表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

枡園警部補の推理

  第7章・枡園警部補の推理



精神科医 滝川秀二の協力のもとに来栖健二の留置所内での数日間に及ぶ観察と精神鑑定が実施されたが、その間の来栖の人格はとても不安定であり、それは滝川とともに観察に携わった素人である向井刑事の目でしても明らかに複数の人格が混在しているように映り、本来の健二である時間は日に日に短くなっているように思われた。


そしてその後、来栖は身柄を警察病院に移され、専門医による頭部の精密検査が行われたのち、再び拘置所へと戻されたのである。


検査結果を待ちかねていたかのように、枡園が拘置所内に入っていくと、鉄格子の向こうでは、身体を丸めるように座り、壁を見つめ身動き一つしない来栖の様子を見つめる滝川医師の姿と、部屋の隅のデスクで何やらしきりにペンを走らす向井の姿があった。


「ご苦労様です。」


枡園が声をかけると滝川が振り返った。


「そろそろ来られるころだろうとお待ちしておりました。」


「先生、来栖の精密検査の結果は・・・?」


「はい、やはりあなた方がおっしゃる通り、来栖健二の頭の中には二つの脳が存在することが判明しました!」


枡園のこめかみがピクリと反応した。


「そうですか、やはり一枝は生きていたんですね!」


「ええ、こちらに写真レントゲンを用意しておりますのでどうぞご自身の目で確認してみてください。」


そう言って滝川が向井の方にちらりと視線を向けると、向井がコクリとうなずきデスクの上に置かれたシャーカステン(X線写真を見るためのライトボックス)の電源を入れた。


「警部補、こちらに来てこいつを見てください。」


シャーカステンの前には1枚のレントゲン写真が張り付けてある。


枡園が手招きをする向井の隣に腰をおろし、眉間にしわを寄せながらレントゲン写真のほうに身を乗り出すと、向井が滝川に言った。


「先生お願いします。」


滝川はコクリとうなずいた。


「枡園さん、先ほども言いましたようにこの写真では来栖の脳が二つ確認できます。」


言いながら滝川は、その写真の一部を指差して見せたのである。


「こちらが本来の来栖健二の脳です、しかし見てわかる通り、健二の脳はもうひとつの脳、つまり一枝と名乗る女の脳に押しのけられるように萎縮し始めております。」


「萎縮・・・? 健二の脳が小さくなってると言うのですか?」


「その通りです、それとは反対に一枝の脳は大きくなりつつあり、このままでは健二の身体が一枝に支配されるのもの時間の問題かと思われます!」


枡園はもみあげを触りながら眉間にしわを寄せた。


「一枝が健二の身体を支配!? しかし・・来栖健二は二重人格で、一枝とは別にもう一つ頻繁に現れてくる男の人格が存在するはずなんですが・・・・?」


その言葉に滝川は左右に大きく首を振った。


「いいえ! 来栖は解離性同一性障害・・・つまり俗に言う二重人格ではありません! もし来栖に男の人格が現れたのだとすれば、それは健二の中の一枝の脳が存在そのものを否定され虐げられ続ける心的外傷から逃れようとした結果、解離により個人の同一性が損なわれ、解離性同一性障害にかかって・・・・・」


 と、滝川がそこまで言った時だった、わけがわからないと言った表情で首をひねりながら困ったように向井の顔を見る枡園に、向井が言った。


「警部補! ようするに滝川先生がおっしゃりたいのは、ここに一つの身体を共有した健二と一枝という二人の人間が存在するとして、二重人格なのは健二ではなく一枝だということです!」


「なんだと、一枝が・・・?」


枡園はまるで向井を睨みつけるかのような目をして揉み上げをつまんだ。


滝川が言った。


「その通りです!」


枡園の表情がますます険しいものに変わった。


「では、浮浪者暴行事件の時、そして屋台での傷害事件の時に現れた男は、一枝の分身だというのですか?」


「そうです、その時の男・・・ややこしいので一枝にたいしその男を一男と呼びます。 全ての事件は一男が引き起こした事なのです。」


「う~む・・・! しかし先生、それだと秋葉と浮浪者6人はなぜ殺されなかったのかという疑問が残りますが?」


「そこが健二でなく一枝が2重人格であることの証ですよ、なぜならば2重人格というのは片方の人格が活動を始めるともう一方は眠っている形となり、意思の疎通はもちろんその存在そのものを知らないのが一般的です、しかし健二は男の存在はもちろん一枝の存在にも気付いていた、ですから健二の脳そのものには異常がないと言えるのです。  そして浮浪者事件の時暴れる一男を止めたのも健二の意思です、健二のなかの善の力が無意識に一男に働き掛け、その動きを封じ込めたのです! 秋葉の時もまた同じことが言えるでしょう。」


「健二の無意識の力? う~む・・・そうか、それで健二は何も覚えてないの一点張りだったのか!」


「はい、この写真を見る限りでは、何も覚えていないと言った来栖の証言に嘘はないと言ってもいいと思います。」


枡園は揉み上げをつまんだ。


「では先生、一男が凶暴な性格であるということは、その本体とも言える一枝もまた凶暴だと考えた方がいいのですね?」


「いいえ、それはちがいます。」


滝川はそう言って大きく左右に首を振り、枡園と向井の顔を交互に見ながら続けて言った。


「枡園さん、向井さん、お二人はビリーミリガンと言う男をご存知でしょうか? 彼も多重人格でした・・・しかも驚いたことに、なんと彼は24人もの人格を持っていたのです。 しかもその24人の人格は性格だけでなく、1人1人性別も年齢も言語までもが異なり、1人1人名前を持っていました。 そしてある日、そのうちの1人"フィリップ" が性犯罪をおこし逮捕されたのです・・・警察当局はビリーの多重人格を芝居ではないかと疑い、徹底した検査が行われましたが、真似できないようなイギリス訛りや、煙草を吸う人格などそれぞれの人格に入れ替わり、でまかせとは思えないものだったため検事間や弁護士、精神医学者には演技ではないと信じられました。  そして、結果は24人は全て別人であるとの見解が出されたのです! ですから一枝に現れた男の人格も一枝とは全く違う性格を持っているといえるのです!」


二人の刑事は顔を見合せたまま言葉を失っていた。


そこに “コンコン”


ドアがノックされ3人が振り返るとドアが開き、制服に身を包んだ婦警の青木雪乃が大きな目をくりくりと動かしながら顔をのぞかせたのである。


「失礼します、滝川先生にお客様をお連れしました。」


そう言って雪乃は後ろに立つ人物に手で合図を送ると、3人に再びお辞儀をして持ち場へと戻っていき、残された人物がそれと入れ替わるように歩み出た。


「あっ君は!!」


向井の口から驚きの声が漏れた。


入って来たのは紛れもなく、加島礼子だったのだ!


思わず顔を見合わせる枡園と向井に、礼子は深々と頭を下げた。


「刑事さん! その節は大変お世話になりました。」


突然のことに困惑しながらも、枡園は満面に笑みを浮かべて言った。


「おお、礼子さん! すっかり顔色も良くなって、元気そうじゃないか。」


「はい、おかげさまで。」


「そうか、それはよかった・・・ところで君がなぜこんなところに?」


枡園の問いに礼子の顔が少し赤らんだように見えた。


それを見て滝川が言った。


「枡園さん、彼女は私に昼食を持って来てくれたのです。 というのも、実はあれから色々と彼女と話し合い、私たち結婚することになりまして・・・!」


滝川は礼子の過去を知りながら全てを受け入れ求婚し、そして礼子もまた、その滝川のやさしさに触れ、共に生きる事を決意したのであった。


枡園の顔が今まで向井が見たことがないほどにほころんだ。


「そうですか! それはおめでとうございます。」


「いや~・・・礼子君とは親子ほどの歳の差があるもので、なんともお恥ずかしい。」


「な~に、そんな夫婦は今時わんさといますよ。」


にこやかに言いながら、枡園が礼子の前に歩み出た。


「礼子さん、良かったですね。 これからは先生と一緒に素晴らしい研究を続けて行ってください。」


向井も横から嬉しそうに笑いながら続けた。


「かすみさんのためにもね。」


二人の言葉に、礼子は照れ臭そうに笑みを浮かべ、大きくうなずいて見せた。


「はい! 刑事さんの期待を裏切るような真似は決してしません、色々とありがとうございました。」


そう言ってほほ笑む礼子の横顔を見つめながら、滝川が満面に笑みを浮かべ二人に頭を下げた時だった、眠っていた来栖が目を覚ましたのである。


ヨロヨロと立ち上がるその物音に気づき一同が一斉に振り返ると、鉄格子の向こうでは浅黒い顔の男が不気味な笑みを浮かべこちらを睨みつけていた。


滝川医師がゆっくりと近づいた。


「君はだれだ? 健二君じゃないね?」


そう言って鉄格子の方に身を乗り出したとき、突然男の腕が鉄格子の間から伸びたかとおもうと、滝川医師の胸倉を掴み物凄い力で引っ張ったのである!


その途端、滝川医師の頭が鉄格子に打ち付けられ "ガチャン" と激しい音をたてた。


“キャ~ッ・・!!”


部屋中に礼子の悲鳴が響き渡った。


だが引き寄せる力が強いためか、滝川はもがくだけで一向に離れない!


慌てた枡園と向井が滝川の後ろからしがみつき、引きはがそうと渾身の力で踏ん張ったが滝川の身体はびくともしない。


向井が男に向かって叫び声を上げた。


「この野郎、お前は一男だな? 先生を離せ!」


大声で叫ぶ向井の横で枡園が後ろでおろおろと立ちつくす礼子に言った。


「礼子さん! そこのデスクの上のボールペンをくれ!」


「あっ・・は・はい!」


礼子が手渡すと、枡園はいったん滝川の身体から離れ、鉄格子の向こうから掴みかかる毛むくじゃらの手の甲目掛けボールペンを突き立てた!


"ウグッ!!"


一瞬声を発したものの男の力は緩むことなく、鬼のような形相で枡園を睨みつけたかと思うと、右手の甲から真っ赤な血を滴らせなが空いている左の拳を、鉄格子の隙間からまるで電光石火の如く枡園の顔面に叩きこんだのである!


"グシャッ"


鈍い音とともに、枡園は声を発する間もなく後ろの壁まで吹き飛び、そのままバランスを崩しバッタリと倒れ込んでしまった。 あまりの衝撃に枡園はピクリとも動かない!


向井は枡園の様子を視線で追いながらも、グイグイと鉄格子に引き寄せられる滝川の身体から離れるわけにはいかなかった。


「あっ! 警部補・・・ くそー離せぇ~、その手を離しやがれこの化け物。」


毒づく向井に対して男はニヤリと笑うと、滝川を掴んだ手にさらに力を加えて来る・・・鉄格子に押し付けられる滝川の顔からは血の気が失せ、その口からはうめき声が・・・。


その時、礼子の悲鳴が再び部屋中に響いた!


「やめて~ 先生が死んじゃう!」


泣きながら必死にしがみつく礼子を見て、鉄格子の向こうで男の口から笑い声があがった。


「はっはははぁ、俺は誰にも止められん。」


そう言ったかと思うと、男はさらに口元を歪め、ぐったりと力が抜けた滝川医師に向かい、腹の底から搾り出すような声で言った。


「お前死ねぇ!」


その言葉を聞いた途端礼子が半狂乱となり大声で叫んだのである。


「やめて~ 放して~ お願い! 健二さ~ん!!」


泣きながら叫んだ礼子の声に男が一瞬ピクリと反応したような動きを見せた。


「ん?」


“うぐぐぐ”


何があったのだろうか? 男の口から声が漏れ、その途端一同を睨みつけていた鬼のような目が、何かを感じたようにキョロキョロと宙を泳いだかと思うと、滝川の胸倉をつかんでいた右手がプルプルと小刻みに震え始めたのだ。


男が見えない何者かに向かって憎々しげに言った。


「ま・またお前か・・・いつもいつも邪魔ばかりしやがって!」


男の手の震えはますます激しくなり、その一瞬の隙をついて向井と礼子が滝川の身体を渾身の力で引っぱった、その途端滝川の身体が男の手から離れ、3人は勢い余りバタバタとその場に倒れ込んだのである。


それでも男は狂ったように暴れ続けている。


「うぉ~っ!!」


鉄格子の向こうでは男が頭を抱えて真っ赤な顔で遠吠えにも似た声を上げ、一方では解放された滝川が息を吹き返し激しく咳き込んでいた。


“ゲホッゲホッ”


息苦しそうにしながらも滝川は目を開き、礼子がその身体に抱きついた。


「先生!」


向井も肩で息をしながらよろよろと立ち上がると、壁際で動かない枡園のもとに駆け付けた。


「警部補!」


その声に枡園が顔を上げブルッブルと左右に首を振った、思ったより怪我は軽症のようだ!


「警部補、大丈夫ですか?」


「あ・ああ大丈夫だ・・・しかしすごい力だな、一瞬角材でぶん殴られたのかと思ったぞ。」


言いながら枡園がハンカチで鼻血をぬぐいながら立ち上がると、礼子が滝川の弁当とともに持って来ていた救急箱から冷却パッドを取り出し枡園に手渡した。


「おお、これはすまない。 礼子さん、私は大丈夫だ。 それより先生を頼む、後は私と向井で・・・あなたは先生を連れて早く医務室へ。」


「はい!!」


枡園は冷却パッドを受け取り、殴られた右頬をおさえながら来栖にゆっくりと近づいて行った。

そして、注意を払いながら覗き込むと、鉄格子の向こうでは冷たいコンクリートの床にへたりこんだまま、健二に戻ったとみられる男がハアハアと大きく肩で息をしている。


滝川が礼子の肩につかまり部屋から出て行くのを見送り、枡園が言った。


「お前は健二だな? おかげで助かったよ礼を言う。」

 

来栖はよほど体力を使ったのか、疲れきった表情で枡園を見上げただけで何も答えない。


枡園は続けた。


「健二、鴨川公園での浮浪者暴行事件、そしてガード下でのチンピラ暴行事件が起こった時、お前は何も覚えていないと言ったな? 」


健二はうつむき、相変わらず何も答えようとしない。


枡園は冷却パッドをデスクの上に返し、再びポケットから取り出したハンカチで濡れた頬を拭うと、来栖に対し探るような視線を向けた。


「だがお前が何も知らないと言ったのは嘘だ! お前はお前の中に住む一男の存在に気づいていた、だがそれを認めたくなかったんだ。 ちがうか?」


来栖が顔をあげた。


「一男・・・? わからない。 ただ俺は、時々自分の身体が何者かに乗っ取られたみたいに、俺の意思とは違う動きをすることがあって・・・それが刑事さんの言う一男なのかも知れませんけど、俺は俺自身に何が起きてるのかわからず、ただこわくて・・・それで・・・」


「そうか、それは確かに不安にもなるだろう。 だがたった今お前ははっきりと礼子君の声を聞き、暴れる一男を押さえ付けたんだ。」


「えっ! 礼子さんの?」


「そうだ、礼子さんの声でお前は目覚めたんだ、そして暴れる一男を抑えつけたんだ。」


「俺が暴れる男を? あっ・・・そう言えば、さっき俺はどこかわからない真っ白い世界でフワフワと宙を漂ってるかのような感覚で、夢を見てるのか起きているのかさえ区別がつかない状態だった。 その時かすみの俺を呼ぶ声が聞こえて・・・ かすみの声で、それで俺は・・・」


「そうか、お前のは礼子君の声がかすみさんの声に聞こえたんだな。」


「あれは礼子さんの声・・・俺はかすみが・・・かすみが・・・」


来栖は唇をかみしめうつむいたまま、ぶるぶるとその身を震わせた。


「・・・来栖、お前は病気なんだよ!」


そう言って枡園は向井を振り返った。


「向井! 来栖に例の物を。」


言われて向井はデスクの引き出しから、以前青木雪乃婦警が来栖の生まれた病院から貰ってきたカルテ及び出生証明のコピーを取り出し、鉄格子の間から差し入れたのである。


「来栖! これはお前が生まれた時の記録だ、お前の頭の中には一枝と言う名の姉がいる。」


その言葉に来栖が衝撃を受けると思っていた二人の刑事の考えとは裏腹に、当の来栖は手渡された書類にチラリと視線を走らせただけで、驚くそぶりさえみせなかったのである。


そんな来栖に、枡園が揉み上げをつまみながら言った。


「どうした? あまり興味がなさそうだが、お前もしかしてこの事を知っていたのか?」


来栖は悲しげな目をして書類を枡園に返しながら言った。


「いいえ、はっきりと知っていたわけではありません、でも・・・」


「でも、なんだ?」


「俺がまだ村にいた頃、何度か耳にしたことがありました。 俺の頭には姉さんの脳が入ってると・・・」


「ほ~う、ではお前は一枝の存在には気づいていたんだな?」


「いいえ、今改めて刑事さんに言われ、その事を思い出したと同時に、時々俺の頭の中に響いていた女の声が姉さんの声だったんだと気づきました。」


来栖の答えに、枡園のこめかみがピクリと大きく反応した、と同時に来栖はまるで何者かに突き飛ばされたかのように頭を前後にガクンと動かしたかと思うと白眼を開けたままガックリとその場に気を失ってしまったのである。


突然の思いもよらぬ展開に、署内は一時蜂の巣を突いたような騒ぎとなり、来栖健二は警察病院へとその身を移された。


そして専門医の診察の結果、健二の脳が成長し続ける一枝の脳に圧迫されたことによるショックからの失神であるとの診断が下されたのである。



一方、枡園は殴られた顔面の手当てのため医務室にいた。


殴られた痛みをこらえていたせいか、治療中胸のあたりにムカつきを覚えたため担当医の勧めでしばらくベットで横になっていたのである。


そこに向井刑事が心配そうに現れた。


「警部補! キズのほうはいかがですか?」


「おお向井、私なら心配いらん、横になっていたらすぐに落ち着くだろう。 それよりお前のほうこそかなり疲れが顔に出ておるぞ、来栖につきっきりであまり寝とらんのだろう? 仮眠室にでも行ってしばらく眠ったらどうだ?」


「いいえ、俺は大丈夫です。 それより警部補、先生と二人で来栖から聞きだした話から今回の事件を俺なりにまとめてみましたので聞いてもらいたいのですが!」


「ほ~う! さっき留置所のデスクでなにやらメモっとったのはそれか?」


「ええ、いつどちらが現れるかわからないので、先生だけが聞いた話と俺だけが聞いた話、そして二人一緒に聞いた話を整理して、そこに俺なりの解釈を入れてみたんです。」


「ほう! 向井刑事の推理と言うわけだな。」


枡園はそう言っていたずらっぽく笑い揉み上げをつまんだ。


「いや~・・まあ推理まではいかないかもしれませんが。」


そう言うと向井は、上着の内ポケットから黒い電子手帳を取り、おもむろに電源を入れた。


「警部補、まずは公園浮浪者暴行事件についてですが、当時、来栖健二の頭の中で一枝の脳が成長過程にあったとおもわれます。 その一枝は成長とともに健二に成り代わり、表に現れようと考え、不定期ではあるが表に現れるようになりました、そのたびに健二は身に覚えのない嫌疑をかけられ、それにつれ徐々に生活が荒れ始め、その現実から逃れるため酒に溺れていたんです! 浮浪者に暴行を受ける健二と身体を共有する一枝は痛みを感じていたが、前日の酒が残っていたため、じっとこらえていました。 なぜならば一枝は異常なほどに酒を嫌うからです!」


「酒を嫌う? なぜそう言いきれるんだ?」


「誘導自己暗示です!!」


「誘導・・・滝川先生のか?」


「そうです、一枝が現れた時先生が誘導自己暗示・・・いや、正確には何やらCDからメトロノームのようなリズムを刻む音を聞かせ、暗示にかけたのだと言っていましたから、誘導自己暗示ではなく良くある催眠術と考えた方が正しいのかもしれません。 それでわかったことなのですが、分離手術を終えた健二がまだ小さかった頃、さきほど健二自身の口からも出ていましたが、近所の人たちの噂話を聞いています。 その噂と言うのが両親は部類の酒好きで健二が結合双生児になったのは両親の酒のせいだ、というものでした。」


「そんなことまでわかるのか?」


「はい! 先生の暗示は、本人の記憶の奥底にあって普段は全く思い出せない部分を引き出すのだそうです。」


「ほ~う!!」


枡園はベットに上半身を起こし揉み上げをつまんだ。


向井は続けた。


「その健二の幼少期の記憶が、結合した一枝の脳にも届いていたのです!」


「なるほど、酒のせいで結合双生児として生まれ、生まれながら戸籍さえも抹消されたことが一枝の酒嫌いの原因と言うわけだな?」


「その通りです、一枝は自身の存在を生まれながらに否定され続けた事と、酒のため自身の存在を殺し続けた事にストレスを感じ、そのストレスが解離性同一性障害の引き金となり、男の人格(一男)を生み出す事となったんです。 そんなわけで、一男は抑圧された一枝の怒りそのものであるため、狂暴な人格として現れ浮浪者を叩きのめしてしまったんですよ!」


「それを健二が無意識に止めたというわけか・・・!」


「そうです! 秋葉の時もガード下での暴行事件の時も同じことが言えると思います。」


「う~む・・・では滑り台の岸田杜雄は?」 


「はい!! それも一男が行ったことではないかと考えています。」


「なにぃ・・・一男が?」


「ええ、これまでの調べだと来栖健二は富士見会の経営する富士見ローンに借金があるようです。 しかし、仕事の無い健二からは支払いが無いだけでなく、連絡さえとれなくなり、そしてその取り立てを受け持ったのが岸田だったんです。 岸田が健二の居場所をさぐりあて、臨港苑に出向いたそのとき、健二の中に一枝が目覚めていたが、岸田の目には女装した来栖としか映らなかったんじゃないでしょうか? そして岸田の事を知らぬ一枝のはぐらかすような返事に岸田は怒りを露にし殴りつけた。 岸田に殴られ、まだ不安定な一枝の人格は一男へと入れ替わり、一男は岸田がヤクザ者だと知っているため、そばにあった果物ナイフで背中から一突き、ナイフは心臓に達した!」


「じゃあなぜ首を切断し、わざわざ危険を冒してまで公園の滑り台の上に置く必要があったんだ?」


「首を切り落としたのは一枝です!」


枡園が眉間にしわを寄せ揉み上げをつまんだ。


「ん!? なぜ一枝だと?」


「おそらく、岸田殺害後一男から一枝に再び入れ替わったのです! しかし目覚めた一枝の目の前には背中にナイフが刺さったままの岸田の遺体が・・・一枝は自分が殺したと思い込んだんです。  そして、処分しなければせっかく健二と入れ変わることが出来ても死刑になるかもしれない、そんな考えが頭を巡ったのだと思います、そして押入れにあったボストンバックに岸田の遺体を押し込んだ、しかしどうしても頭部だけが収まらない! そこで一枝は、臨港苑の今は使われていない浴室で頭部を切断!  頭部は怨恨を匂わせるため、口に天罰と書かれた紙を押し込み、紙袋に入れた。 そして遺体を公園の滑り台に遺棄すると一枝は臨港苑へと帰り、本来の人格来栖健二に戻りそのままガード下の屋台へ向かい、例の暴力事件に・・・。」


枡園の目が鋭く輝いた!


「向井! 今の部分は一枝の証言か? それともお前の考えか?」


「えっ・・・は・はい! 一枝の話に俺の考えを加えたものですけど。」


「じゃあ、お前が話したのが本当に一枝だったと言いきれるのか?」


「いや・・・そういわれると・・・!」


向井の報告に枡園は揉み上げをつまみ唸り声をあげた。


「う~む・・・では向井! もうひとつ聞くが、お前の言うように一枝が岸田の遺体を運んだとして、それは何のためだ?」


「えっ・・・ですから怨恨を匂わすために・・・」


そこまで言った向井だったが、ベットの上から突き刺すような視線を向けて来る枡園に思わず口ごもった。


「偽装のためか? ならどうしてあの公園なんだ? なぜ滑り台の上なんだ?」


枡園に言われ、向井は言葉に詰まった。


「いや・・・それは・・・」


「いいか向井、お前は先程岸田の首を切断したのはトランクに入らなかったためだと言ったな。 それと同じで、物事には全てにおいて何らかの理由と言うものが必ずあるものだ、したがって遺体が滑り台の上に置かれたのにもちゃんとした理由があるんだよ!」


そう言った枡園の目からは先程までの鋭さは消え、その目は心なしか悲しげにさえ見えた。


枡園の目から何かを感じた向井が言った。


「あの~ 警部補・・・もしかして貴方には犯人の目星がついているのではないですか?」


そう言って身を乗り出して来る向井に枡園は言った。


「まあな、しかしこれも仮説に過ぎんが、岸田を殺したのは一男でもなければ一枝でもない、私は犯人は来栖・・・来栖健二だと思うぞ!」


枡園の思わぬ答えに、向井は驚きを隠せなかった。


「えっ!! 健二が・・・」


「そうだ! 私は岸田の遺体が置かれていた滑り台の上に立ってみた、そうしたら何が見えたと思う?」


「滑り台の上から見えたもの? そうですね、俺も登ってみてるんですが、あそこは民家に囲まれていて、似たような建物が見回せるだけであとは東の方向に国道が走っていましたね、そのほかは特に気が付きませんでしたけど。」


枡園は眉間にしわを寄せ揉み上げをつまんだ。


「私が気になったのはその国道の向こう側に建っている白いアパートだ! あの公園のすべり台からは3階建ての白いアパートが見えた、そのアパートの名はメゾン・ド・ソレイユ・・・かすみさんと礼子君が暮らしていたアパートだよ。 岸田の首はまるで死んで行ったかすみさんに見せるかのような形で後ろ向きに置かれていた、そのことからみても、かすみさんへの罪滅ぼしに健二がやった事だと言えはしないか?」


「罪滅ぼしですか・・・」


「さっき健二は私に言われるまで自分の中の一枝の存在に気付かなかったと言った、しかしそれは奴の嘘だ! 健二は少なくとも取り立てのために岸田がやってくる直前には一枝の存在に気付いていたはずだ!」


「なぜそう言えるのですか?」


「それはたぶん、かすみが秋葉達に辱めを受けている様子を、たまたま一男と入れ替わった一枝が目撃していたんじゃないかと思う、その記憶を健二の脳に送ることで自分の存在と、かすみの自殺の原因を健二自身の目で見ていたかのように伝えたんだよ!」


「なるほど・・・たしか滝川先生も、一枝の脳の成長具合からみてそろそろ意志の疎通が可能だろうと言ってました。」


「うん、やがては互いの記憶が混ざり合い、健二の記憶を持つ一枝に生まれ変わるともな!」


「はい! そうか、それで健二が岸田を殺害し、かすみさんへ見せるためにわざわざあの公園の滑り台に・・・? ん? ちょっと待ってください警部補、それだと話がおかしくなりませんか? コンビニの防犯カメラの映像には黄色い帽子をかぶった女がはっきりと映し出されていたんですよ。」


「その女は自分の中の一枝の存在を知った健二が、一枝に成りすました姿だ。 かすみさんの黄色い帽子は一枝が・・・おそらく一枝がおしゃれをしたくてかすみさんの部屋から盗み出したのだろう。 それを利用したんだよ。」


「女は健二の成りすましですか・・・しかし警部補はどうしてそう思われたのですか?」


枡園の目の奥がきらりと輝いた。


「髭だ! 健二の髭だよ。」


「髭?」


「そうだ! 向井、お前は気付かなかったか? 留置所の中で健二が一枝と入れ替わったとき、その顔つきだけでなく髪もしなやかに見え、その口元からは髭どころかひげそり後まで消えてなくなっていただろう?」


「あっ! そうです、確かにその通りで、不思議に感じた俺が先生に尋ねたところ、健二と一枝の場合は人格が変わるのではなく脳そのものが入れ替わるため、女性ホルモンの影響で顔も体つきつきも変わり、そしてまた髭も見えなくなるのだとか。」


「私が言いたいのはそこだよ、健二が・・・いや一男がガード下の屋台でチンピラをたたきのめし逮捕された時、奴の髭はきれいに剃られていた。 だが青木君が目撃した時には人相がわからないほどに無精ひげを伸ばしていたそうじゃないか、それがなぜ剃られていたか? それは一枝ではなく健二自身が女に成りすますのに必要だった

からじゃないのか?」


「そうか! もし一枝が犯人なら浮浪者同然の健二が髭をそる理由がないですからね!」


「向井! 滝川先生が言うには、来栖が次に目覚めた時には健二ではなく一枝として目覚めるだろうって事だ、そうなるともう健二の記憶も一枝が持っているはずだ。 お前は一枝が目覚めるのを待って、一枝から私の今の話の裏付けを取ってくれ!」


「はい!」


力強い返事とともに向井が部屋を飛び出し、残された枡園は胸のむかつきに一人ベットで顔をしかめるのであった。



  つづく・・・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ