お呼びだし
「最近頻繁に抜け出しているんですって?もう、ロゼったら悪いこね。」
母様とのお茶の時間。
母様のお部屋でのお茶会は、メイドには席をはずしてもらっている。
くすくすと楽しそうに笑う母様のその美しい笑顔を見ているのはわたしだけだ。あぁ、なんて贅沢な空間なのかしら。
「花街とはやっぱり全然違うけど貴族の生活よりはずっと楽しいわ。母様だってそう思っているから抜け出していたんでしょう?」
所詮わたしたちにここでの窮屈な生活は合わないんだ。
そう母様に同意を求めるかたちで返事をしたつもりだったんだけど、母様は笑みを返すだけ。
母様やわたしみたいな花街生まれの娼婦は、借金があって身売りをしてきたわけではないのだから、娼婦を強制的にやらされることはない。
だけど、選択肢としてはほとんどの女たちが娼婦になり、店とその店で働かせてもらうための数年単位で契約を結ぶ。
娼婦をやめる場合は、契約期間中だった場合は違約金とわたしたちの商品としての値段を払わなければいけないが契約更新時ならばそこまで高くはない解約料を払えばわりと簡単にやめられる立場ではある。
衣食住があり、共に育った家族があり、欲求も満たされる。たちが悪い客もいるが、そんな客はガイルさんたち男衆が追い出してくれる。
ここをでて知らないところへ行くなんて、そんなバカなことをするひとがいる?
わたしたち花街生まれの考えとしてはそんなものだ。
だというのに、貴族というものはとてつもなくお堅くめんどくさい。
人目をつねに気にしなければならないストレス。
きっと、生まれながらにそういう環境であったならば、こんな贅沢な生活はないと思えるのかもしれないけど、贅沢のしかたが花街とは少しずれている。
着飾れば自分が美しいと思っている上部だけの淑女。
見て?簡素な服でも美しいわたしの母様を。おまけに何も身にまとっていない姿はさらに美しい。
「母様こそ、ルイスと随分懇意にしているみたいだけど、くれぐれもお父様に見つからないように気を付けてね?そうなればルイスが…」
「わたしよりあなたが心配よ?ロゼ」
「…わたし?」
わたしが首を傾げると、頬に手をあてて困り顔でため息をつく母様。わかっていないわね?と言わんばかりの顔だ。
「あんなにお気に入りで毎日ちょっかいをかけにいっていたサンスを放っておいて、今は同じ護衛の子ばかりと会っているらしいじゃない。」
「な、なんで母様がそんなこと…」
知ってるの?
最後までわたしが言う前に、母様は「秘密」と人差し指をたてて笑う。
ルイスかな?いや、ほかにも母様のお手つきの使用人が?
おかしいな。
ここはお父様がわたしや母様に男を近寄らせないために使用人は女ばかりのはずなのに。
護衛は本館と離れをおなじ騎士がしているので、男もいるけれど、わたしたち個人を護衛しているわけではないので、遠目に見かけることはあっても、彼らとそうそう関わることはない。
まあ、自分から関わろうとしない限りは…。
「だめじゃないロゼ。片寄れば蔑ろにされた方がおもしろくないわ。切るなら切るできれいなかたちで終わらせないと、あとからめんどうくさいことになるわよ?満遍なく愛すのが一番だけどね?」
「…だけど母様?サンスは城下に恋人がいるのよ?」
確かに素で話せるサンスは、わたしにとって大切な存在だけど、どちらかというとスキンシップ過多なわたしを邪険にする傾向がある。
わたしを女としてはみていなさそうだから、焼きもちをやかれたりとかもなさそうだけど。
そういったことを母様に伝えたけれど、母様は仲のいいままでいたいのなら急に態度は変えてはいけないと言った。
「それにね?ロゼ。たまに息抜きに行くのはかまわないけれど、あまり城下に馴染んじゃダメよ?あなたはもうコーグリッシュ侯爵家の娘なのだから。」
「…それを母様がいうの?」
「あら、わたしは所詮侯爵様に囲われている平民の愛人よ?貴族じゃないわ。貴族の娘であるあなたとは違うのよ?」
いつもと何も変わらないような笑顔で首を傾げる母様。
いつもならその笑顔に心が安らぐところだけど、今まで必死になれない生活に我慢してきて、それでようやくみつけた息抜きすらも咎められたわたしは、母様に対して苛立ってしまった。
母様のことは尊敬している。
今まで母様の言っていることに納得できなかったこともない。
だけど、これに関しては納得できない。
「………わたしは、別に貴族になんてなりたくなかったのに?」
わたしはあのまま花街で母様と花街のみんなと一緒にいられればそれでよかったのに。
いつもわたしの話をにこにこしながら聞いてくれる母様の笑顔に腹がたったのははじめてかもしれない。
わたしはたくさん我慢している。
夫人の厳しい淑女教育も、母様がお茶をのんだり男のひとと遊んでいる間も文句をいいつつもやっていた。しゃべり方も態度も花街にいたころとは違うものに変えた。
行きたかった城下町にだって母様はわたしに教えてくれないで一人でこっそりいってたじゃない。
わたしがここでの暮らしを嫌がっているのをしってたくせに抜け駆けしてたじゃない。
「お父様と母様が勝手に決めてつれてきたんじゃない。それなのに、母様は好き勝手して、わたしには貴族らしくしろだなんてずるいわ!」
そう言って勢いよく席から立ち上がったわたしは、生まれてはじめて母様に歯向かった。
ガシャンっとテーブルにのっていたカップが音をたてる。
わたしが母様を睨みつけているというのにそんなわたしをみて頬に手をあてる母様は全く意に介した様子もなく続ける。
「ロゼがいやって言えばいかなかったのに。」と。
よく言うわ!!!
そんな暇さえ与えてくれなかったくせに!
女将さんに呼ばれて母様のところにいけば、もうドレスに着替えさせられてダンたちにお別れすらさせてくれなかったじゃない!最初からわたしの意見なんて聞く気がなかったくせに!
カッカと頭にどんどん血が登っていくのがわかる。
母様に対してこんなにも苛立つ日がこようとは。
悪気があっていっているのか、悪気がなくいっているのかつかめないところがさらに苛立つ。
母様のことだ。もしかしたらいきなり自分に対して怒りだしたわたしにわざと煽るようなことを言っているのかもしれない。
優しく見えてやられっぱなしの母様ではない。
これ以上ここにいても何を言われようときっと今のわたしは怒り以外の感情は持てない気がする。
せっかく楽しいお茶会になるはずだったのに、もうこれ以上はここにいたくなくて、わたしは母様に「もう今日はお開きにしましょう!」と言い捨ててそのまま母様に背を向けて扉へとむかった。
むかつく!むかつくむかつくむかつく!
確かにわたしだって母様とは離れたくなかったし、ついていくことに文句は言わなかったけど!だからって話し合うことすらさせてくれなかったくせに!
どんなときでも屋敷のものの目があるときは淑女であらねばならない。でなければメイドに報告されるからだ。誰にって?メヒュー夫人に。
淑女らしさはわすれず、しかし苛立ちは隠しきれずいつもより歩む足並みは荒々しい。
母様にあまり頻繁に城下町へはいってはいけないと言われたばかりだけれど、そんなの知るか!
わたしは行く!
当て付けと言わんばかりに急いで部屋に戻りいつも通り母様からもらった服に着替える。
しかし母様にもらったその服を着なければ外へはいけないというその事実さえも何故か苛立つ。末期だわ。
ワンピースをきたあとに上からショールをはおり、屋敷の人気のない道をこそこそと歩く。
本当、ここの屋敷は使用人の人数が少なくて助かる。
屋敷の門のところまできたけれど、今日は思い付きで咄嗟に行動してきたものだから見張りの護衛はルイスでもジャスパーでもない。
困ったわ。
見張りは二人。
二人を同時に色仕掛けするのは少しリスクが高い。
…ここは諦めた方がいいかしら。
もしここで無理矢理突破できたとして、お父様にバレて二度と城下町にいけなくなるようなリスクはおかせない。
感情的に行動してしまったけれど、少しずつ冷静さをとり戻りしてきた。
せっかく着替えたけれど、部屋に戻ろう。
そう思い、くるりと振り返ったときに、ある人物とバチリと視線が絡み合ってしまった。
「………」
「…お嬢様?こちらで何をしておいでで?」
「…ええ、ちょっと」
ほほほ、といつも通りに笑ってみたが、相手の視線はゆっくりとわたしの着ているワンピースへとうつった。
「その、お召しのものはどうされたのですか?」
「…ええ、ちょっと」
ほほほ、ほほ
「……お嬢様?」
「………」
相手の眼力に耐えられず、思わずス…と視線を外す。
その人物は眉間に大きくシワをよせて、そして大きく息をはいた。
「この事は、旦那さまにきっちりご報告させていただきます。」
黒髪のメイド長はそう言ってわたしが言い訳をのべる暇も与えずに振り返り姿勢よくさくさくと歩き、さっていってしまった。
さっそくお父様に告げ口をしにいくのかもしれない。
あああなんでよりにもよってメイド長!
…終わったわ。なんて短かったのかしらわたしのお忍び生活…。
感情的になって行動してしまったわたしがうらめしい。
とぼとぼ重い足取りで自分の部屋へと戻りいつものドレスに着替えて落ち込むわたしは、ゆっくり息をつくまもあたえられずにすぐにお父様に呼び出された。
わたしを呼びにきたのは先程のメイド長。
なんて仕事のはやい。
メイド長は、厳しい顔つきで「旦那さまがお呼びです。本館へと参りますよ。」と言った。
まさかわたしが本邸に足を踏み入れるだなんて…。
メリッサ様に会いませんように。
別邸と本邸をつなぐ通路をメイド長の後に続き歩く。
その通路に面した2つの屋敷が共同する広い庭。
アドニスお兄様を見送るときはよくここを通るけれど、わたしがこれ以上先へと進むことはない。
いくらお父様の娘とはいえ、わたしは愛人の娘なのだ。
メリッサ様にとっては娘でもなんでもなく他人。
そんな娘が我が物顔で我が家に出入りしたら嫌だろう。
別に、わたしは本邸への出入りを制限されているわけではないけれどやっぱり好んでこちらがわには来ようとは思わない。
ああ、嫌だ。
現実逃避をするために綺麗にととのえられた我が家の庭へと視線を向ける。
いい仕事してるわね、うちの庭師は。
…サンスもこれに加わってるのかと思うと、彼にも少しは見直すところがあると言うものだ。
そんなことを考えていると、遠目になんとそのご本人がいらっしゃるわ。
サンスはこちらに気がつく様子もなく、木にのぼりかたちをととのえている様子。絶賛お仕事中だ。
前までは毎日のように時間があれば構いにいったものだけど、城下町にいってからは確かに全然しゃべっていない気がする。
わたしが屋敷から庭にでない限り、サンスのほうからはわたし会うこともできないだろう。わたしが庭へとサンスに構いにいっていたからこそ繋がっていた縁なのだ。
最近こなくなったわたしに寂しく思ってたりしてくれたのかな?
…いや、母様にも言ったけどあいつにはジェンナがいるんだったわ。
たいして気にもしてないわね…。
ふ、と自重気味に笑えてきて庭から視線をはずした。
そしてからだが拒否反応を示す本邸へと足を踏み入れたのだった。




