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#13

 窓枠から零れ落ちた体が、真直ぐに地面へとひきつけられていく。下に広がるのは一面の緑ばかり。わずかな抵抗として空中で体を捩ってみるが、科学で解明された力に逆らうことはできず、セオリー通りに落下速度は加速していく。リオードは咄嗟に、自分の命もここまでか、と考えた。


 その時だった。横から加えられた別の力により、移動の方向が変わったのだ。何事かと考えるより先に、その衝撃でリオードはゴロゴロと芝生の上を転げた。感じる衝撃は想像していたよりずっと弱く、打撲した感覚はあってもそれほど重症ではないことはすぐに理解できた。


「……や。生きて再会できて何よりだね、リオード」

「グレイさん……!!」


 グレイはリオードに覆いかぶさっていた体をよいしょ、と持ち上げた。その背中からはちぎれた草がはらはらと舞い落ちている。グレイは飛び込んでリオードを捕まえると、横に転がる形で受け身をとったらしい……と理解するまでに、リオードは数秒必要だった。


「怪我は?」

「大丈夫です!」


 そう嬉しそうに返事してすぐ、「あっ」と上を見上げる。開け放たれたままの窓からは、主人がわなわなと眉を震わせこちらを睨みつけていた。今にも他の子に手をあげそうな危険な雰囲気である。


 どうすべきか、と汗が背筋を流れるのを感じた時、主人は唐突に姿を消した。正確には、首元に何か布のようなものをかけられ、何者かの手によってそのまま後ろに引き込まれたのだ。


「犯人を確保し、直ちに被害者を保護しろ!」


 主人が窓枠の向こう側へ消えて行った光景に唖然としているうちに、背後から勇ましい声が響く。振り返ると、ユエを筆頭にポリスがこの屋敷に突入してきていた。ポリスの職員たちが次々と屋敷内へ入っていくなか、ユエは真っ直ぐにリオードの元へやって来て、きっちりと腰を折って頭を下げた。


「すまなかった……!」

「え、っと……ユエさん?」

「グレイ殿から連絡を受けて、すぐにでも君の捕らわれている場所へ向かおうとしたんだが……お上の連中が『屋敷の持ち主がいる以上は令状が必要だ』とか『まずは被害者リストの人物が関与していることを証明しろ』とか言って中々頷かなくてな……。我々の行動が遅れた結果、君を危険な目に合わせてしまって、大変申し訳ない」


 そう言うと、ユエは改めてお手本のような美しい姿勢で謝罪した。リオードは両手を胸の前で振りながら「だ、大丈夫ですよ! ほら、グレイさんが庇ってくれたおかげでほとんど怪我もしてないですし!」と深刻な面持ちのユエをなだめた。


「思いのほか近辺の住民からの通報が多かったのが助かった。彼らの情報がなければ、上の説得にはもっと時間がかかっていただろう」

「……まったく、素直じゃないよなあ」


 ふとグレイが呟いた言葉に、ユエとリオードはくいと揃って首を傾げた。しかし、グレイには特に説明する気もないらしく、「気にしないでくれ、こっちの話だから」と気の抜けた笑みを見せるのだった。


 そんな話をしているうちに、腕と足を拘束され昏倒した主人がポリス二人がかりで担ぎ出されてきた。それに続いて、屋敷で働かされていた子どもたちがぞろぞろと列をなして屋敷の外へと歩いて出てくる。しかし、それを見つめていたリオードが「あれ……」と声を洩らした。


「誘拐されていた子どもたちは、これで全員のようです」


 ユエの元へ駆け寄ってきたポリスがはきはきとした口調でそう伝えた。リオードは戸惑ったように彼に尋ねる。


「あ、あの! もう一人いませんでしたか……?」

「もう一人? いや、そんなはずは……」


 「間違いないのか?」とユエが問いかけると、そのポリスはうっと息を詰まらせるような様子を見せた後、ゆっくりと話し出した。これはおそらくだが、何かを隠しているとかではなく、ただユエの鋭い視線に怯えていただけだろう。


「ええ。確認のため子どもたちに尋ねましたが、捕らわれていたのは全部で十人だと。誰に聞いても同じ答えが返ってきたので、間違いないはずなのですが……今出てきた九人と君をあわせて十人、じゃないのか?」

「僕がここに来た時、僕は十一番目だって教えてもらったんです。記憶違いじゃなければ、オレンジ色の髪の、十代前半くらいの男の子がいたはずなんですけど……」


 徐々に語気を弱めるリオードに、ユエは肩をすくめて「そうか」と言った。


「もしかすると、慌てて先に逃げ出したのかもしれないな。何にせよ、確認はとるべきだろう。その少年についてはこちらできちんと調べるから、心配しなくていい」

「……ありがとうございます」


 リオードはそう返事したが、本音を明かせば、ヒサロが我先にと逃げ出す光景は全くと言っていいほど想像ができなかった。「他の子を置いていくわけにはいかない」と言ったときの笑顔を、決して嘘と思いたくはなかった。しかし、自分だけが幻の十一人での生活を記憶しているとなれば、疑うべきは世界よりも自分の脳味噌なのかもしれない。


「じゃ、俺たちは帰ろうか。あんまり長くあの二人に留守番を任せるのは不安なんでね」

「ああ、引き留めてしまってすまない。事情聴取はまた後日こちらから出向くから、その時はよろしく頼む。……それでは、リオードくん。今日はゆっくり休んでくれ」

「はい! あ、ありがとうございました!」


 ユエは珍しく安堵したように頬をほころばせた後、きりっと目尻を引き締めて丁重にお辞儀をし、ヒールで芝生をかき分けて遠ざかっていった。グレイが茶化すようにひゅう、と口笛を吹いた。


「いやあ、モテモテじゃないの」

「茶化さないでくださいよ……! というか、正直今はそれどころじゃないですって……。本当に死ぬかと思ったんですからね!?」

「ははは、安心しろ。二階から落ちて死ぬのはロッタリーで当たるのと同じくらい難しいからな。相当運がよくなきゃ無理だ」

「別に知りたくなかったなあ……」

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