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花屋のジェンナ

 四苦八苦しながらも、なんとか城下町にお忍びで行くという野望を叶えたあの日から、わたしはちょくちょく屋敷を抜け出して城下に繰り出すようになった。


 1度経験してしまえば慣れたもので、もうなんの戸惑いもなく城下町をうろうろすることができるようになった。そしてお小遣いも手に入れた。

 

 どうやったのか、と言われるとなんてことはない。ただお父様におねだりしただけ。

 だけど本邸に住んでいて、尚且お仕事がお忙しいお父様にわたしから声をかけるなんてそう簡単なことではない。

 わたし自ら本邸に行くのだってメリッサ様が怖くて行けないし。



 メイドにお父様へとあてた手紙をかいて用件を前もって伝えなくちゃいけないというなんともめんどくさいシステムだ。


 家族なのにアポイントをとらなくちゃいけないなんて。


 まあ、お父様はお忙しい人だから。


 そしてお父様に手紙をしたためた。


「お金の価値を学ぶために自分でお買い物をしたいのでお小遣いをください。」


 うんたらかんたら。


 その手紙を届けてすぐに、父は感動した!と言うような手紙と袋に入った金貨、銀貨、銅貨が大量にわたしのもとへと届いた。

 花街と城下町との物価が同じかは分からないが、お香などの買い出しをしていたときに銅貨しか使ったことがなかったので、金貨などそうそう使う機会はないだろう。



 金貨にも大中小があるが、中と大を使用するときは本当に大きな取引のときぐらいなので、まず平民の人たちが使うことはないだろう。下町で使おうとしてもまずお釣りが足りないと思う。


 そんなわたしは金貨までお父様から貰ったので下町で遊ぶ文には充分すぎるほどのお小遣いなのだが、下町にいくときは銅貨しか持ち歩いていない。

 それで充分足りるし、何よりスリにあったという経験が私のなかでお金はたくさん持ち歩くものじゃないってことを学ばせてくれた。


 あの少年二人にはある意味感謝である。





「ジェンナ!!」


 わたしが大きな声でそう呼ぶと、店先で花束を作っていたはちみつ色の髪をした女性が振り返る。


 そして、手をふりながら駆け寄るわたしに気がつくと、眼鏡越しにもわかる優しい目がほそくなった。


「ロゼ、いらっしゃい」


 そう言って微笑んでくれる眼鏡の彼女は、サンス案外見る目あるじゃない!と言いたくなるような旦那さんを立てて、一歩後ろを歩くような、そんな女性らしい女性。


 そう、噂のサンスの恋人だ。


「今日はどれにする?」


「そうだなぁ、百合とかがいいかも。母様が喜びそう!」


 サンスに行くな行くなと言われていた城下町。


 せっかく来たのだから、サンスの恋人に会っておかないでどうする。


 アドニスお兄様の情報のもと、たどり着いたお花屋さん。


 さてさて、どれがあの初な(ふりをしている)サンスの恋人だろうかとお客に紛して観察する。


 すると「ジェンナ!ちょっと接客してくれなーい?」と女性の声に「はーい」と返事をして(ちなみにわたし)のもとへと出向いた彼女こそ、あのサンスの恋人らしい。


 なるほどこの人が…なんだか思ってたより地味ね。


 わたしの最初のジェンナへの印象はこんなものだった。


 だけど、次に城下町に来たときに母様へのお土産に花を買いにもう一度ジェンナのいる花屋へいったときに、なんとジェンナはわたしのことを覚えててくれたのだ。


「とても綺麗なこだったから忘れられなかったわ。」


と言われたときにはジェンナをすきになった。


 なんてったってわたしは今の社交界で噂の赤いバラですからね。

 そりゃ綺麗でしょう?


 何回かおしゃべりするうちに、よく話を聞いてくれてにこにこしてくれるジェンナにどこか癒される。


 ここに惚れたんだなあいつは。


 ちなみにサンスにはわたしとジェンナが知り合いだとはまだばらしていない。どうやって驚かせようかなって考え中だ。




 母様が持つと母様の美しさをより際立たせてくれそうな真っ白な百合の花を1輪だけ買って、ジェンナの店を後にした。


「今度こそ、ジェンナの彼に会わせてね!」


 といつもの捨て台詞をはいて。


 ジェンナと仲良くなったわたしはコイバナをするところまでこぎつけたのだ。

 

 ジェンナの口から聞く恋人は、誰?といいたくなるような美化されたサンスだった。

 「貴族のお屋敷で庭師をしているの。」ていっていたのでサンスに間違いないだろうけど、知ってる?あなたの恋人とわたし、何回もキスをしてるのよ?て口が滑りそうになることもしばしば。


 いけない。ジェンナはいいこだからこんなこと言って傷つけちゃだめ。キスのひとつやふたつ減るもんじゃないでしょって本心ではおもってるけど世の中の常識はちがうんだから。



 母様へのお土産も買ったし、せっかくの花が萎れてしまう前にお屋敷へ帰ろう。

 

 

 今日は貴族院はお休みなので午前中からお忍びタイムを謳歌している。


 ちなみにメイドさんたちには「体調がわるくて今日は寝てるから部屋に入らないで。」とことづけてある。飲み物も介抱も母様がしてくれるから一切不要と。

 なので私たち親子はわたしの部屋でふたりきりのはずなんだけど、わたしは城下町へ、母様は今日はルイスとのイチャイチャタイムだ。

 お父様にバレないように気を付けてね。


 今日は時間に余裕がある。

 だけどジェンナにもあったし、食べ歩きもした。


 せっかくだけど、することもなくなっちゃったし屋敷へ帰ろう。

 

 そう思い歩き出すと、今日はお下げにしていた片方がグイッとしたのほうにむかって引っ張られた。

 「いた!」と声を出したわたしだったが、バランスを崩したわたしをなんと受け止めてくれたひとがいた。


 トスン、とその人の胸板に頭をぶつける。


 この胸は男性ですね。


 なんだかデジャヴだわ…。


 それにしても、誰よ!いきなり髪を引っ張る奴は!なんて心のなかではわたしの髪を引っ張った犯人に悪態をつきながらも、わたしを支えてくれた人に「すみません」と声をかけて上体を起こした。


 そのときに財布の入っているポケットを右手で確認するのも忘れない。

 わたしは学びました。



「へえ?今日はちゃんと声が出るんだな。」


 そんな声が頭上から聞こえた。


 ええ、ええ。予感はしていましたよ。

 受け止められたときに香ったなんだか懐かしい匂いに、最近この匂いかいだなーって。


 その声も忘れていたけど、ていうか忘れていたかったけれどたった今思い出してしまいましたよ。


 そーっと目線だけをすこし上に上げれば、バチッ!と茶色い瞳と目が合ってしまった。


 まあお久しぶりねスリ男さん。


「………」


「やっと見つけたぞ、コラァ」


 青い顔で固まるわたしに対して、スリ男はニヤ~と絶対何かを企んでいるような顔をして笑った。


……これは、逃げるしかない!!!


 ごめん!母様!ジェンナ!



 右手に持っていた先程買ったばかりの百合の花をそいつの顔目がけて思いっきり叩きつけたが、すぐさまでてきた大きな手にバシッと横に弾かれてしまった。


 ぐしゃりと音をたてて地面に落ちる花。


 だけどそんなもの気にもとめずにくるりと振り替えって駆け出そうとしたが、がっしり腕を捕まれてすぐに男のもとへと引き戻された。


 だけどここは大通り。

 叫べばきっと誰かが助けてくれる。

 そう思って大きく息を吸ったときに鳩尾を思いきり殴られ一瞬息が止まった。


 そしてそのあとすぐに込み上げてくる吐き気。

 …やばい、はく。


「兄ちゃん、さっさと移動しないと!」


「ベニーやりすぎだ。こいつ女だぞ?」


「だけどこんなところで騒がれちゃ困るだろ!さ、兄ちゃんはやく!」


 何やらわたしを挟んで兄弟喧嘩をしているようですが、わたしの鳩尾を殴ったのはお前かちびすけ。ゆるさん。


 帽子を目深にかぶった少年は、はやくはやくと兄を急かし、それにしぶしぶといったかんじでスリ男がずりずりとわたしを引っ張っていく。


 ぐったりとスリ男に寄りかかって歩くわたしはきっと体調が悪い人に見えたのだろう。みんなが道をあけてくれる。


 ちがうのに!この人たちは悪いやつです皆さん!


 そしてとうとう人混みからそれた場所に行き着いてしまい、さらに裏道に入りどんどん奥へと歩いていく。

 がやがやと騒がしかった大通りから遠ざかり、バケツが転がるような音や、ネズミの鳴き声。何の音かわからないような雑音しか聞こえないような場所へとつれてこられた。


 人気のないその場所に、最悪な想像をしてしまい、自然と顔が真っ青になる。これは本当に危ないかもしれない。

 もしかしたら仲間のところにつれていかれるかも。


 そのころには鳩尾の痛みがまだあるものの、走り出そうと思えば走れる。


 逃げるタイミングを見計らってまだダメージを受けているフリをしていたとき、トンと何処かに座らされた。



「おい、大丈夫か?」


 大丈夫かじゃねーよ。このやろう…。


 どうやら横になった小汚ないドラム缶の上に座らされたらしいわたし。

 目の前にはわたしの顔を覗きこむスリ男と腰に手を当ててふんぞり返っているくそがき。


 うつ向いていたまま、目線だけを上げてジロリとふたりを睨み付ければくそがきのほうが「自業自得だろ」と鼻でわらった。



「何?この前の仕返しのつもり?あれは悪いのはどう考えてもあなたたちでしょ?」


 わたしは自分のものを取り返したただけよ。

 そう言ってしくしく痛むお腹を押さえた。



「…お前、無防備だぞ?前にも言っただろ?ボーッとしてたら連れ込まれるぞって。」


「連れ込んだ本人が何いってんの?」


「だからこんなに簡単に連れ込まれてんじゃねーよ!俺たちだから良かったものの他の奴らなら間違いなくどっかに売り飛ばされてるぞ!」


はあ?


 そういう顔をしていたんだろう。スリ男がイラッとした顔をした。いや、それはこっちなんだけど。

 どうしてわたしは鳩尾を殴られて、人気のないところに連れ込まれ、そしてその連れ込まれたことについて怒られているんだろう。しかも連れ込んだ本人に。意味がわからない。


 すると今まで敵意丸出しでこちらを見ていたくそがきのほうが「感謝しろよ!」と声をあげた。ますます意味がわからない。



「お前、ここらじゃたちのわるい奴らに目を付けられてたんだ。俺と兄ちゃんがお前を連れ出さなきゃ間違いなく今頃あいつらに連れてかれてたぜ?」


 だから感謝しろよ!と指をさされた。


「ゴズたちがこそこそしてたのをたまたま見つけたんだ。そしたらその視線の先にこの前俺の息子を粉砕しようとした奴がいるじゃねぇか。いつもは見なかったことにするがなんとなく後味が悪いからな。仕方なくだ。」


「俺はほっとこーぜっていったんだけど、兄ちゃんが言うこときかないから仕方なく手伝ってやったんだ。」


「余計なことを言うなベニー!」



 なんだかよくわからないけれど、この二人はわたしのことをどうにかしようとおもっているわけではないらしい。

それならわたしの鳩尾を殴る必要はあったのかしら?


 事実は確かめようがないけれど、この二人の言い分によるとわたしを危ないやつらから助けてくれたと言うこと?


「…とにかく、どこの箱入り娘かは知らねーけどそんな小綺麗な見た目で一人で来るのはやめとけ。」


「…小綺麗?」


 そう言われて、自分の服装を見下ろした。

 

 そうか、母様に貰ったワンピースでもやっぱり目だってしまうのか。

 やっぱりもうちょっと城下町に馴染むような格好にならなくちゃ。


 新たなる課題ができた。


「そう、とりあえず助けてくれたのね。どうもありがとう」


 鳩尾を殴ったのは許せないけど、わたしも礼儀知らずではない。

 お礼を言ってお腹を庇いながら立ち上がった。

 助けてくれたことに免じてくそがきは見逃してあげるわ。



「それじゃあ、もう大丈夫よね?わたしは帰るから。」


 正直ここまできた道のりはあやふやだけど、適当に歩いていればそのうちつくでしょ?

 そう思い歩きだそうとしたところで、再びがしりと腕をつかまれた。


「……まだなにか?」


 訝しげに腕をつかんでいるスリ男を見上げると、その顔をしかめられる。なにそれ失礼。


「…いや、その」


「兄ちゃんはお前の名前が知りたいんだってさ」


「そんなこと言ってねえよ!」


「…じゃあ、何なの?」


「いや、だからその、」




 だからなんなんだよ!!!




 歯切れの悪いスリ男にわたしの眉間のシワがよる。


「何もないなら手をはなしてもらえると嬉しいんだけど。」


「あ、あぁ」


 そう言ってようやくゆっくりと腕を離してくれた。スリ男の隣で「兄ちゃんって案外奥手だよなー!」とやれやれといった感じでため息をついているくそがきがいるけれど。そしてスリ男に殴られた。



 わたしは少し迷ったけれど、小さな声で「…ロゼよ」と呟いた。


「あ?」


 だけど聞き取れなかったみたいで柄悪くききかえされた。


「ロゼ!わたしの名前よ!」


「あ、あぁ」


「………」

「……」


「で?」


「は?」


「は?じゃないでしょ!わたしが名乗ったんだからあなたたちも名乗りなさいよ!」



 どうしてわたしがこんなにカリカリしなきゃいけないの?もうやだ!ヒステリックなキャラはアンジェラだけで充分なのに!


 アンジェラを模範したかのように腕を組んで相手を睨み付けていると、向こうもやっと意味を理解してくれたらしい。

 少し間をおいてから


「俺はバリー。こいつは弟のベニーだ。」


とようやく名乗ってくれた。





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