第04話 ダークネス
「断ります。」
・・ルシファーの弾丸が彼女の胸を貫いた瞬間だった。
それは「神」のように笑んで断ったフリージアが、
その笑みを浮かべた報いの一つを受けた瞬間だった。
◻︎
アドナイ・エフェソスは「魔女」である。
異世界に存在するという魔女である彼女は正しく全知全能の存在だったのだ。
▇という全知全能の祖によって生み出されたこの存在は、魔女の血によって不老不死の魔女となり損ないという種族、
そして鏡の国を作り出した。
息子であるルシファー・エフェソスはその「魔女」から生まれた。
魔女名という魂の名前を持つアドナイが腹を痛めて産んだ子なのだ。
そして、彼には兄弟姉妹が居た。
「我が兄弟姉妹、
フリージア・エフェソスそれがお前の名前だ。
大罪術式次期後継者の一人であったお前は、
他の人間とは相入れることが許されない程の高貴な血筋を持つ存在なのだ。
それこそ人を殺しても無罪放免とされる程の、
だと言うのに何故七国全土に対して互いに争うよう仕向け、第二次七国戦争を引き起こした。
お前の計画は「対話によって生まれる「平和」で形作られた誰も憎む必要の無い世界」を情報の泡理論を用いて創る事ではないのか。」
「・・・そこまでバレていましたか。ローズ教授は驚きです」と戯けた風に独言するフリージアである。
驚いたのだ。
単純にフリージアの計画が知られている事が、
そして自分自身が兄弟姉妹と呼ばれた事が、「傲慢の術者には手を出すな。」と七大貴族の殆どが口にした理由ごと理解したフリージアである。
「アドナイ・エフェソスは全知全能である」その言葉に疑問を持っていたフリージアであっても認識出来たのだ。
アドナイ・エフェソス
魔女名クルシア・ロゼア・プリンセスが本当に全知全能の「魔女」である事を、
しっかりと理解したフリージアである。
第二次七国戦争を起こす為に七大貴族当主である大罪当主全員に接触した彼女であっても、
傲慢の術者である彼女、
アドナイは計り知れない存在だった。
全知全能という噂は信じていなかったが故の今の事態に、歯噛みさえしたくなるフリージアである。
情緒が育ち始めた彼女にとってここまで計画が上手くいかなかったのは予想外なのだ。
情報の泡の擬似生成すらままならないこの状況に、けれど「神」のように笑めば、
胸を貫いた弾丸を、
滴り落ちる血液を気にもせずにこう言った。
「私が傲慢の術者のお嬢様とは驚きですね。
ねえ、知っていますか
ルシファー・エフェソス。
名も知らぬ男に股を開く感情を、
人の首にナイフを突き立て掻き切る感覚を、
あんな言葉にならない不快さを味わった事もない貴方がどうして!どうやって!!
私の兄弟姉妹を名乗ると言うのですか!!!」
「・・・お前が後ろ暗い過去を抱えているのは知っている。
嫉妬の街のスラム街で育ったのだしな、
同情もしてるし、憐憫も抱いている。
だが、お前が俺の兄弟姉妹である事には変わりがない。
お前がどれだけの者に穢されようと、
どれだけ自分の手を汚そうとその事実だけは変わらないんだ。
お前にはローズ・テアテラがかつてそうだった様に家族がいるのだよ。」
「その名で彼女を呼ばないで下さい!穢らわしいあの男と同じ姓をもつその名前で。」
明確な拒絶の言葉と共にけれどフリージアは思い出す。
レヴィアタン・テアテラの事について、
嫉妬の術者にして、
嫉妬の一族を率いる当主であるレヴィアタンは死んではいない。
むしろ七大貴族当主である彼はフリージアの攻撃を受ける前に転移魔法を使い、
残った三割弱の爆撃機ごと、
自身の大罪術式を起動して、
エンヴィー1号という高速大型陸上戦艦に退避したのだ、魔力感知という基本能力でそれを察知したフリージアである。
それについて何かは思う事はないフリージアである。
何せそれは予想通りであり、
「情報の種」計画に沿った通りの動きなのだ。
これ以上彼を追い詰める気は特に無かったフリージアである。
むしろレヴィアタンの事でここまで感情的に反論をするのは、大勢の軍人と兄弟姉妹の前で居場所を求める為とは言えあの男の要求に従い、
屈辱を受けてしまった事を思い出したからに他ならないからだ。
今でも腹がムカムカして、
吐き気が止まらないのだ。
あの男の一部だった物が胎に注がれたと考えるだけで腹が立つ。
取引の結果とはいえあんな風にされたのは初めてなフリージアであった。
けれど、だからこそ再び「神」のように笑めば、
魔素が弾丸を霊子に分解し、
血液を霊子として消し去って、
弾丸に貫かれたオリーブのバッジごと体と服を綺麗に再生させていく。
そうして、再生が終わった後、
居住まいを正せばフリージアはこう言った。
「さようなら、兄弟姉妹を名乗る愚か者。貴方と再開する時を楽しみにしています。」
そんな言葉と共にフリージアの体が魔素と化していく。
紫がかった黒色をした魔素が、
彼女の沈みかけの上弦の月のような赤い瞳をすら体ごと覆い尽くせば、
けれどフリージアは風のように吹かれて傲慢の街から姿を消した。
まるで伝説にある黒の魔女そのものの様に、
「ああ、また会おう。姉上」
そんな寂し気な言葉がルシファーの口から漏れた。
◻︎
伝説という概念がけれどこの七国には存在した。
その伝説とは端的に言ってしまえばこうである。
「黒の魔女が降臨する時、
▇は現れ、世界は光の泡に呑まれる。」という予言にも似た伝説がこの世界には存在したのだ。
情報の泡理論によって齎される「清算」にも似たこれはしかし、 確かにフリージアの計画に沿った滅びを記した伝承だった。
「・・・ふふ、本当に吐き気がします。
あの男に注がれた胤が胎の中で揺れる感覚を思い出す度に、
・・まさか私は孕まされたのでしょうか
子を孕んだと言うのですか、あの男との子を
吐き気がしますね。
確かにあの時は避妊なんて余裕はありませんでしたが。
さて、どうしましょうか自分の体に関する事です。
自分の子についても自決すべきですね。
避妊手術でも自分の体に施しましょうか。」
そう独言するフリージアである。
魔素となり移動した、
その先の場所は丁度、傲慢の街と憤怒の街の国境、
嫉妬の街の面する海すら見える三国間の国境である崖の先だった。
オリーブの意匠の入ったエナンを被り、
オリーブのバッジが胸に着いた黒い外套を靡かせながら、ワイシャツ越しに腹を優しく摩った後、けれどフリージアは空を見つめる。
フリージアは嫉妬の一族と話す前に、
その長である嫉妬の術者、レヴィアタン・テアテラに体を差し出していた。
対話する条件としてそれを提示された時、
それを受け入れてしまったフリージアである。
信念に付け入れられたのではない。
フリージアとて情報の種を仕込む自身の肉体、
それが壊れた時用のスペアが欲しかったのだ。
自身の「子」という、
大事な大事なスペアを
だからこそ、行為の相手は誰でも良かった。
あのWPRIの研究員であれ、ルシファーであれ
だが、そうだとしてもレヴィアタンのフリージアの体への執着は異常だった。
髪を掴まれ、激しく犯された記憶が蘇るのだ。
その女の事を考えない童貞のような、
けれど理不尽そのものを感じさせる行為の中で、穴という穴を犯され、
精を顔に放たれた時の記憶が呼吸をする度、響くように胎を叩くのだ。
「乱暴にされる事は珍しくありません。
むしろ彼の行為の激しさもありふれた日常の一部でしかありません。
けれど、だからこそ本当にレヴィアタンが気色が悪かったのは一つだけ・・
彼自身があの子とほぼ同じ顔でありながら、本当に私を好いていたことだけでした
ローズと同じ顔で、
好いた上でその相手である私を乱暴に辱め、
半ば陵辱のような行為に耽ったのです。
「愛している」という言葉なんて聞き慣れた筈なのに、
あの顔を見るだけで、
私は吐き気が止まらなくなった。
だからこそ、私は・・」
「レヴィアタンの事が嫌いです。心の底から、理不尽な憎しみすら生まれる程に」とそんな言葉を誰もいない崖の先でフリージアは吐いた。
忌々しい、忌々しい、忌々しい。
あのレヴィアタンという男との子が、
私が情報の種計画の為に孕んだ子が、
スペアになるはずだった愛おしい我が子が、
心の底から忌々しかった。
その矛盾し、歪み切った感情はレヴィアタンへの生理的嫌悪と混じり既に表出していた。
嫉妬の街を情報の泡を用いて滅ぼすと脅したのも、
嫉妬の街に傲慢の街との戦端を初めに開かせたのも、
嫉妬の街の爆撃機達への、
他ならない嫉妬の術者であり、
七大貴族当主であるレヴィアタンへの強力な八つ当たりも、それら三つ全てこそがフリージアがレヴィアタンを自身の腹の子ごと憎むその根拠である。
「私らしくないですね。
己の取引の結果として体を差し出し、
半ば陵辱されるような行為に快楽を感じられ無かった、断りきれなかった私にも責任の一端はあると言えるのに。
胎の中の子には、何の罪もないのに
本当に馬鹿らしい
私の母親であろうアドナイ・エフェソスもこんな気持ちで私を嫉妬の街のスラム街に捨てたのでしょうか。」
「そもそも、アドナイ・エフェソスが生きているのならばあの時私が喰らった死肉とは一体?」
疑念に満ちたそんな言葉を吐きかければけれどフリージアは驚きに瞳を開く。
高速大型陸上戦艦エンヴィー1号から放たれた爆撃機が、視線を海に向ければ他ならないエンヴィー1号がそこには有った。
それだけではない。
爆撃機達が、高速大型陸上部戦艦が群をなす様に、海上と海そのものを覆うように漂っていたのだ。
「陸上戦艦なのに何故、海に浮かべるんですか。
軍事作戦を行うからこそ設計上融通を効かせたのでしょうが。
水陸両用型ですか、
陸上戦艦という名前にしては無理のある話ですね、笑い話にもなりません。」
フリージアがそう言えばけれど後ろからも音が聞こえる。
傲慢の街との国境付近には、
傲慢の術者に代々仕える黒い軍服と、
黒い銃を持ったブラックバレッドという軍隊が、
憤怒の街からは憤怒の術者の使者、
赤い帽子を被り、
赤い隊服を来たレッドハットという名の特殊部隊が、
嫉妬の街の軍勢の後ろに、
各国の部隊の後ろに控えるように並んでいた高速大型陸上戦艦と共に相対していた。
それぞれ「覚醒者」で構成された軍隊が崖の先のフリージアを囲む様に円を描いて並んだのだ。
フリージアに仲間は居ない。
裏切る様に仕向けさせた者はいる物の、
知略で騙された事にすら気づかせず利用している者はいる物の、
体を使って籠絡させた者は居る物の、
自身の情報の種計画を共有した者はローズ以外殆ど居なかったフリージアである。
だからこそ、直感する。
これは魔女名クルシア・ロゼア・プリンセス、
つまりは、アドナイ・エフェソスという「魔女」による、全知全能を駆使した傲慢の術者の威信を見せつける為の作戦だと、
フリージアという娘を捕まえる事を目的とした作戦だと、
自身がアドナイに謀られた事を理解しながらも推測するフリージアである。
けれどフリージアは「神」のように笑んでこう言った。
「来なさい、人間共。
黒の魔女の力、存分に見せてあげましょう。
・・消えなさい、「ダークネス」」
傲慢にも映る言葉と共に魔素融合炉を起動させ、
霊子圧縮炉を起動すれば情報子が作られ、
増殖する。
都市を滅ぼせる程の魔力が半ば以上まで霊子コンピューターと化した魔術式を巡る。
黒い気配が体を包む。
魔術を発動させる為の「起言」を告げ、
握った「鉄の杖」をフリージアが振り上げれば・・
けれど、瞬間空と大地が「黒」の柱に飲み込まれた。




