#4
高性能カメラ・マイク搭載、位置情報伝達システム登録済み。機種は一年以内に発売された概ね最新型。カラーは最近若者に流行りのビビッドシリーズより、ピンク、イエロー、グリーンの三色をご用意。だがしかし、見かけだけと舐めてはいけない。なんと、万一中を盗み見られても不審がられないよう、アカウントそのものだけではなくそれに付随したチャットやコールの履歴まで偽装が済ませてあるのだ。ポリスから与えられた備品のセルフォンは、そんな随分と贅沢な仕様にカスタマイズされていたのだった。
今回調査するアカウントは三つ。しかし、クジラのアイコンも「幸せの青いクジラ」というアカウント名もまるっきり噂の通りで、ほぼ差異はない。そんな三つのアカウントに対し、三人がそれぞれのセルフォンでコンタクトを取り、同時並行で囮調査を進行するのだった。
アカウントとやり取りを交わすようになってから四日ほどたった頃、グレイの呼びかけでローファード・ハウスの事務所に全員が集合し、中間報告会のようなものが開かれていた。
「さて……今のところは皆無事にここに帰りつけたようで何よりだね」
「ちょっとグレイさん、集まって早々にあんまり物騒なこと言わないでくださいよ……」
何かを想像して眉尻を下げたリオードに、グレイは大して謝る気もなさそうな感じで「ただの冗談さ」と笑い声を返した。
「じゃ、進捗を聞かせてくれ。誰からでもいいぞ」
「ほな、わいからええか?」
デオはそう言うと自身の手に収まっているピンク色のセルフォンのスクリーンを指で何度かタップした。
「これ、見て欲しいんやけど……。わいの喋ってるアカウントはやたらいろんな場所で写真を撮らせるねん。例えば、『クロッサムパークの噴水に反射した自分の顔を撮れ』とか、『ミドルで塀の上に座って写真を撮れ』とか、『建物の屋上で自分の写真を撮れ』とか」
「んだよ、三十年後に流行るフェティッシュの話でもしてんのか?」
つまらなさそうに挟まれたジムの茶々を無視して、デオは報告と考察を続ける。
「最初は個人情報を特定するためなんかなあ、と思わんでもなかったのやけど、それにしてはやり方が回りくどいような気がせん? もっとこう……リテラシーのない若者がターゲットなら、証明書の類でも送らせれば一発やし。けど、無害と断定するには情報が足りない……と、ここまで濁しておいて悪いんやけど、悪事の匂いがプンプンするんよなあ」
「明らかに何らかの犯罪組織が関わっている、ってことですか?」
「いや、恐らく個人やないかとは思うんやけど……まあ、同じ羽をもつ鳥は群れる、みたいなもんかな」
「けっ、お似合いでよかったじゃねえか」
「ジムはんが否定しないっちゅーことは、おおよその推測はあってるってことやろし、ちいとばかしやる気が出てきたなあ……! ひとまず、グレイはんはこの件安心してわいに任せてくれてかまわへんで」
にこやかに発せられたデオの意見に、グレイはほとんど不安の感じられない声で「わかった」と相槌を打った。それから続けて、こんなことを聞いた。
「……ちなみに、異名はもう捨てたんだよな?」
「ふふふっ、せやねえ」
「…………ま、いっか」
デオの怪しげな表情に一瞬ピクリと瞼が揺れたものの、グレイは堂々たる態度……いや、放任主義なだけかもしれないが、どうってことのない様子でそう呟いたのだった。
「じゃあ、次。ジムの方はどうだい?」
「なんで急に私にふるんだよ」
「だって君、リオードの報告を先にしたら途中で放浪しそうじゃないか。だったら逃げる前に先に聞いておかないとな」
顎の下で両手を組んだグレイが楽しそうにそう言うと、ジムはチッと舌打ちして、ソファのひじ掛けに足を放り上げて言った。
「どうもこうも、こっちはグレーだ。犯罪行為と同じような悪意はないが、結局やってることは詐欺みたいなもんだな」
「それって悪いことじゃないんですか……?」
「これを持ってこい、あれを買ってこいって、無償で慈善事業の手伝いをやらされてるようなもんだ」
「ああ、なんだか支援ボランティアみたいですね。僕もそういうのが良かったなあ……」
「馬鹿言え、カロン。私の言葉を忘れたのか? 『パワー・イズ・パワー』、金は紛れもない力の象徴なんだよ。それをいいように使われてるこっちの身になってみろ。……それと、いい加減お前のそのお人好しもどうにかしろ。早死にしたくなければな」
乾いた笑い声を洩らすリオードをよそに、グレイはやや驚いたような表情をした。
「悪意がないグレー……? なら、ジムからしたら実質ホワイトってことか?」
「恐らくな。少なくとも、人を害するようなやつじゃねえだろ。このアカウントを動かしてるやつの身分も、おおよそ想像がついてる」
「そうか……」
「……んだよ、微妙な反応だな」
「いや、ジムだったら大当たりをひっかけてくるんじゃないかと思っていたんだが……」
「おい、私のことを事件ホイホイか何かと勘違いしてるんじゃねえのか? ならその頭ぶん殴って直してやらねえとな」
「はは、冗談だって。だからその拳をしまいなさい?」
ジムは浅くため息を吐き出し、持ち上げかけた腰を再びソファにとすっと落とす。
「だいたい、どっちかと言えばそりゃ骨々カロンの方だろ」
「え、僕ですか?」
眉を持ち上げてぽかんとしているリオードが周囲を見渡すと、男性二名が「確かに」とあっさり納得した様子で頷いていた。全員合致の意見ということである。
「で? 他に聞きたいことは」
「そうだな……一応メッセージの内容だけ直接確認しても?」
ジムは「ん」と言ってグレイに向かってグリーンのセルフォンを投げた。それは、ぎょっとするリオードとやや心配そうな顔のデオの横を通り抜けて、グレイの手元へと吸い込まれていった。
グレイがメッセージの履歴を確認すると、向こうからの指示は、次の三つだった。
『花詠みの少女に果物を渡すこと』
『新品のゴムボールを買い緑の屋根の上へ投げること』
『クロッサムパークのベンチの端に菓子を一つずつ置いてまわること』
「確かに、こりゃ新手の乞食みたいだな。ちなみに終わりの目処は立ってるのか?」
「終わらせようと思えばいつでも」
「全く相変わらずだねえ、ジムは。まあ、それとないタイミングで頼むよ。ほら、優秀過ぎてあんまり早く終わらせると噛みついてくるような躾のなってない犬もいるらしいからさ」
グレイがそんな皮肉を言いながらセルフォンを差し出すと、ジムはだらけきっていた姿勢をぐっと起こして立ち上がり、「あいよ」といってそれを少しばかり乱暴な仕草でとった。そうしてすぐに、用件は済んだだろと言わんばかりに迷いなくドアノブに手をかけ、事務所の外へと出て行く。そして、それを追いかけるように、「ほな、わいも」と言い残してデオも扉の向こうに消えて行った。
「……待たせて悪いね、リオード。最後は君の番だ」
「は、はい!」
人数が半分になったことで、部屋の中ががらんと静まり返っているように感じられる。リオードはやや緊張した面持ちで自身のイエローのセルフォンの画面を見返しながら、報告を始めた。
「僕がやり取りしているアカウントからの指示は、『街中ですれ違った人に挨拶をする』、『募金箱にお金を入れる』、『部屋の掃除をする』の三つです。なんというか、指示がなくても普段からやっていることばかりなので、改めて指示を出されてやるっていうのは不思議な感じですね」
「なんだかきな臭いな……。善人ぶってるやつほど裏がある、ってのはある程度オーソドックスな話だしな」
「それと、ちょっと気になることがあって」
「なんだい?」
「これ、一方的に達成報告をしているだけなんです」
「ほう?」
グレイが目線で説明を促すと、リオードは改めて小さく息を吸いこんだ。
「僕、『やりました』ってメッセージしか返していないんです。だから、証拠がないまま、向こうが承認しているのが気になるんです」
「なるほどな。確かに、ジムの履歴には指示を達成した状況の写真を送るよう補足があったようだし、デオ君に関しては指示内容からして証拠写真を要求されていてもおかしくない。でも、リオードに関してはそのような注意はない、と」
「そうなんです。何か変じゃないですか……? だってこれじゃ、言ったもの勝ちみたいですよ」
「確かに気がかりではあるな。何かとんでもないことに巻き込むための下準備なのか、あるいは、噂を聞いたはいいが犯罪行為には手を出せなかった生半可なチンピラもどきの仕業か……。いずれにせよ、警戒はしておけよ? 君はいつだって警戒してもし足りないくらいがちょうどいいんだから」
「は、はは……ほんと気をつけます」
リオードはそう言うと、毎度のごとく顔を少しだけ傾けて笑みをひきつらせるのだった。




