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#10

「……さん。リオードさん、起きて……!」


 身体を揺すられた振動で、リオードはゆっくりと目を覚ました。どうやら、薬を嗅がされて気絶した後、運ばれてこの椅子に座らされていたらしい。


 部屋にはベッドや戸棚、机などがそれぞれ二つずつ備え付けられており、スクールの二人部屋を想起させるような風景だった。部屋は一見して閉め切られているが、脅威からは離れた生活感のある一室で、身体の拘束なども特になさそうだ。


 リオードを揺すり起こしたのは、ジョンだった。しかし、リオードは違和感を覚えてその視線を下へとすべらせていく。出会ったとき、彼は白襟のついたトレーナーにコーデュロイのパンツを着用していたはずだ。しかし、今目に映る彼の姿は、スーツ……いや、燕尾服に包まれていた。どうして、と口に出すより先に、リオードは息をのんだ。さらに視線を下げて行った先には、同じような黒いパンツを纏った自分の足があったのだ。


「なっ、なんで服が変わって……!?」

「ごめん。ごめんね、リオードさん……! でも今は、早く夕方のミーティングに行かなきゃ」


 ジョンは一方的にそう伝えると、リオードの腕をぐいと引っ張って立ち上がらせた。リオードの全体重を動かすには足りないとはいえ、それまで見てきた気弱な彼と比べれば、リオードのことを動かすのに十分な力だった。リオードは状況を飲み込めないまま、ひとまず彼の訴えに応じて従うことにした。


 ジョンは部屋を出て、迷いなく歩き出した。廊下はそれなりに長く見え、床にはシックな赤いじゅうたんが敷かれている。リオードは慣れない革靴で、先導するジョンの背中をついて行く。


 一分もしないうちに、ジョンはとある扉の前で立ち止まった。ジョンは礼儀正しくノックをして扉を引くと、リオードに入るよう目線で促した。


 中へ踏み入れると、そこはいかにもこの建物における重要人物の部屋といった感じだった。天井には豪奢な照明が吊るされており、中央奥には年季の入った書斎机が配置されている。


「やあ、新入りくん。なかなか似合っているじゃないか」


 書斎机に片腕を置いていた人物が、椅子を回してリオードと正面に向き合い、そう言った。いくらお人好しのリオードとはいえ、ここに来るまでの前提を辿ればまともに返答すべきでないことはよく理解できた。


「主人に褒められたのだから、返事くらいしても良いと思わんかね?」


 黙ったままのリオードに、主人と名乗った男は不満げに真っ黒な口ひげをなぞり、隣の人物にそう問いかけた。椅子に座っている彼より少し体が大きく筋肉質なもう一人の男性は、適当に頷くような仕草をした。部下のような立場の人間なのだろうか。今後は彼らを主人、従者、とでも呼ぶことにしよう。


 周囲を見渡せば、部屋にいる大人はその二人だけで、他には恐らく十代だろうという子どもたちが10人ほどいるばかりだった。と認識したところで、主人の愚痴を聞き流しながら周りを観察していたリオードは密かに目を見開いた。整列した若者の中に、行方不明者リストに掲載されていた顔が五つも混ざっていたからである。つまり、ポリスの探し物は全てここにとらわれているという事実が発覚したわけである。


「……まあいい。今日は初日だから彼も緊張しているのだろう。今回は見逃してやるが、次からは精進するように」


 荒く鼻息を噴き出して話を区切った主人は、続いて一人の子どもにコンタクトをとった。橙色の髪をひとまとめにした少年は、若者たちの列から一歩前に出ると、何やら形式的なことを主人に報告し始めた。もしかすると、彼が子どもたちをまとめるリーダーのような役割を果たしているのかもしれない。そう考えているうちに、その少年の業務連絡は極めて簡潔に手早く済まされた。


「では、残りも励むように」


 主人のその言葉を合図に従者が扉を開け、子どもたちに出て行くように促す。ところどころ怯えたような、疲れたような、不安げな表情が見え隠れするものの、誰一人としてこの場を乱そうとするものはいなかった。リオードは出て行く子どもたちに倣って廊下に出ると、ジョンの後ろに続いてその列の最後尾を歩いていった。


 先ほどの部屋に戻ってくると、二人きりの室内でジョンは大きく頭を下げた。


「ごめんなさい!!」

「えっ、ジョンくん……!? お、落ち着いて……?」


 ジョンが涙ぐんだ声で謝罪の言葉を述べると、リオードは戸惑いながら背中をさすった。


「……僕は別に怒ってないよ。でも、まだ状況が飲み込めていないんだ。だから、よければこの場所のことを教えてくれないかな?」


 ジョンは目尻をぐっと擦ってから、こくんと頷いた。


「あのね、『幸せの青いクジラ』って知ってるでしょ? あれでね、ここで働かせる子どもを選んでいるんだ」

「働かせる子どもを……? 誘拐して労働力を増やしてるってこと?」

「ううん、そうじゃなくて……」


 ジョンは服の裾を人差し指と親指でつまんで擦りながら、気まずそうに話した。


「……えっと、たぶんだけどね…………子どもが、好きなんだと思う」


 目線はとうにリオードのことなど捕えておらず、それが後ろめたいことなのだということがよくわかる。まだ若い彼らを私利私欲で集めて使っている人間がいる、という事実に、リオードはただ息を吐き出すことしかできなかった。


「……そっか。話してくれてありがとう。じゃあ、別のことを聞いても良いかな?」

「うん。僕がわかることなら……」

「そうだな……ここにはどれくらい前からいるの?」

「えっと、僕が来たのは五日くらい前だったと思う。確か、七番目だったかな。最初の五人は一週間とか? そんなふうに聞いた気がする」

「なるほど。ちなみに、あのオレンジの髪の男の子は、最初に来たリーダー?」

「うんとね、ヒサロはリーダーだけど最初じゃないよ。僕の前だから、六番目のはず」

「そっか。……あと、ここにいる子どもはさっき集まっていた子たちで全員かな?」

「そうだよ。全部で十人。リオードさんが十一番目……」


 ジョンは自分のしたことをひどく悔いているのか、言葉尻が涙声に染まっていく。リオードはそれをなだめるように優しく頭を撫でながら、「ありがとう」と呟いた。


「泣かないで。きっと、ジョンくんがやりたくてやったわけじゃないんでしょ?」

「うん……。あいつに、言われたんだ。『迷子のふりをしてここまで連れて来い。出来ないなら殺す』って……」

「脅されているのか。この屋敷から出ようとしないのも、そういうこと?」

「多分、皆同じこと言われてるんじゃないかな……。そうじゃなくても、この前ヒサロが撃たれて危なかったし……」

「えっ!?」


 既に怪我人が出ているのかと慌てたリオードの表情を見て、ジョンは急いで「で、でも怪我はしてなかったから大丈夫だよ!」と付け加える。


「三日前くらいの話なんだけどね、ヒサロと同じ部屋の子が夜になっても部屋に帰って来なかったんだって。それで、トイレに行くついでにちょっと探してみようってヒサロが廊下を歩いていたら、その子が突然あいつの部屋から走って出てきたんだ。泣きながら『助けて』って叫んだから、あいつはその子にはまだ仕事があるって言ってたんだけど、ヒサロが無理やり部屋に連れ帰ろうとしたんだ。そしたら、廊下を歩いている間に後ろから撃たれたんだって。音にびっくりして起きた皆が部屋の扉の隙間からこっそり様子を見てたんだけど、本当にたまたま、服にちょっとかすったくらいで済んだんだ。本当にラッキーだったと思う……」

「それから、そのヒサロって子は大丈夫なの……?」

「その時はすごく怒ってたけど、次の日にはあいつ、ほとんど元通りだったよ。むしろ、ちょっと謝ってたかも……? 六番目でリーダーに選ばれてるくらい、ヒサロはすごく優秀なんだ。だから、簡単に手放す気はないんじゃないかな」


 「……っと、そろそろ動かなきゃばれちゃうかも」と言うと、ジョンはベッドの縁から腰を持ち上げた。絨毯の上を歩くぱたぱたという音が扉越しに聞こえてきたからだろう。


「とりあえず、いうことを聞いていれば今は何とかなるから。続きの話はまたあとで」


 ジョンは燕尾服の襟を正し、「行こう」とリオードに声をかけた。リオードの目が覚めるまでにどのようなやり取りがあったのかは分からないが、彼が面倒を見てくれるらしい。


 十人、ここにいる子どもたちを、皆無事に帰さなければならない。しかし、荷物は全て奪われてしまったようで、連絡手段はない。ポリスから支給されていた位置情報伝達システム搭載のセルフォンも、どこで情報が途絶えているか分からない。加えて、相手は脅迫手段として既に武器に手をかけている人間だ。


 とにかく、まずはこの場所に関する情報を集めよう。そうやって思考を整理し直すと、気を引き締めるように両頬をぱちんと叩いたのだった。

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