第06話 母親としての想い
「何で、私ここに居るの。」
と思わずフリージアからそんな言葉が漏れた。
そうして、第二次七国戦争は終戦した。
魔女戦役という名前を歴史に刻んで、
後の世界にて一日戦争と呼ばれるその戦争は一千万人以上の死人を出して、一日で終わった。
フリージアの「情報の種計画」に記された通りに
◻︎
情報の種計画には三つの段階に即して、
第二次七国戦争を通して接触すべき人々とそれを成す為の計画を記す特記事項があった。
一段階目、情報の種の生成と演算準備
二段階目、情報の泡の疑似生成実験
三段回目、█への挑戦
これら三つの段階に移る為に、
WPRIと世界平和研究機構の人間、
そして七国を統べる七大貴族当主と個人的な親交とそれを進める為の計画を持つ必要があったのだ。
全知全能の「魔女」を始めとした傲慢の術者、
アドナイ・エフェソスを始めとした、
大罪の術者と、
有力な七大貴族
してフリージアが嫉妬の街のスラム街に居た時に「お客様」であったWPRIの研究員に、
接触する必要があると考えていたフリージアである。
裏切る様に仕向けさせた者はいる、
知略で騙された事にすら気づかせず利用している者はいる、
体を使って籠絡させた者は居る、
この四年間でWPRIのあの「お客様」研究員から他の研究員に連絡を取り、
一夜を共にして世界平和研究機構という組織の研究員から情報を抜き取ったのだ。
七国を巡りながら行ったその情報収集は、
けれど特記事項を計画と同様に進める上で必要な過程だった。
いくら吐き気を催そうとフリージアにとっては重要な事だったのだ。
「君はそんな風に自分の体を使って、持っている尊厳と血筋ごと己の魂を使い潰していたんですね。
少女としては肯定は出来ません。
君の情緒が育ち切らない今の段階に漬け込んで、「営業」を仕掛けられた事なんて数え切れないでしょう。」
「・・・今更母親面するつもりですか?
私をよく分からない死体ごと嫉妬の街のスラム街に捨てたというのに。」
「ええ、するつもりですよ。
罪深い君。
貴方が他者との対話を必要としている事は知っています。「対話によって生まれる「平和」で形作られた誰も憎む必要の無い世界」という理想を「計画」を以て進めていきたいのでしょう。
であれば全知全能の「魔女」であり、魔女の中の魔女と言われる私を頼るべきでしょう。
魔女である私からすれば情報の泡の擬似生成は容易いものです。」
「それとも既に情報の泡の擬似生成は済んでいるのですか?私の可愛い娘」
そんな風にアドナイは言った。
鎖がじゃらりと鳴り、思わず目が細まった。
図星だった、
フリージアの情報の種計画の二段階目、
情報の泡の疑似生成実験については
第二次七国戦争の中で、
自身の体内で育んだ情報の種を用いて情報の泡を擬似生成していたのだ。
誰にも気づかれないように、
己にさえ気付かれないように設定したその実験は、
けれど本当に必要な物だったのだ。
大罪の術者の一人、傲慢の術者である「魔女」に
全知全能の魔女に気付かれない為に、
そう「覚醒者」としての自身の体を使って実験したフリージアである。
「「戒めの鎖」、それが私が君に付けた壊れた手錠の名前です。
その殆ど腕輪と化した手錠はしかし、
「覚醒者」としての魔素を操る力を奪います。
だからこそ、今の貴方は人間と同程度の力しか出せません。
例え、大罪の術者と同程度の都市を滅ぼせる程の魔力を持とうと君は少女に力で決して勝てない。」
「・・・だから、ですか。
不思議と魔力が操れないのは、
魔素融合炉と霊子圧縮炉は起動していないのは運が良かったです。
私の制御が解除されれば、
主である私ごと、
傲慢の街の中心地にある「館」ごと
傲慢の街は一夜にして滅んだという言伝がSNSで流行るところでしたよ。
黒の魔女を傲慢の術者が捕まえたが故に・・ね。」
第二次七国戦争ではフリージアの手によって一千万人以上の人が死んだ。
「ダークネス」などの魔術を発動させてフリージアが奪った命がおよそ三百万人弱。
七国間の戦争での死人が七百万人強居るのだとフリージアは理解していた。
けれどそんなフリージアの言葉を気にすることもなくアドナイは言葉を紡ぐ。
「その予想は正しいですね、
罪深い君。
殆ど私の考えと一緒と言ってもいいですよ、私の可愛い娘、褒めてあげましょう。」
「母親面しながら頭を撫でないで下さい。鬱陶しい」
そんな事を言いながら頭を撫でる手を退けて、フリージアは考える。
片手首に「戒めの鎖」を付けられ、
いつの間にか白い礼装に着替えさせられた事について思う事が無い訳では無い。
魔女の中の魔女でもあるアドナイは魔女の血が体に流れているという性質上、
不老不死の魔女でもある。
全知全能である魔女に手刀で気を失わせられた事についても、気を失った間に着せ替え人形にされたであろう事についても、
まぁ、仕方ないなと考えていたフリージアである。
第二次七国戦争を引き起こし、一千万人以上の人間の命をフリージアは奪った。
自身の魔術で三百万人弱の命を奪い、
第二次七国戦争での七国間の戦争で七百万人強の「覚醒者」が死んだ。
軍隊同士の戦争において多くの人間が犠牲になったのだ。それはフリージアの育った場所でもある嫉妬の街のスラム街も例外では無い。
「▇の教会」によって最大の宗教国家として名を馳せながら海に面した島国である嫉妬の街は、
今回の戦争においても多くの死傷者を出したという。
アドナイの口から聞こえたそれは
けれど、フリージアには嘘を言っているようには思えなかった。
「嘘を言っていないと理解出来ましたか?
罪深い君。
であればこそ少女から君へ二択をプレゼントしましょう。
まず一つ目は死刑への道です。
国際連合会議の決定において貴方へ国際司法裁判所への出廷命令が出ました。
裁判が行われます。
恐らく貴方が殺した三百万人という命を思えば下されるのは死刑だと分かるでしょう。」
「・・・・」
「そして、二つ目はWPRIへの推薦です。
謂わば世界平和研究機構(通称World Peace Research Institute)の所長に傲慢の街の指針を決定する「議会」から、
アリギエーリ大学霊子動力学の教授である貴方を推薦する声が出ました。
大罪の術者の一人である傲慢の術者であり、
傲慢の一族当主である少女が決定すればこの声は民意となり、
WPRIへ貴方を推薦する推薦状が提出されます。
他の七国を統べる七大貴族当主からも、
それぞれ推薦者がいるでしょうが、貴方なら問題なく受かるでしょう。」
「・・・その二択にもならない二択を私に選ばせるんですね?アドナイ」と思わずじゃらりと「戒めの鎖」が鳴る音を聞きながら、けれどフリージアはこう言った。
フリージアにとって「情報の種計画」は既に第三段階へと到達している。
▇への挑戦というその第三段階、
それへと進む為の情報の泡擬似生成に関する実験は、
既に第二次七国戦争の折、
ある程度終えているのだ。
あと必要なのはフリージアの魔術式以外に存在する。
もう一つの霊子コンピューターと
擬似生成された情報の泡である。
それを踏まえてここ四年で集めたWPRIに関する情報を振り返る。
WPRIとは世界平和を研究する機構として世界暦1012年に作られた組織だ。
世界平和研究機構、
通称World Peace Research Instituteと言われるこの組織はけれどここ数十年殆ど研究をしていない。
謂わば落ちこぼれの組織だった。
白髪の混じった壮年の姿をしたフリージアを買ったWPRI研究員もしっかり所属していると言う。
嫉妬の街のスラム街に春を買いに行く者すらいるその組織は、けれど予想通り没落の一途を辿っていたのだ。
世界最高峰の研究設備を要しながらもそれを活かさずにいたのだ。
「そんな堕落し切った穢らわしい組織への推薦ですけれど貴方の信念と合いそうなのはここしか無かったんです。
そして、貴方は仮にも傲慢の街、
最高峰の大学であるアリギエーリ大学の霊子動力学教授。 未だに議論が絶えない「情報の泡理論」の提唱者。
落ちぶれに落ちぶれた研究組織の所長に成るには勿体無い程の人材です。
そして、貴方は今のところ死を望んでいない。
だからこそ、私はこの二択を貴方に押し付けました。
ここで死ぬか、
それとも人類の為に研究者に成るかという二択を」
「・・・どうして、私が死を望んでいないと判断出来たのか?質問をしても良いですか、アドナイ」
そんな言葉を聞けばけれど、アドナイは目を見開いた。
して、十字の瞳孔をした沈みかけの上弦の月のような蒼い瞳を細め「魔女」のように笑めば、
けれど立ち上がり、
地に着く程の長い金髪が揺れるのも気にせずに、
椅子に座らせられたフリージアの前に立ち、
してその腹に手を据えて全知全能の魔女としてこう言葉を紡ぐ。
「貴方、「子」を孕んでいるでしょう。
それも嫉妬の術者レヴィアタン・テアテラとの間に五週間程前に孕んだ子を
貴方が死ねばこの子も死ぬ。
自身の肉体のスペアを作る為に嫌いな男との間に作った、忌々しい子とは言え、
「子」を心から愛している貴方が我が孫でもあるこの子を無駄に殺すとは思えない。」
「・・・気づいていたんですね。アドナイ」
そんな悪戯がバレた子供のような声がフリージアから漏れた。
アドナイは知っていた。
フリージアが自身の肉体のスペアとして子を孕んだ事を、もしもの時の保険として孕んだだけの子を
けれど、どうしてか心から愛してしまった事を、
知っているからこそ、「魔女」のように笑んでこう言ったのである。
「君はこの子を殺せない。」
と嫉妬の街を人質にとってレヴィアタンを脅した、
五週間前のあの時のフリージア、
あの時の彼女同様の人質作戦を全知全能の魔女であるが故に、
レヴィアタンの代わりにある種の意趣返しをしてしまったのである。
「そうです、成したのです。
「魔女」ですからね。
恐ろしいですか、罪深い君
怖いですか、少女が
貴方は本当にこの忌々しい子と共に、
この愛してしまった子と共に命を終える覚悟があるのですか?」
「・・・っぐ。」
腹に添えられた手に力が込められる。
子宮を潰さんばかりのその加圧に思わずアドナイを睨んだ、フリージアである。
堕胎させられそうになったからでは無い。
妊娠五週間の今の状態では、
胎を刺激した程度で流産には至らないであろう事をフリージアは理解していた。
そもそもこの子はフリージアの魔術によって成長を一時的に止められ、多重結界によって体を守られた状態だ。
だからこそ、フリージアがアドナイを睨んだ理由はただ一つ。
自身の子を傷つけられそうになったが故の母親としての本能に過ぎない
「それを理解していますか、フリージア。
貴方のそれは母としての本能、その発露に過ぎません。
貴方のその私を睨む目が子を守ろうとする者特有の敵への憤怒と子への慈愛に満ちていようと。
その瞳は子を孕んだ事のある全ての母親が出来る表情の一つに過ぎないのです。
だからこそ、少女がこのまま腹に穴を開け、
貴方の張った多重結界ごと赤子の入った子宮を貫こうと何も少女の心を揺れはしない。」
「・・・・っあが。」
「であればこそ、答えなさい。
フリージア、君はどうして子など孕んだのです」
「・・・んっぐ。」と苦痛に喘ぐ声がフリージアの口から漏れた。
腹を潰さんばかりの加圧に声が漏れるのも気にせずにフリージアは自身の思考を纏める。
どうして子を孕む選択をしたのか
あの時のフリージアには「子」という失敗した時に必ず必要なスペアの肉体が必要だった。
相手など誰でもよく、
自身の肉体のスペアを欲していただけだった。
それ以上でも以下でも無い筈だった。
けれど、フリージアは未だに子を孕んでいる。
自身の「子」が、
スペアの肉体が必要すらない程、
ある種安全なこの二択を突きつけられたこの状況で「戒めの鎖」を解く努力をもしていない。
「戒めの鎖」が繋がれた状態では魔素を扱えない。
魔素融合炉も起動できないし、
霊子圧縮炉から情報子を取り出し、
ぶつけて魔力を加速度的に上昇させる事も出来ない。
半ば以上まで霊子コンピューターと化した魔術式に魔力を流す事すら出来ない。
そんな状態では堕胎手術どころか、
赤子への多重結界を施す事が殆どギリギリの状態なのだ。
そう考えて気付く。
どうして赤子の為の多重結界を張っているのか、と
どうして愛してもいなかった筈の子を守る為の行動を取ったのか・・と
そうして驚きに目を見開いた後、
スッと静かに目を閉じれば、
暫くした後けれど目を開いてフリージアはこう言った。
「対話によって生まれる「平和」で形作られた誰も憎む必要の無い世界を私がこの子にも見せる為です。」
とそう言えば、けれど再びアドナイは「魔女」のように笑む。
確かに、フリージアは第二次七国戦争を引き起こし一千万人以上を殺す原因を作った。
三百万人弱の命をも奪った。
淫蕩な行いを恥もしない正真正銘の黒の魔女だ。
しかし、彼女は示したのだ。
母親が向ける子への愛を
だからこそ、腹を潰さんばかりの加圧を止める。
離した手をフリージアの背後に回し、抱き寄せればこう言った。
「よく出来ました。」
と「魔女」のように笑みながら、
けれど母親が娘を褒めるようにただ抱きしめてそう言った。
そうして、皆が眠ったその日の夜に、
傲慢の一族当主である大罪の術者、
傲慢の術者の工作と決定により、
国際司法裁判所への出廷命令に従い黒の魔女として死刑判決を裁判で受けた後、
監獄から抜け出した脱獄犯としてフリージアを失踪扱いとして処理し、異例尽くしの天才"ローズ教授"としてのWPRI所長推薦が通り、
翌日、国際連合会議によってフリージアはWPRI所長へと抜擢された。
「情報の種計画」に記された特記事項通りに




