城下町
馬車の停留所があったのは城下町でも賑やかな大通りだった。
わたしたちが馬車からおりると、その馬車は折り返しそのまま貴族街へと向かうらしく、おりる人数が6人に対し、貴族街へと折り返す馬車にはゾロゾロとたくさんの人がのっていく。
買い物帰りなのか、たくさんの荷物を持っている人が多い。
「ありがとうございました。」
そう御者にお礼を言って、乗る人の邪魔にならないようすぐさまそこから移動する。
少し歩けばすぐに人にぶつかりそうになる。
なんて人が多いんだろう。
淑女ならば気になっても絶対にしてはならないことだけど、今はわたしは庶民。田舎者みたいにキョロキョロとあたりを物珍しそうに見回しながら歩く。
そんなことをしているものだからすぐに人にぶつかってしまう。
「お嬢ちゃん、よってきな!」
そう声をかけてくれるたくさんのお店。
わたしは貴族の令嬢なのでお金持ちではあるけれど、残念ながら金銭はいつも使用人が支払うのでわたしが持ち歩けるようなお金はない。
気になるな~と思ったとしても買えるものなんてない。
すなわち本日は見て回るだけ。
だけどそれだけでもとても楽しい!
小綺麗な服をしているものだからお店の人たちは積極的に声をかけてくる。
もし、本当に何かほしくなったときのためにポケットに赤い刺繍のされたポーチを忍ばせてきた。
中身はアクセサリーボックスの中にあったピアスだ。中でも安っぽそうなのを見繕ってきたけれどそれでもおそらくなかなかの値段がするのではないだろうか。
わたしのためにお父様が揃えてくれたものを簡単に売ってしまうのはどうも忍びない。母様なら、貢ぎたくて貢いでいるのだからもらったあとは好きにしていいのよ。だなんて言うかもしれないけど、母様の場合は貢がれる量がわたしの比ではないので全部とっておくこと自体が難しかっただろう。
だから必要ないものは換金。ということになるのだろう。
お父様がわたしのために買ってくれたものなので、できることならば使いたくはないこのピアス。
スカートの上からぎゅっとポケットの部分をにぎり、存在を確かめた。
次に来るときはどうにかしておこづかいを手にいれよう!
そんな風にボーッとしていたのがいけなかったのかもしれない。
もう何人目かもわからないが、またまたドンッと誰かにぶつかってしまった。
向こうは走ってきたらしく結構勢いがあり、わたしはよろけて思わず転びそうになる。
「あ!」
これは痛い!そう思い、衝撃に備えぎゅっと目をつむったが、想像していた痛みはやってこなかった。
変わりに、背中に軽い衝撃と「おっと」という背後から驚いたような声が聞こえてきた。
「おい!気を付けろ!…大丈夫か?」
どうやら背中から転びそうになったわたしを支えてくれたらしい親切な人は、わたしにぶつかって謝りもせずに走り抜けていった少年に文句を言ったあと、わたしの顔をのぞきこんで気遣いの言葉をかけてくれる。
驚きから数回まばたきをして呆然としていたが、、すぐ目の前に同い年くらいの男の子の顔があり思わずかたまってしまった。
くすんだベージュの髪を後ろに撫で付けている、顔に所々かすり傷のあるやんちゃしてそうなお兄さんだ。そのままゆっくりと顔から視線を移動させてわたしの肩を支えている彼の手をみると、拳にケンカしたときにできるような傷。
うん、絶対がらが悪い。
コーグリッシュ家に来てからこの手の人間に会ったのははじめてだ。
花街にはガイルさんをはじめとするこういった感じのにい様がたが多かったから怖いとは思わないが、今のわたしの立場上、あまり関わり合いにはなりたくないタイプだ。
どことなく彼の体から匂ってくる煙の匂いも、花街にいたころは苦手だったはずなのに、久々に嗅ぐとなんだか懐かしい。
彼の言葉に返事をせずに固まるわたしにどう思ったのか、肩から手を離してくれた。
わたしが怯えてるとでも思ったのかもしれない。
ただどう反応しようか迷っていただけだけど。
「可愛い顔してんだからあんまりボーッとしてるとさらわれるぞ。」
まだなにも答えてないけど、そういって「じゃ、気を付けろよ」と親切にも立ち去ろうとしている彼にとりあえずこくりとだけ頷いておいた。
お礼ぐらいはいったほうがいいかもしれないけど、礼なら体で…なんて言われたらたまったもんじゃない。いや、今の感じからしてそんな人ではないと思うけど、過去にいた。そんなことをいう奴が。
ポレットにい様とか。
人が密集しているのに慣れないとな。みんなはどうしてるのかと見回せば華麗に人をよけながらサクサクと歩いている。すごい。
城下町がどんなところかもなんとなく掴めたし、そろそろ帰ろうかな。馬車の時間まではまだしばらくあるけどこのままだと迷子になりそうだ。
はやめにいって行きの時のように何かハプニングがあっても遅れないようにしよう。
そう思い、短い時間だったがにぎやかな城下町を堪能したわたしは馬車乗り場に向かうためにあるきだした。
念のために持ってきたけど、やっぱり使わなかったな…と再度スカートの上からポーチを確かめて
「ん?」
と首を傾げる。
そして何度も何度もポケットのある部分を叩き確認する。
しまいにはポケットの中にまで手を突っ込んでみたが、ない。ないのだ。ほんのついさっきまであったポーチが!
なんで!?落とした!?
そう焦って思考を巻き戻しているとすぐにおもいあたる。
「やられた!すられたわ!」
走ってぶつかってきた少年。そしてそれを支えてくれた男の子。
何回もいろんな人にぶつかってたけど、ポケットを確認したあとすぐに接触したのはその二人だけのはずだ。
どっちだ?と考えたけど、ぐるな気がするとわたしの感がいっている。
なぜならポレットにい様とジャンにい様が似たような手口を使って花街の客からお金をすっていたからだ。
あの悪童ども。こういうときに役に立つ。もちろんそのあといけないお小遣い稼ぎがばれて、ガイルさんにボコボコにされていた。
そうとわかれば追いかけなければ!ぶつかってきた少年のほうはよくみてなかったしすぐに見えなくなってしまったから見つけるのは難しい。
だけど、あのお兄さんならついさっきだからまだなんとかつかまえられるかも!もう!親切ぶっても見た目通りのやんちゃ男だった!
すぐさま、あの人が歩いていった方向目掛けて走る。
無意識によく観察しておいてよかった!今ならまだはっきりと特徴を覚えている。
いない、いない、……いた!
後ろ姿だが、それっぽい人物を見つけた。頼むからその人であってほしい。
そっと少しずつ距離をつめていると、もう手を伸ばせば手が届く!てところで一本横の細い道に彼は入ってしまった。
「あ!」
慌てて人を避けてその路地を覗き込むと、そこは一気に人通りが少なくなる。
なんとなく薄暗いし、これは女子ひとりではあまり入らない方がいいかもしれない。
どうしよう…。
だけどその先には彼の悠々と歩く後ろ姿がある。
ピアスごときと諦めるのか、いや、目の前に獲物がいるならからなければ!
彼が奥の方にいききる前に、わたしの声が大通りに届く距離にいるうちに奇襲をしかけなくちゃ!
そう思い、過去最速かもしれないスピードでわたしは猛ダッシュ。
そしてそのままの勢いで思いっきり体当たりした。
「うおおお!?」
ズザアアアア!
そんな音とともになかなかにふっ飛んでいったスリ男。
わたしも多少なりともダメージを受けたが、すぐに態勢を立て直して彼が起き上がる前に男に駆け寄った。
彼も彼ですぐさま、起き上がろうと肘をついて上体を起こしていたが、上体を起こしたままピタリとその動きがとまった。
ふふふふ、わたしの方が早かったわ。
「…おい、どういうつもりだ?」
そういってわたしを睨みつつも、チラチラとある場所を気にしている。
自分の股間の上に置かれたわたしの片足に。
「どういうつもり?それはこっちのセリフなんですけど。わたしから盗んだポーチを返して。」
「ポーチ?知らねーよ!」
「知らないわけないでしょ?あんたかあのぶつかってきた子、どっちが持ってるか知らないけどさっさと渡しなさい。…じゃないとこれ、使い物にならないようにしてやるから」
グッ…と足に力を入れると、痛みからか、スリ男が小さく呻き声をあげた。
「な、なんの証拠があって俺達だって思うんだよ。」
「今俺達っていった?じゃああのこと顔見知りってことは確定ね、はい。犯人あんたたち。」
さあさあさっさとよこせと手をヒラヒラ動かすと、しまった!という顔をする。…こいつ、きっとバカだわ。
「ねーよそんなもん!」
「ねーよじゃねーよ。ねえ、わたし、時間がないの。5つ数えるまでに渡さなかったら本気でつぶす。」
脅しのつもりで足に力をいれたり緩めたりしていたんだけど、なんだか足の下にあるものの感触が変わってきた気がする…。
やだ、硬くなってきたわ。変態がいる。
「いーち」
「なんだよ、さっきは声ひとつ出さなかったくせに。」
「にー」
「そんな強気なら、さっきありがとうの一言ぐらい言えただろ。」
「さーん」
「…おい、マジでねーよ?だからマジでやるなよ?」
「しー」
「おい、聞いてるか?おい!!」
無表情で数を数え続けるわたしに焦ってきたのかスリ男は無意味に両手をあげて降参ポーズ。
しかしわたしがもとめているものと違うので却下。
「…ごー」
その数字を数えると同時に思いっきり足を振り上げた。
顔を真っ青にしたスリ男がわたしが足をふりおろしきる間一髪のところで全身を捻ってわたしの足をよける。
ゴインッという音と、じーんと足に響く痛み。
「…………」
「チッ、避けるんじゃ、ない、わよ!」
「ほんとにやりやがった…」と呆然としている隙に、今度こそ!とまた足を持ち上げ狙いを定めて踏みつける。今度は放心していたせいで少し反応が遅れたらしい。これは的中ですね。と勝利を確信し、にんまりとしたとき、
「まって!まって!ポーチならここにあるから!」
慌てたその声が耳に入り、あわてて足を止めようとしたが、勢いをつけた足はもちろん止まらない。
「あ」
「ーっ!??」
元々の標的からは頑張って反らした。
反らしはしたけれど、スリ男の鳩尾を思いきり踏みつける結果となった。
「兄ちゃん!?!?」
泣きそうな顔をしてスリ男に駆け寄ろうとした帽子を目深に被った少年。たぶん、さっきわたしにぶつかった子だろう。なんだ、近くにいたならさっさと出てこいっての。
鳩尾を押さえて体を丸めて呼吸困難になっているのを横目に見て、その少年がスリ男に駆け寄りきる前にその子を無言で突き飛ばした。
スリ男に夢中でわたしなど眼中になかったその子は小さいだけあってあっさりとすっころんだ。
「っなにすんだよ!!」
「はやくポーチを渡しなさいよ。」
「踏んだくせに!約束と違うじゃないか!」
「5つは数え終わってた。潰さなかっただけ感謝してほしいわ。ほら、はやく。お兄さんが苦しんでるよ?」
はやくはやく、と右手をひらひらさせていると涙目で思いきり睨み付けながらポーチをわたしに向かって投げつけてきた。
このくそがき……。
投げつけたあと今度こそスリ男に駆け寄る少年。それを横目にわたしはポーチと中身を確認。
よかった、中身もちゃんと入ってる。
「兄ちゃん!大丈夫か!?」
「…な、なんとか…」
やだ。案外復活がはやい。
こんな人目のつかないところで、こんなけんかっぱやそうなひとに殴られたらひとたまりもない。
復讐される前に逃げなくちゃ。
さっさと二人から逃げるためにわたしは声をかけずにその路地裏から表の大通りに向かって猛ダッシュ。
「あ!!!」
と後ろから声が聞こえてきたが、もちろん無視します。
こわいこわい。あーこわい。城下町。
だけどまた来るけどね。
またしても時間を食ってしまったため馬車の時間はギリギリ。
だけど行きよりは余裕があり、走って馬車乗り場についたときには今きた人たちがおりてくるところだった。
わたしが走ってくると、乗るために並んでいた人のなかに、行きに馬車を止めてくれたおばさんがいた。
また走ってきたわたしをみて驚いた顔をしたあとに「もっと余裕をもって行動した方がいいわよ?」とアドバイスされた。今回は不可抗力です、はい。すみません。
こうしてはじめての城下町散策は終わった。
あ、ちなみに帰り、どうやって屋敷に入ったのかというと、なんと、屋敷にはいるための見張りのうちのひとりが行きにわちゃわちゃした騎士だったのだ。
なんという偶然。
もうひとりいたけど、彼は母様のお手付きだった。例のルイスだ。
つまりはルイス以外のやつをどうにかすればいいだけだったのだが、無事に帰ってきたわたしをみて、あからさまにほっとした顔をされた。もしかしたらわたしが心配で見張りを変わってくれたのかもしれない。
「ただいま戻りました。」
「…ご無事で、…ところで、焼き菓子はどこに?」
「あ」
「………」
「お、お金が、お金を持っていないことを忘れていましたの。」
私ってばうっかりさんね、うふふふ。
笑ってごまかしましょう。半目でじと~と睨み付けられているけど。
そしてルイスは「天然なところも母君に似てお可愛らしいですね」と頬を赤らめていた。わたしを通して母様を見るんじゃない。それに母様は全く天然ではない。だまされていますよ。
「…もうしないわ。心配かけてごめんなさい。」
そういって上目遣いで見つめながらそっと腕に触れた。
「…そろそろメイドたちが不信がります。はやくお部屋におもどりください。」
すっと、目を反らされた。照れちゃってかわいい。
「ありがとう。えっと…」
「ジャスパーと言います。ジャスパー・オルコット。」
「そう、ジャスパー。ありがとう…約束はわすれていないわよ?」
そう含みをみせて微笑んでから、わたしは人に見つからないように自室へと戻った。
ミッションコンプリートです。




