルフィーとの関係はどうなるのでしょうか。

次回には友達が登場します。しかしそれはシルフィーのだけではないようで。

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