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もう変わりたくない

今回はシルフィーの“本当の望み”に触れる回です。


それは、少しだけ危うい願い......

誰もが当たり前に受け入れていることを、彼女は疑い始めます。


※本話は残酷な描写を含みます。ご注意ください。

「翠。あなたは私のために生まれてきたの。」

「どういうこと?君は誰?」

「私は葵。私ね、またお母さんに会いたいの。だからあなたを作ったの。だからその魂、私にちょうだい?」

 意味が分からないよ。

 あれ?

 心の奥底に響くこの音は何?

 

「他の子を見ろ。あんたと違ってみんないい子じゃん。」

 僕が人の子の魂だからそんなこと言うの?母さん。

「子供の頃は可愛かったのに。もう可愛くないよ。」

 僕が子供のままなら、あなたは愛してくれたの?

「君はもう。甘えていい年じゃないよ。幼いころに受け取っておけよ。」

 他人に助けを求めても、求めても、返ってくるのは血痕ばかりだ。

 そっか。

 僕は主役になっちゃダメなんだ。

 

「いいよ。好きにして。」


 世の中が不平等なのを知った。

 生まれ持たないと手に入らない物があるのを知った。

 ただ、それが欲しかった……

 

 ◆


 嫌な話……

 時折脳裏をよぎる謎の記憶。

 ……僕が得られる愛は有限なの?

 僕が大人になったら……可愛くなくなったら……

 

 大丈夫。

 そんなわけないよ。だってあの話は間違ってるから。

 だって僕の魂はここにあるじゃん……

 だよね?


 僕は目を開け、胸元に手を当て、自らを確認する。

 ……

 大丈夫。

 心臓は動いている……

 しかし同時にないものがあることに気づく。 

 

「……重くない。」

 朝だというのに、珍しく母の腕布団も父の抱擁もない。

 なんでだっけ。

 

 

・昨晩・祝宴後・

 

「ねぇオリヴィア……」

「どうした?フィオ。まだミントのことを気にしているのか?」

 祝賀会が終わって帰宅する途中も、まだどこか、俯いている父。僕に抱きしめられて、もう大丈夫と言っていたが、彼には、まだ論理では説明できない感情がぐるぐると頭を回っているらしい。

「別に、付き合いたいとか、恋愛対象としてみてほしかったわけじゃないんだ。僕の恋愛対象はオリヴィアだけだからね。」

 母は父の言葉に頬を赤く染めるが、同時にどこか彼を憂いるような静かな瞳で見つめている。

 流れる静寂。無情に流れる冷たい空気。

 それらは無防備な父すらも揺すったのかもしれない。

「僕って怖いのかな?」

「年齢の話か?」

「うん。年齢を言った瞬間に拒絶されちゃった。今の僕じゃ……だめなの?」

 アンバランスな見た目と年齢。うつむく父にじわりと浮かぶ涙は、人が本当に子供としていられる時間の残酷さを物語っていた。

 その残酷さで喜びを得る者もいる。むしろ成長を喜ぶ者が周りには多かった。

 でも……幼き日に、すがっちゃダメなの?

「フィオ。」

 オリヴィアはそっと彼の頬に触れる。

「変わりたくなければ、ずっとそのままでいればいい。」

 彼女の腕はやさしく彼を覆い、そして、近づける。

「好きだぞ。フィオ。やさしくて明るいお前が。たった一人の偏見なんぞに左右されるな。お前の背後には私がいる。私がお前の全てを肯定してやる。つらい時は私のことを思い出せ。いつでも私がそばにいるぞ。」

 それはあまりにも美しかった。

 特別な存在である証明であるかのように、お互いがお互いを求め、心の鎖を解き放つ穏やかな笑顔の抱擁。

(僕も欲しいな……)

 僕は怖かった。拒絶されたらどうしようと思ってしまう。

 それでも僕は……手を伸ばしていた。

 

 近づいてしまった。求めてしまった。

(えっ?)

 背中に廻る温かい感覚。

 とても長く、大きいそれは、心すら引き寄せるように、僕を包み込む。

(温かい……。いいの?僕がもらって。)

 僕はもらうべき存在じゃない。

 もらおうとしても絶対手に入らないと思っていた物が近くにあった気がした……


 何分こうしていただろう?

 ただの体温が伝わっただけなのに……まるで心は、炎の鳥が宿ったようにずっと温まり続けている。


「落ち着いたか?フィオ。」

「うん!大丈夫だよ。オリヴィアとシルフィーがいればもう何も怖くないよ。」

 父の涙は消えていた。

 彼の顔にはどこか、何かが吹っ切れたような、笑顔が潜んでいた気がする。

「でもね……やっぱりあんなこと言われて悲しい!」

「お前今大丈夫って――」

「それはそれだよ。ということで今日は二人を両手で抱きしめて寝たいよ。」

(もう大丈夫そう。)

 父の笑みは月のようだ。

 生命の源に触れた彼には、もう滅びの影はなかった。

 

 ◆


「さぁ寝るよ。二人ともおいで。」

「待て待てフィオ。私たちの下敷きになるつもりか?腕がしびれるぞ。」

 ベッドの上で腕を広げる父。

 完全にその腕は僕と母が寝るスペース上へ置かれていた。

「うーん。じゃあ頭の上から肩まで抱きしめるよ。」

……

 無理だった。

 父の腕が肩まで届かなかった。

 結局3人で手をつなぐ形に落ち着き僕たちは夢の世界へ旅立つのだった。


 ◆


 何やってるのパパ。ちょっとかわいそうかも。


 子供のままでいると、僕は落ち着くと思ってた。

 でも、不憫なこともあるんだなって思った。


 それでも……

 美しかった。昨日の二人の抱擁は、この世の宝の何にも代えられない奇跡の匂いがした。

(もし僕が大人だったら、可愛くなかったら、同じように近づけたのかな?)

 失いたくない……

 ずっとこのままでいたい。

 もうこれなしじゃ生きていけないよ。


 ……


 ふと寝ている父が目に入る。

 その顔に警戒はない。

 僕たちを信用しきっているからこそ生まれる尊い笑顔。

(いいなぁ。パパは。)

 永遠に変わらない儚さと、それを護られる安寧。

 この先もずっと彼は僕の望む幸せを味わっていられるんだろうか。

(僕も、そうなりたい。子供のままでいたい。短すぎるよ、子供でいられる時間は……)

   

 ねぇパパ。

 あなたは、どうやって生きてきたの?


 僕も同じことをすれば、

 あなたみたいになれるかな?


 ……身体も。

彼女は“失わない方法”を探し始めました。

その答えは、まだ誰にもわかりません。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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