#3
「……というわけで。今回の依頼は囮捜査だ」
グレイはそう言って、書類を机に置いた。それに目を向ける人物が三人。左から、リオード・カロン、ジム、デオ・ナロップである。
「おい」
「ん? どうした、ジム」
「なんでコイツもいるんだよ」
ジムはひどく不機嫌そうな顔で舌打ちをしながら、親指をデオの方へ向ける。
「あのなあ……。デオくんがうちの事務所に入るって話は、もう何度もしただろ?」
「私は認めてない!! 骨々カロンが絡まれる問題だけでも手がいっぱいだってのに、更に問題児を抱えてどうする気なんだよ……!?」
「ははっ、俺から言わせればジムの方がよっぽど暴れ馬で問題児なんだけどなあ」
グレイの返答にジムが声にならない声をあげながら地団太を踏んでいると、デオが甘えるような声色で口をはさんだ。
「なんや、ジムはん。まだわいのこと認めてくれへんの?」
「『隣人殺し』のクソ野郎が。来んな。近寄んな。馴れ馴れしくすんな」
「そんなつれないこと言わんといてや~? 最近はようやっとジムはんとの鬼ごっこでも五分背中追っかけるくらいはできるようになってきとんのやし」
「あのなあ……!? ネチネチネチネチ追っかけ方がしつけ―んだよ……! いつもいつも私の後ばっかついてくんな!」
「せやかて、ジムはんほど面白い人、他におらへんのやもーん」
「いい歳こいた男が『もーん』とかほざいてんじゃねえぞ。気持ちわりいな」
「そないなこと言われても、わいはまだピッチピチの19歳やし……」
「キッショ。まじでキッショ」
「ま、まあまあお二人とも! 一旦お仕事のお話を聞きましょうよ……!? 一旦、ね!?」
リオードは限りなく迫ってくるジムの背中を軽く押し戻しながら、グレイに必死に助けを求める目線を送る。グレイはリオードの心の内側で流れる大量の冷や汗など知らぬ存ぜぬといった顔で、口笛でも吹き出しそうな軽い口調で話を再開した。
「えー、ポリスからの話だと……最近、メッセージアプリを介して行方不明になっている人物が異常なほど多いらしい。その問題のアプリがだな」
グレイは机の上の資料を人差し指でコンコンと叩いた。
「名前は『BLOW-OUT』。『ブロ』という略称で親しまれているそうだ。アイコンはこんな感じの……ベースは青色で、そこに白く潮を吹くクジラが描かれている。リリースから一年未満と比較的最近のアプリで、世界全体を見ればそんなに普及してはいない。とはいえ、だ。少なくともこの街では、若者のグループに聞けば大抵一人は知っているくらいの知名度らしい。実際、利用者は若者が大多数を占めているそうだ。中身は……まあ、一般的なチャットサービスだな」
そこまで読み上げて、グレイがふっと顔を上げた。にこやかなデオのほうをリオードの肩越しに睨みつけ、忙しなく人差し指で腕を叩くジムが目に入る。それから目をそらすようにして、グレイは何気ない声色で話を続けた。
「そのアプリには、誰でもやり取りができる公のアカウントがいくつか存在していて、どうやらそいつが問題らしい。まず、その『幸せの青いクジラ』というアカウントを連絡先に追加する。そして、『星明かりに口笛を』というメッセージを送る。すると、何かしらの指示が送られてくるらしいから、一日以内にそれを成し遂げる。噂だと、正真正銘オリジナルのアカウントなら、一度目は必ず家に帰れるそうだ。で、それを繰り返す以外は、特に何ら変わらない生活を送るらしい。しかし、どこかのタイミングで終わりがやってくる。それは、メッセージが途絶えるか、あるいはアプリのユーザーがふっといなくなるかのどちらかなんだとさ。……っていう嘘か誠かもわからん事件の件数があまりにも増えた結果、後回しできなくなったツケがあいつらにまわってきたんだと。だから、主に捜査しているのはティアナとミス・ヤジマ。他に人手が必要なら申請すれば人員は割く、というのが上のお達しだそうだ」
「なあ、グレイはん」
「なんだい? デオくん」
「この街には未解決の行方不明事件なんてなんぼでもあるやろ? せやのに、どうしてあのおばはんたちはわざわざこれを取り上げるん? 要請すれば応援が来るとはいえ、上官とたった一人の精鋭に任せる仕事なんか?」
「まあ、これを見てもらえば分かるんじゃないかな」
グレイはそう言うと、雑に重ねられていた紙の束から一枚を引き抜き、デオに渡す。紙には、五人の顔写真が印刷されており、その隣に各々に関する情報が記載されていた。それをちらと横目で確認したジムが、心底不機嫌そうに舌打ちをした。
「これ、行方不明者リストですか? 一部とはいえ、既にこれだけの被害が……」
デオの手元を覗き込んだリオードが苦々しい顔で言った。すると、デオの糸目が弧を描く。
「リオードくんはほんまにええ子やねえ」
「えっ? どういう……」
「確かに五人という被害人数は少ないとは言えへん。けど、たった五人の被害が確認されたからって、あのポリスは果たして動くんかね?」
「う、動かないんですか……?」
リオードが戸惑いがちにそう言うと、ジムは呆れたように小さくため息をこぼした。デオは楽しそうに口を開いて笑う。
「ははっ! リオードくんはすぐに騙されてしまいそうで心配になるなあ? ……わいの見立てでは、たかが五人いなくなったくらいじゃポリスは動かへんよ。人が歩けば死体に出会えるこの街で、解決すべき重大な事件はもっと他にあるやろ?」
「なるほど……。じゃあ、この事件を捜査するのには何か別の特別な理由が?」
「せやな。例えば……自分の子どもが被害にあっている、とか」
そこまで言われて、リオードはようやくはっとした表情を見せた。ジムは応接用のソファにドカッと腰かけると、明らかに面倒くさそうな表情でグレイに向かって言葉を吐き出した。
「なあ、お偉いさん方のご要望といったって、これはいくらなんでも無茶だろ。この街とその噂は相性が良すぎる」
「お察しの通りで。そのアカウントの噂を模倣した手段に目をつけて実行している犯罪組織は現在進行形で増加している。よって、そのリストに載っている被害者たちが本当に巻き込まれた事件に彼らはまだ辿り着けていない。そんで、人手が足りなくてうちに泣きついてきたわけだ。ほら、うちには餌にぴったりな若者が三人もいる」
「共同生活者をポリ公に売りつけるとはクソッたれにもほどがあるな」
「まあ、恩を売っておくに越したことはないからね。……じゃあ、そういうことで」
グレイはいかにも営業スマイルといった感じの笑みで、脇から取り出した三つのセルフォンをトランプの束を持つように三人に見せつけた。
「お待ちかねのロシアンルーレットといこうか」




