五色糸の伝説 (来栖の中の女)
第5章・五色糸の伝説
喫茶店の片隅で枡園に全てを打ち明けた加島礼子は、恩師滝川秀二医師の胸に顔をうずめ泣きじゃくっていた。
滝川は無言のまま礼子の頭を優しく撫ぜている・・・
そして数分後、礼子は冷静さを取り戻し、それを待ちかねたかのように枡園が再び口を開いたのである。
「礼子さん、今の涙とともに全てを忘れなさい。」
その言葉に、礼子が唇をかみしめながらコクリとうなずくと、枡園も二コリと笑い大きくうなずき、そして続けた。
「よし! その調子だ、君はたくさんの悲しみを乗り越えてきたんだ、それだけに涙より笑顔の方が似合う。」
「ありがとうございました、刑事さんの心遣いは一生忘れません。」
「いや、私は当たり前の判断を下したまでだ。 それより礼子さん! 私にはもう一つわからないことがあるのですが、あなたはかすみさんが来栖に殺されたと言いましたね? それはなぜですか?」
礼子はハンカチで涙をぬぐい、枡園の目を見つめて言った。
「かすみは自殺だと思います・・・でも、かすみは・・・かすみは殺されたも同然なんです!」
礼子は尚も続けた。
「私は、かすみから来栖が二重人格だと聞かされました。 でも信じることができなかったので、かすみが来栖に呼び出されて行った後をつけました。そして、二人が会っ ている所を隠れて見ていたのです・・・すると、しばらくたって、二人はもめ始めました。そっと耳を澄まして聞いてると、来栖が一方的にかすみに別れ話を切り出しているようでした。 かすみは納得がいかなかったのでしょう、理由を聞かせてほしいとしつこく詰め寄っているように見えました。 その直後です、私は自分の目を疑いました・・・いらいらしていた来栖の顔が、まるで鬼のように変わり “お前死ねぇ!”と叫んだかと思うと、いきなりかすみを殴りつけたのです。」
滝川医師が右手を口元に当てながら聞いた。
「その時叫んだ声を君は・・・」
「そうです! 二重人格の証拠がほしかったので録音していたんです、それを誘導自己暗示の・・・」
そう言った礼子の目には再びうっすらと涙が光りはじめ、それを見た枡園は慌てて話をもとへと引きもどしたのだった。
「それはもういい、よくわかった。 それよりかすみさんのことだが、来栖に殴られたことで自殺を・・・?!」
「いいえ、問題はその後です・・・。 気を失ったかすみの顔を覗き込んだ鬼のような来栖は、携帯を手にしどこかに電話をしました! するとやがて、一人の男が車で駆けつけ、来栖にお金を払ったのです・・・金額はよくわかりませんでした。 男はかすみを車に押し込むとあっという間に走り去りました。 私は怖くて急いでその場を逃げ出したんです。そして、その次の日です、私は秋葉からDVDを見せられました・・・そこには秋葉達から辱めをうける、かすみの姿が映っ ていたんです! こともあろうに秋葉は私だけでなく親友のかすみにまで・・・」
それを聞いた滝川医師が、冷めてしまったコーヒーを一口飲むと、やり切れないと云った表情で呟いた。
「・・・なるほど、確かに元恋人だろうと、若い女性がそんな形で裏切られると、死を選ぶのも無理はないな、かわいそうに、さぞ辛かっただろうに・・・。」
礼子は思いつめたような表情で枡園を見た。
「かすみは、それ以来自分の殻に閉じこもるようになったんです。 飛び降りた日の朝、かすみはにっこり私に微笑みかけました・・・私はそれを自分勝手に解釈してしまったのです。 かすみはもう大丈夫だと・・・でも、今から思うとそのときにはすでに死を決心していたのだと思います。」
枡園はうなずき、揉み上げをつまみながら眉間にしわを寄せた。
「公園に車で現れた男と言うのは?」
「刑事さんにお見せしたDVDに秋葉と一緒に映っていた男です。 秋葉はその男を岸と呼んでいました!」
「なるほど・・・」
そう言って枡園は次に滝川に向かって言った。
「先生! 先ほど礼子さんは来栖の声が収録されたCDと言いましたが、その声の部分の複製が出来ませんか?」
「複製? ああ!コピーですね。 それはすぐに出来ますけど、刑事さんは携帯電話はお持ちでは・・・?」
「携帯? 一応持つには持っていますが、それが?」
「携帯電話にはみな録音機能が付いているのですよ、そちらに録音し直せば持ち歩きも楽ですよ。」
「いや~・・・私はいたって機械音痴でして・・・」
そう言ってもみあげをつまむ枡園から半ば強引に携帯を受け取り、滝川は持っていたCDウォークマンから来栖の声だけを抜き出すと、枡園の目の前で再生方法を何度も何度も繰り返し教えたのであった。
そして数分後、枡園がなんとか携帯の操作を取得したころ、公園での猟奇殺人について、小林刑事とともに聞き込みを続けていた向井が血相を変えて飛び込んで来たのである。
向井は滝川と礼子に一瞬戸惑ったものの、二人に軽く頭を下げるとすぐに枡園に向き直り言った。
「警部補! 公園滑り台事件のとき、付近で怪しい人物を見かけたとの情報が入りました。」
枡園のこめかみがピクリとひきつるような動きをみせた。
「なに!! そりゃどんな男だ!」
「いえ、女です!」
「女?」
枡園は眉間にしわを寄せ揉み上げをつまんだ。
「はい、目撃者は公園近くのコンビニの店員で、話しを聞いたところ店員自身が直接その女を見たと言うわけではなく、事件がニュースになったあと、店の防犯カメラの映像に写っているのがわかり、慌てて連絡をくれたそうです。」
向井はそこで一呼吸置くと、内ポケットから数枚の写真を取り出した。
「これがその女です、カメラの映像から見やすい角度のものを抜き出して写真にしてみました。」
その写真には白いコートの衿を立て、鍔の広い黄色い帽子を目深に被った女の横顔が写しだされており、立てられた衿と帽子の鍔が邪魔をしているため、鼻から口許くらいしか確認出来ないものの、女であることがはっきりと見てとれる。
枡園が手にとり、一枚一枚丁寧に見つめながら向井に問い掛けた。
「この映像が防犯カメラに写った時間と、男の遺体が滑り台の上に置かれた時間は一致してるのか?」
「はい! ピタリと一致しています。 それから念のため、公園の近隣で写真を見せながら聞き込みをしてみましたが、住民のだれからも ”女の顔には見覚えがない”との答えが返ってきました!」
「う~む・・・しかし遺体はどこか別の場所からあの場所に運ばれている、はたしてそんな事が女一人の力で出来るだろうか?」
そう言って、枡園が写真をテーブルに置いたとき、すっかり落ち着きを取り戻した礼子の口から ”あれっ!” と言う声が漏れたのである。
その声に一同が顔あげると、礼子は写真を手にとり、食い入るように見つめたあと、枡園に向かって言った。
「刑事さん! この女の人の・・・」
礼子の言葉に枡園は思わず身を乗り出した。
「ん? 君・・・この女を知ってるのか?」
「いいえ、この女の人が誰なのかはわかりません、ですが・・・」
そう言って写真を見つめたまま礼子は首をかしげる。
向井が言った。
「礼子さん、その女の何が気になるんです?」
「はい! この女の人がかぶってる帽子です!」
『帽子!?』
枡園と向井が同時に声を上げた。
礼子が続けて言った。
「そうです帽子です。 これはかすみが・・・かすみがお気に入りで、いつも出かけるときにかぶってたのと同じ物です。 それが・・・」
「それが?」
「それが、かすみのご両親が荷物を引き取りに来られた時、どこを探しても見つからなくて・・・」
そう言って首をかしげる礼子を前に、向井が枡園を振り返った。
「警部補! もしかして・・・」
「う~む・・・」
枡園は向井の目を見つめ黙ってうなずいたのであった。
その夜、鉄格子のはめられた狭い取調室で、来栖は蚊の鳴くような声で言った。
「ほんとに何も覚えてないのです。」
「お前なぁ、もう一人の自分がやったなんて信じれるか・・?」
佐古田が呆れ顔で言った。
あれから、駆け付けた警官により来栖は逮捕されたのである・・・だがその際、警官二人が軽症を負わされ、さらに一人が鼻の骨を折られている。
佐古田が困ったようにため息をつき、もじゃもじゃの髪の毛をかき回したとき、入口のドアが開き、苦虫を噛み潰したような表情で枡園が入ってきた。
「佐古さん、どんな様子だ。」
「どうもこうも・・・覚えないの一点張りで手を焼いとるよ。」
そう言って再び佐古田が髪の毛を掻きまわすと、枡園がテーブル越しにうなだれて座る来栖に言った。
「そうか・・・それじゃ覚えている事を聞こう。 実はガード下での事件前にうちの婦警がお前さんの姿を目撃しているんだが、そのときのお前さんは人相がわからないほどにヒゲを伸ばしてたそうだな? それなのにガード下で警官に取り押さえられたときにはヒゲは綺麗に剃られていたそうじゃないか。 逃亡中のお前がヒゲを剃らなければならなかった理由はなんなんだ?」
枡園のその言葉に来栖が一瞬ピクリと反応したかのように見えた。
来栖がゆっくりと顔を上げ枡園の目を見ながら口を開いた。
「刑事さん! 刑事さんは今俺が逃亡中だと言いましたが、俺は警察から追われてる事なんか知らなかったし、第一逃げなければいけない理由さえ思いつかないんだ! 俺はただかすみに迷惑をかけないように・・・俺は時々記憶がなくなるんだ、それでかすみに辛い思いをさせてしまって・・・だからかすみの前から姿をくらましたんです、ヒゲを剃ったのはかすみの死を知って俺も死のうと思い、天国でかすみに会うためにせめてヒゲくらいはと・・・」
「天国の恋人に会うためにか・・・フン!! ならもうひとつ、かすみさんが亡くなった後、彼女がお気に入りだった黄色い帽子の行方がわからなくなってるんだが・・・お前さん心当たりはないか?」
「えっ! い・いいえ・・・俺には分かりません。」
「そうか。 お前さんなら何か知ってるんじゃないかと思ったんだがな。」
そう言って眉間にしわを寄せ、突き刺すような視線を向けてくる枡園の目から逃れるように、来栖はうつむき、そして言った。
「刑事さん、俺は本当に何も覚えていないんだ、でもおそらく屋台でチンピラをたたきのめしたのも、2か月前の鴨川公園の浮浪者暴行事件も、犯人はこの俺だと思う。」
「ん! 覚えていないのになぜそう思うんだ?」
「俺の中に・・・俺の中に何かがいるんです!」
そう言って怯えたような目で枡園を見上げた来栖に、佐古田が横から大声を上げた。
「おい! とぼけるのもいいかげんにしろよ。 屋台の周りを取り囲んでいた野次馬の誰もが、お前が自ら来栖だと名乗るのを聞いてるんだぞ!」
「わかってます・・・でもほんとうに何も覚えていないんです。」
同じ言葉を繰り返すばかりの来栖・・・
「どちらにせよ、お前はしばらく帰れないぞ!」
佐古田はそう言うと席を立ち、窓の側に行き夜空を見上げた。
大都会の夜を彩り始めたクリスマスのネオンが、無能な警察をあざ笑ってるかのように、佐古田には思えてならなかったのである。
佐古田とわかれ、取り調べ室を後にした枡園は屋上へと足を向けた。
そこでは一足先にやってきた向井が待っていた。
「警部補! 来栖の奴はどんな様子でしたか?」
「う~む・・・さっき奴の声を聞いたが、滝川先生が録音してくれた声とはまるで別人のようだった! 礼子さんが言ってたように、奴は本当に二重人格なのかもしれんな。」
そう言って枡園がポケットから取り出した煙草に火をつけたときだった、入口のドアが開き婦警の青木雪乃が、慌てた様子で駆けこんできたのである!
雪乃の顔には珍しく、あの愛くるしい笑顔はなく、身につけている服も制服とは違い、今時の女の子らしいワンピースのミニスカートをはいている。
そのいつもと違う雪乃の様子を見て向井が言った。
「おや! 誰かと思えば青木君じゃないか、いったいどうしたんだい?」
雪乃はよほど慌てて駆け付けたと見え、大きく肩で息をしながら枡園の顔を見て言った。
「警部補! 警部補のご指示通り来栖健二の生まれた村に行ってきました。」
その言葉に向井が驚きの表情で振り返った。
「えっ!! 青木君・・・警部補の指示って・・・」
枡園はニヤリと笑うと、二人に椅子を進めた。
「向井! 実はな、彼女が私の助手になりたいと言ってきかんのでな、まあこのくらいなら危険はないだろうと、来栖の生い立ちを調べてくるようにと、私がお使いを頼んだんだ。」
「お使いって、そんなこと・・・中村課長にばれても俺は知りませんよ、いくら警部補とはいえ交通課の婦警を捜査に使うなんていくらなんでも・・・」
「まあ、お前は心配するな!」
おろおろとうろたえる向井をよそに枡園が雪乃に言った。
「それで青木君、何かわかったのかね?」
「はい!来栖の生まれ育った村でとんでもない事実が判明しました!」
「ん? とんでもない事実?」
枡園は揉み上げをつまんだ。
雪乃はそんな枡園の目をまっすぐに見つめながら一呼吸置き、そして言った。
「警部補! 来栖健二はもう一人の女の子 ”一枝 (かずえ)“と頭部が結合した“結合双生児”として生まれています!」
『結合双生児!!』
枡園と向井は同時に声を上げた。
「そうです。 私は来栖を取り上げた病院の医師に会って来たのです。 そしてはっきりわかりました、来栖の頭の中にはもう一人の女の子が住んでいます。」
「女?」
そう言って眉間にしわを寄せた枡園の横で、向井が思わず椅子から立ち上がった。
「青木君! 来栖は確かに、暴力事件を起こしたのは自分の中の別人で、自分自身は何も覚えていないと供述を繰り返している、だけどいくらなんでもそれは!!」
そう言って疑わしそうな眼を向けてくる向井を、雪乃はキッと睨みつけ、抱えていた書類を二人の前に差し出した。
「向井さん!! 信じられないならこれを見てください、これが来栖の分離手術のときのカルテです。」
向井と枡園が身を乗り出し書類を手に取ると、雪乃は続けた。
「来栖健二は今から三十年前、中国地方の山間部にある五色村で生を受けました。 ですが長い間子宝に恵まれなかった両親が小躍りして喜んだのもつかの間、生まれた子供は双子でその頭部が癒着していたのです。 それでも両親は希望を捨てることなく、その子達に健二と一枝と名付けました。 しかし、生まれ出てすぐ一枝の方は息を引き取り、男の子の方・・・つまり健二を生かすための分離手術が行われたのですが、二人の脳は一部を共有しており、しかもそのとき一枝の脳はほとんど成長しておらず、本来の5分の1ほどのサイズだったため、一枝の脳を切除することなく、健二の頭蓋骨に収めたんだそうです。 もちろん担当医も両親もそんな状態の赤ん坊が当たり前に生きられるとは思っておらず、その分離手術は授かったわが子を、一日でも長くその手に抱いていたいという、切実な両親の願いから行われた手術だったのです。」
カルテを読み終えた枡園が無言のまま揉み上げをつまむと、向井が首をひねりながら言った。
「こんなことって・・・じゃあ君は、来栖の言ってることは本当で、暴行事件を起こしたのは来栖の中の一枝と言う名の女だって言うのかい?」
「いいえ、それはまだなんとも・・・ですがもう一つ、来栖が生まれたその村には、村の名の由来となったと言われる ”五色糸の伝説”というのが残されていました。 それがもしかしたら来栖の二重人格を裏付けるものになるかもしれません!」
「”五色糸の伝説”?」
首をかしげる向井の横で枡園が目を開いた。
枡園は雪乃を見つめながら言った。
「話してみなさい。」
そして、雪乃が語ったその伝説とは・・・
*** むか~しむかしのことじゃった。 とある山間の村で次々と結核患者が現れた。
しかし、当時は医療技術はおろか、薬さえもない。
村人たちは病がうつるのを恐れ、頭を抱え思い悩んだ挙句、あろうことか結核患者たちを山中の山小屋に隔離してしまったのである!
村人たちに見放された患者たちは、ただひたすら神に祈り死を待つしかなかった。
こうして、大勢の結核患者たちを見殺しにし、村人たちは病から逃れ、村には平和が訪れたかのようにおもわれた・・・しかしその時を境に、山村では作物は不作となり、家畜は次々と死んでしまうようになっていったのであった!
やがて村人たちは明日の食料にも事欠くようになり、 誰もが絶望に打ちひしがれていたその時、村人たちの前に一人の僧侶が現れたのである!
「この村には魑魅魍魎が漂っておる!!」
僧侶はそう言って、結核患者たちが涙を流し死んで行った山を指差した。
「元凶はあの山にある! ただちに山小屋を取り壊し、そこに寺を建てるのじゃ。」
村人たちは言われるままに寺を建て、結核に苦しみ死んでいった者たちを心から弔った!
すると、僧侶の読経とともに死者たちの塔婆からはいくつもの白い煙が立ち上ぼり始め、それがぐるぐると渦を巻きながら互いに絡み合い、やがて無数の煙は一本の煙柱となり、巨大な龍へとその姿を変えていった。
村人たちが固唾を呑んで見守る中、龍へと姿を変えた死人の御霊は、眼光鋭く村人たちを見据えたかとおもうと、突然カッと大きく口を開き、まばゆいばかりに輝く、黄金の玉を吐き出したのである。
村人たちから驚きの声が上がる中、龍は再び煙柱となり天高く舞い上がり消えていったのであった!
僧侶は、龍の吐き出した黄金の玉を手に取り村人たちに掲げて見せた。
それは幾千もの糸が絡み合い、玉のように見えた物・・・・僧侶は絡み合う糸を丁寧にほぐし、木箱に入れた。
「村人たちよ! 邪悪なるものたちは立ち去り、此処に五色の糸が生まれた・・・これより自身の手で五本の糸を取り護符に収めるのじゃ! さすれば村人たちに平穏な日々が訪れる。 だが! けして“たがう”べからず! 糸が五本より多かれど少なかれど災い来たる!!」
僧侶の読経の中、村人たちは順番に五本の糸を取り護符に収めて行き、村人たちがすべて取り終えたとき、僧侶も読経を終えた。
「五色の糸は人の五感をあらわすもの、これより先新しい命の宿るとき、妊婦は生まれ来る子のために、此処に来たりて五色の糸を護符に収めよ!」
村人たちは手を合わせ祈り続けた。
その後、村には平和が訪れ、僧侶は寺に住み、その生涯は200年を超えたと言われている・・・!
むか〜し むかしの事じゃった! ***
雪乃は話終え得ると二人の顔を交互に見つめた。
「と言うわけです。」
枡園が眉間にしわを寄せ揉み上げをつまんだ。
「う~む・・・と言うわけですと言われてもなあ青木君! 君の言いたいことが良くわからんよ、その伝説がなぜ来栖の二重人格を裏付ける事になるんだね?」
その言葉に雪乃がコクリとうなずいた。
「この話は、その村のお寺の住職から聞いた話で、五色糸とは出産直前の妊婦が寺に出向き、生まれて来る我が子のために、人間の持つ五感を表す五色の糸を受け取るというもので、もちろん来栖も五色糸を持っていました。 そしてそのしきたりとしては、住職が木箱の中に用意した複数の糸の中から、五本の糸を妊婦が自ら抜き取り、護符とともにお守りの中へ納めるのだそうです。 村の言い伝えでは、この糸が何かの間違いで一本多くなった場合、人間を超越した神のような能力を持つとも、悪魔の力を身につけるとも言われており、そのお守りはそのときの子供が三十の歳を迎えるまで、両親が大切に保管することになっているのですが、来栖の場合両親は、彼が十九のとき不慮の事故で亡くなっており、来栖のお守りは住職のもとにあったのだそうです。 そして来栖が満三十歳を迎える今年の元旦に、神の元に返納するべく住職が中を確認したところ、なんと六本の糸が入っていたということでした。 しかし、なぜ六本になっていたのかは、先代の住職が亡くなっている為原因はわからないそうです。 そして、来栖が現在もこの街で元気に暮らしていることを住職に告げると、住職は目を丸くして言いました。 “その奇跡こそが五色糸の神秘の力のなせる技なり” と。」
雪乃の話を聞き終えた枡園と向井は、互いに顔を見合わせたまま、しばらく凍りついたように動けなくなっていたのであった。
つづく




