表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

目覚め

第8章・目覚め




警察病院の一室で、二日間眠り続けていた来栖健二の意識が回復したとの連絡があり向井刑事が駆け付けると、そこには一人の女が悲しげな面持ちでベットに座っており、複数の制服警官がその周りを取り囲んでいた。


枡園から聞かされた仮説を頭で整理しながら、意気揚々と駆け付けた向井刑事だったが、部屋に入り女と目があった瞬間思わずハッと息をのみ立ち止まってしまったのである。


"えっ!? まさか! これが・・・一枝?"


来栖健二が一枝として目覚める事は、滝川医師から説明があったものの、これほどまでに完璧に容姿が変わるとは思っても見なかったのである。


健二がまだ主導権を握っていたころに現れていた一枝は、良く見なければ区別がつかないほどの変化であったのだが、今、向井の眼前にいる一枝は、健二の面影こそ残すもののまるで別人の雰囲気を醸し出しており、天井から吹きおろす空調の風にその髪をしなやかにゆらし、透き通るような白い肌にほんのりと赤みを帯びた細い唇をキュッとむすんだまま向井を見つめていた。


向井は驚きを隠せないといった様子でゆっくりと一枝に近づいて行った。


「き・君は一枝さん・・・でいいのかな?」


女が向井の目を見てコクリとうなずいて見せた。


「君は自分がなぜここにいるかわかっていますか?」


今だ半信半疑のままの向井が尋ねると、そこで初めて一枝が口を開いた。


「わかっています!」


それは悲しげではあるがしっかりした口調だった。


その声に、向井はなんとか現実を受け入れる事が出来た。


「そうですか、それでは一枝さん! 今から俺の質問に答えてください。」


向井がそう言って電子手帳を開くと、一枝は相変わらずその目に悲しげな色を浮かべながらも、再び大きくうなずいて見せたのである。


一枝は向井が問い掛けるたび遠くに視線を移し時折目を閉じる。おそらく健二だった頃の記憶を自分自身の記憶と同期させているのであろう、それはまるで引き出しの奥の何かを探り出しているかのようだった。


一枝は協力的であり、向井の投げ掛ける質問に一つ一つと答えて行った、その結果枡園のたてていた仮説がほぼ的中していた事がわかったのである。


話終えた向井は、枡園警部補の洞察力に驚くと同時に、改めて尊敬の念がその胸に沸々と沸き上がって来るのを感じていた。



その頃枡園警部補は、胸に違和感を感じながらも屋上の喫煙所で一人街を見下ろしていた。


先日までクリスマスムード一色だった街も、今は正月の準備にせわしなく動き回る人々の姿で溢れかえっている。


その様子を視線で追いながら、枡園がゆっくりと煙草の煙りを吐き出したとき、入り口のドアを軋ませ中村課長が現れたのだった。


「まっさん、どうだい傷の具合は?」

 


「ん! ああ、まだ多少は痛みますが、どうって事はないですよ。 しかし人間、歳はとりたくないもんだな、若い頃ならこの程度の傷は一晩寝りゃケロッとしてたもんだがねぇ。」


そう言って枡園が中村を振り返ると、中村はくわえ煙草からユラユラと細い煙りを立ち上らせている。


枡園が中村の顔をしげしげと見つめながら言った。


「ん? あんたどうしたんだ、あれほど禁煙するんだと頑張ってたのに、もう諦めたのか?」


「えっ・・・ああこれの事か。」


中村はくわえていた煙草を右手でつまんで見せた。


「これは新しく買った禁煙パイプだよ! 中に電池が入っててな、吸ったら先に火がついてるように赤くなるんだ、煙りのように見えるのは水蒸気らしいぞ。」


「けっ! そうまでしなきゃ禁煙出来んなら禁煙なんて辞めとけ、健康のためかなんかしらんが、あんた百まで生きるつもりか?」


「まあそう言ってくれるな、私も好きで禁煙してる訳じゃないんだ、辞めないとカミさんと娘に責められてなにかと肩身がなぁ・・・・。」


「はははっ! 職場でも家でも辛い立場だな。」


「またっくだ! ところでまっさん、ここに来たのは他でもない、今向井から連絡があって・・・あっ、そうだ! あんたまた携帯の充電切らしてるだろう? 向井がいくらかけてもかからんとぼやいとったぞ。」


「ん? 充電? そんなことしるか、充電は向井がすることになっとるんだから・・・それより、向井は何と言って来た? 一枝から話しは聞けたのか?」


「ああ、一枝は思いのほか協力的で、投げ掛ける質問にもスラスラと答えてくれたそうだ。 で結果まっさん、あんたの読み通りだったよ!」


そう言った中村の言葉に、枡園は眉間にしわを寄せ揉み上げをつまんだ。


中村は続けた。


「しかしあんた相変わらず鋭い読みをするなぁ、向井も感心してたよ。」


そう言った中村の言葉が聞こえたのか聞こえていなかったのか、枡園はまるで興味がないといった表情で中村を振り返った。


「課長! 健二がコンビニのカメラに映っていたときに着ていた服は、やはり一枝が?」


「うん・・・一枝は女としてオシャレがしてみたかったんだ、帽子はもちろん、あのときの服も一枝がかすみさんの部屋からこっそり持ち出していたものだそうだ。 そして、あんたをりんこうあんの階段から突き落としたのも一枝だ! あのときはまだ一枝の脳が安定していなかったため、健二との記憶の共有も不完全だった、そのため一枝はあんたが健二を追ってる事を知らず、自分を捕まえに来たと勘違いしたんだ!」


「・・・そうか一枝がなぁ・・・」


枡園はやりきれないといった表情で再び街に視線を移した。


「ところで課長! 健二と入れ代わった一枝はこのあとどうなるんだ?」


「う~む・・・どうやら検察側は一枝と健二は同一人物とみなし、このまま健二で起訴までもって行くつもりのようだな。」

「何だと!? そんな馬鹿なことがあるか! 来栖の場合はただの二重人格ではなく、脳そのものが入れ代わってしまったわけだし、誰が考えても健二と一枝が同一人物なんて答えは出ないはずだ。」


「確かにその通り・・・その通りだとは思うが、とにかく我々は事件を解明しその詳細をまとめるまでか仕事だ、そのあとは検察側の判断に任せるしかない。」


中村が寂しそうにそう言ったとき、眼前に立つ枡園の身体に異変が起きた。


枡園は膝から突然力が抜けたかのようにその身体をガクンと沈めたかと思うと、目の前にあった屋上の手摺りにもたれ掛かり、腹部を押さえたまま苦悶の表情を浮かべたのである。


枡園の額には玉のような脂汗が光り、小刻みに震える唇はその色を失っていた!


「ま・まっさん!!」


くわえていたパイプを投げ捨て、中村が慌てて駆け寄ったと同時に、枡園は白目を剥きその場にバッタリと倒れ込んだのであった。



人格の安定した来栖一枝の事情聴取が正式な形で執り行われ、事件の全貌が解明した。


この前代未聞の出来事にマスコミは我先にと警視庁になだれ込み、建物の周りはテレビクルーに埋めつくされ、次々とたかれるストロボの光に顔をしかめながら、数十本と束ねられたマイクの前に中村課長が立つと、腕章を着けたレポーターが待ち兼ねていたかのようにバタバタと駆け寄ってきたのである!


「中村さん! 来栖健二は二つの脳を持っていると言うことですが、それは間違いのない事実なのですか?」


「今健二はどうなってるのでしょう?」「もう一つの男の人格は?」「一枝の中にまだ健二はいるんでしょう?」


次々と突き付けられるレポーターの質問に、中村は目を閉じたまま口を開こうとはしなかった!


中村のその様子に、騒がしかったレポーター達も次第と静かになり、そして数分後青木雪乃婦警が書類の束を抱え入ってきたのである。


「お待たせいたしました。」


雪乃の声に中村は目を開いた。


「ご苦労様。」


中村は雪乃の持って来た書類を一枚、自分の手にとりながら続けて言った。


「青木君、これをお集まりのみなさんにお配りしてくれたまえ。」


そう言ったあと、中村はエヘンと一つ咳ばらいをすると、レポーター達に向かい書類を指し示して見せたのである。


「えーみなさん、今回の一連の事件の全容についてはすでに警察から発表があった通りですので私の口からは何も申し上げる事柄はございません。なお現在担当刑事である枡園茂男警部補が体調不良のため、詳細については今お配りしている書類のほうにまとめさせて頂きましたのでそちらをごらんください。」


中村はそう言うと、せっせと書類を配る青木婦警の肩をポンと叩きニッコリと笑って見せた。


「じゃあ青木君! あとはよろしく!」


そう一言告げると雪乃にクルリと背を向けたのである。


「えっ! そんな・・・課長・・・困ります。」


慌てた雪乃がそう言って大きな目をクリクリと動かした時には、中村の姿はすでにドアの向こうへと消えていたのだった。




向井刑事は警察病院のロビーで枡園警部補を診察した担当医と話していた。


「先生、警部補の病気はいったい何なのですか?」


そう言って真剣な眼差しで見つめる向井に、担当医は鼻の下に蓄えた口髭を人差し指で撫でながら言った。


「向井さん、正直申し上げて、枡園さんには胃癌の疑いがあります!」


「胃癌?」


「はい、もちろん詳しく調べてみなければ断定は出来ませんが、枡園さんの現在の様子からみてかなりその可能性が高い気がします。しかも重度の・・・」


「そ・そんな・・・俺は警部補とほとんど一緒にいましたが一度もそんな様子は見られませんでしたよ。」


「そこなんです! 普通癌が進行して末期に近づくと、食欲を失うだけでなく激しい痛みが伴い、到底普段通りの生活を送るなんてことは不可能なんです。 しかし枡園さんは同年代の一般的な男性と比べても、捜査で駆け回っているうえ異常な痩せかたもしていないし、あなたを含む関係者の誰に聞いても、特別辛そうにしていた事はないと言うことでした、ですから私としてはそこに希望の光を置き、誤診である事を願っているのです。」


「そうですよ! きっとそうです。 警部補に限って癌だなんてありえません。」


「そう願いたいものです。」


「で先生! 詳しい検査のほうはいつ?」


「はい、明日の午後からの予定です。」


「明日ですか・・・元旦早々で心苦しいところですが、どうかよろしくお願いします。」


向井は担当医の目を見つめ深々と頭を下げた。


「それはもちろん・・・盆だろうと正月だろうと病気は待ってはくれません、私もこの仕事を選んだ以上そんな物には無縁だと心得ているつもりですよ。」


担当医はそこで一呼吸置き、持っていたカルテを開くと向井に言った。


「ところで向井さん! 枡園さんは御家族はいらっしゃらないのでしょうか?」


担当医の問いに向井はハッと息を飲んだ。これまで長く行動をともにしてきた向井だったが、枡園の私生活をまるで知らない事に気づいたのである!


"警部補の家族・・・いや、それどころか俺は警部補の出身地さえ知らない・・・"


言葉に詰まった向井を見て担当医は指先で口髭を撫でながら言った。


「そのご様子だとやはりご存知ないようですね。 御家族がおられるならお知らせしなければと思ったんですが、中村課長から広島の生まれで、中国地方の山村で育ったと言うことだけは聞かされているのですが、それ以外は誰も知っている人がいないのです!」


「そうですか、わかりました。 話してくれるかどうかはわかりませんが、俺がそれとなく聞いて見ます。 警部補とは今話せますか?」


「いえ、今はちょっと無理ですねぇ。」


「そんなに様態が悪いのですか?」


「いえいえ、その逆です。 点滴を終えて痛みが治まったとたん帰ると言って聞かなかったんですが、そこに青木雪乃婦警が来てくれて、宥めすかししてやっとおとなしくなったほど今は元気ですよ!  まあそれも薬が痛みを抑えてくれている間だけのことでしょうけど・・・しかし枡園さんは、誰が何と言っても苦虫をかみつぶしたような顔でまるでく耳を持たなかったのに、青木婦警の言葉にはやけに素直で、今は睡眠導入剤で眠っています。」


「そうですか、では明日の朝検査の前に少し話してみます!」


二人は互いに深々と頭を下げ、その場を後にしたのだった。


向井刑事が部屋を出た後、一枝は一人ベットで夢と現実の間で夢を見ていた・・・


田舎の村の神社の境内で10才くらいの子供が集まり、鬼ごっこをしている姿だ。 


ほほを真っ赤にした女の子が顔をクシャクシャにして笑いながら大声で叫ぶ。


「あははっ! こんどは一枝ちゃんが鬼だよ。」 と言うと、一枝は右手を大きく上に上げて 「みんな、境内から出たら出た人は負けだからね!」と、大声で叫んだ。


「い〜ち・に〜い・さ〜ん・し〜い・・・」 一枝が松ノ木の陰で目をふさぎ数え始めると、子供達は思い思いに身を隠す!  「・・きゅ〜う・じゅ〜う!   も〜ういいかい!」  


一枝が目を開け叫ぶ・・・「も〜ういいよ!」  あちらこちらから答える声が響く ・・・・


一枝は寺の境内を探して歩いた・・・縁の下を覗き、物置小屋を開けて見る。


1人見つける度に楽しげな笑い声が響く!  


日が暮れるまで遊んだ・・・・やがて、「かずえ〜!  かえっておいで〜 」 母の呼ぶ声が聞こえてくる!


その光景はかつて健二の体験した出来事だった。


眠っている一枝の顔に笑みがこぼれた。


健二の体験した様々な出来事が、まるで一枝自身の体験の如く置き換えられ、次から次へとうかんでは消えて行った!


どのくらい眠っただろう・・・目を覚ますと辺りは暗く、窓ガラスを通して明かりがまばらに灯ったマンションが見える!


一枝は思った。 “なんで私は生身の身体にこだわったんだろう?” “私にはこんなすばらしい思い出があるのになぜあれほどまでに・・・”


一枝は考えた挙句、自分の中に眠っている健二に語りかけた “健二・・・健二・・起きなさい! ”


健二が目を覚ます・・・“その声は一枝? どうしたんだ?   お ・ 俺は・・? “


一枝は “健二・・・この身体、あんたに返すわ・・・私はあんたとともに生きてきたんだもの、たくさんの思い出があるんだもの・・・身体なんていらない・・・・・” 


“ねえさん・・・もういいんだ! もうこの身体は姉さんの物になってる、今更もとには戻らないし、たとえ戻ったとしても俺は人殺しだ、このまま静かに眠らせてほしい。”


そういうと健二の声は聞こえなくなった!


“まって! だめ、たとえ私がこの身体を支配したとしても、私は健二として罰せられるはず。 だったら健二、あなたはあなたとして罰を受け、あなたのままでかすみさんのところに行かないと・・・”


かすみと言う名前を聞き、健二が再び現れた。


“かすみ・・・”


“そうよ、かすみさんは私じゃなく健二、あなたを待ってるのよ!”


“かすみ・・・かすみには会いたい・・・でも・・・”


“健二よく聞いて。 私はさっき刑事さんと担当医との話しを聞いてしまったの、その話ではもしあなたの罪が軽くなり死刑を免れたとしても、私たちの命は長くてもあと半年もたないのよ!”


“半年?”


“そうよ。 私たちは結合双生児としてこの世に生を受けた。 本来なら私たちは生まれてすぐ死ぬ宿命だったのよ! それがなぜか運命のいたずらで30年以上もこの世にいられたの、そのことに感謝しよう。 ”


“そんな・・・そんなことって・・・!!”


“健二! これから私はここを抜けだします、そしてかすみさんが飛び降りたビルまでなんとしてでもたどり着くわ・・・そうしたらあなたは私と入れ替わるの、健二に戻るのよ。 かすみさんが心から愛した来栖健二に!”


頭の中の健二にそれだけ言うと、一枝はベットから飛び降りると窓を開けた。


ここは建物の端っこに位置するため、窓から上半身を乗り出すと左に鉄製の非常階段が見えていた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ