第03話 駆けつけた救世主
「第二次七国戦争の始まりですね。」
恐ろし気にも映る言葉と共にオリーブの意匠の入った黒いエナンをマゼンダ色の霊子から作り、
オリーブのバッジが胸に着いた黒い外套を魔素で織れば、
黒を基調とした赤い意匠の入った「鉄の杖」を霊子から作り握れば、
けれど「神」のように笑みながら言った。
まるで私自身が「黒の魔女」と呼ばれているのを思い出すように
その時、「情報の種計画」が第二段階情報の泡の疑似生成実験に移行した。
■
情報の種計画は三つの段階に分けられる。
一段階目、情報の種の生成と演算準備
二段階目、情報の泡の疑似生成実験
三段回目、█への挑戦
という見知っているであろう三つの段階の中で、
フリージアは今まで第一段階の「準備」に取り掛かっていた。
霊子圧縮炉から情報子を取り出し、
フリージアの体そのもので魔素融合炉を触媒に情報の種を育んでいたのだ。
それが今、完全に終わった。
だからこそ、次の段階へ
情報の泡の疑似生成実験へと段階を進めたのである。
そうして、フリージアが血と硝煙の匂いを嗅ぎながらも周囲の瓦礫の山を気にせずに前を向けば・・
瞬時、視界を弾丸が支配した。
オリーブの意匠の入ったエナンが、
オリーブのバッジが胸に付いた外套が、
それが靡く中にあるワイシャツが、握り込んだ「鉄の杖」が
フリージア自身の顔と体が
銃器の一斉掃射により、穴が空き血液が周囲にベッタリと飛散する。
怒号にも似た銃撃の音を、爆撃機の横に存在するヘリコプターが奏でていく。
人々はそれを受け入れるしかなかった。
黙って身を屈める者、
己と娘を守るように瓦礫の山に隠れる者、
ただ叫ぶ中で銃撃を甘んじて受け入れる者など、
多くの犠牲者がその奏でられた銃撃の中に居た。
ヘリコプターの側面に付けられた銃火器が火を噴く中で、けれどフリージアは残った顔と喉を使って欠伸をした。
そうして「神」のように笑めば
穴だらけの鉄の杖が横に振られる。
その時・・・・
ヘリコプターの七割が紫がかった黒によって煙を吐きながら空から落ちた。
「存外、簡単な物ですね。戦争とは」
オリーブの意匠の入ったエナンが、
オリーブのバッジが胸に付いた外套が、
それが靡く中にあるワイシャツが、握り込んだ「鉄の杖」が全て魔素によって紡がれ再生していく。
穴だらけで血塗れだったフリージアの沈みかけのような上弦の月のような赤い瞳が、
けれど再生すればフリージアはただそう言った。
先の一撃はただ魔力を放出しただけの一撃である。
魔素融合炉の理論を応用して、
霊子圧縮炉を用いて都市を滅ぼせる程の魔力量を得たフリージアは、
ただ魔力を放出するだけで、人を殺す事が出来た。
体中に奔った魔術式を半ば以上まで霊子コンピューターと化して、
異世界に存在する魔女のように
殆ど不死身になった彼女はそれだけの圧倒的な力を持っていたのだ。
都市を滅ぼせる程の大罪術者に匹敵する魔力を半分程度まで抑えて放出しただけでこの有様である。
全力の魔力放出であれば爆撃機すら殆ど全て落とす事が出来ただろう。
「しかし、多くの人が死んでしまいました。
「それは「平和」の為に成りますか。」と思わずこれを成した嫉妬の街を治める大罪の術者の一人、
嫉妬の術者。
嫉妬の一族当主でもある彼に聞いてしまいたい状況ですね。
どう思ってるんですか?
この惨状を見て気が晴れましたか?
ねえ、レヴィアタン・テアテラ」
そんな脅しともとれる言葉と共にけれどフリージアは爆撃機の一つを見つめる。
七割の爆撃機が落ちながらも
けれど未だに空の半分を覆った爆撃機、
その奥の奥の中心に居る、
竜と教会の紋章を誂えた他の団体よりも豪華なそれを見て独り言ちたのだ。
望遠魔術を用いて見たそれは、
しかし本当に嫉妬の術者、レヴィアタン・テアテラの姿があったのだ。
その大きな爆撃機の前まで視界が開けるように「鉄の杖」を用いて魔力を飛ばす。
圧倒的な速度で射出されたこの魔力は、
音の壁を突破しマッハ3にまで到達していた。
その飛ぶ斬撃にも似た魔力に爆撃機が巻き込まれ、煙と炎を吐いて落ちていく。
10機程の爆撃機が落ちるのをフリージアは見ていた。
その圧倒的な暴威はしかし、
竜と教会の紋章を誂えた爆撃機の直前で弾かれ、消えた。
「多重結界」がレヴィアタンの乗った爆撃機には張られているのだと理解したフリージアである。
多くの効果を持つ結界を複合させた結界にレヴィアタンは守られているのだ。
無事なのも無理はない。
それ故に、攻撃が通じなかったのだと推測したのだ。
「貴方達の蛮行には慣れているけれど、今回はやり過ぎでしたね。
傲慢の街を敵に回せば・・
高速大型陸上戦艦や核爆弾をすら要するこの傲慢の街は反撃せざるを得ない。
当然、嫉妬の街とて同じ物を持っているでしょうが。
たかが敗戦国の宗教国家と最も学問と武力の進んだ国家では差が在り過ぎる。
覚醒者の量なら、嫉妬の街の方が上だろうけれど質ならばやはりこちらの方が上です。
伊達に『「覚醒者」にあらずんば人に在らず、傲慢の街の国民にあらずんば人に在らず。』とは言っていないのですよ、この子達も。
残念ながら勝てないですよ、貴方達はこの第二次七国戦争で」
丁寧な言葉を吐いてけれど、フリージアは「鉄の杖」を振って魔力を飛ばす。
それら全てが「結界」によって阻まれつつも爆撃機はその中に居た。
最初の7割にも渡る犠牲が嘘だったように爆撃機達はその飛ぶ斬撃で落ちなかった。
魔素増殖炉を雑に扱っただけの身体強化魔法だよりの魔力放出では効果が薄かったのだ。
だからこそ、今度は霊子圧縮炉を起動させる。
情報子を取り出し、
ぶつけて増殖させればけれどフリージアの体中に奔った魔術式に圧倒的な魔力が流れた。
その奔流は表出する魔力によって構成された気配として体中から迸る。
その真っ黒な気配に気を当てられ、傲慢の街の住民達が気を失っていく。
そのただ中でフリージアが「鉄の杖」を握り、
一振りすれば・・・
空が割れた。
■
嫉妬の術者レヴィアタン・テアテラの乗った爆撃機は七国史上類を見ない程安全な筈だった。
高速大型陸上戦艦エンヴィー1号から離陸したこの機体達は正しく、
都市一つを爆撃し尽くせる程の爆弾を積んだ戦闘機の軍隊だったのだ。
しかし、それの一つ一つが落ちていく。
取るに足りない筈の黒の魔女という存在の放つ魔力によって落ちていく。
落ちた爆撃機が七割と10機を超えた時、
けれど大罪の術者の一人、
嫉妬の術者であるレヴィアタン・テアテラは疑い無く二度目の爆撃を命令した。
『全機体に次ぐ、傲慢の街へ二度目の爆撃を開始せよ!
全機体に次ぐ、傲慢の街へ二度目の爆撃を開始せよ!』
念話機を取り思わず叫んでいたレヴィアタンである。
慌てていたのではない。
ただそこには最大の宗教国家として
前回大戦の敗戦国としての止むに止まれない事情とある者との取引があった。
ローズ教授、霊子動力学の教授は言った。
嫉妬の街
海に面するこの島国は最もスラム街の多い街である。
レヴィアタンの生まれ故郷であるそこは、
第一次七国戦争の敗者であり、
かつて圧倒的な軍事力を持った最大の宗教国家であった。
そのローズにとってもレヴィアタンにとっても重要な故郷を、
腐敗から救う為に手を貸してくれると・・・
ローズ教授の手腕は見事な物だった。
「それは平和の為に成りますか。」と口癖のように口にした彼女は、
しかしその身に情報子によって形作られた情報の種を宿しながら、世界を滅ぼし得る情報の泡を疑似生成する為には皆の死が必要なのだと言った。
情報の泡理論については目を通している。
真の真空を操作し、物理法則すら書き換える可能性を持つその理論は代償としてある物を必要とした。
そうこの情報の種を宿した一人の生きた人間とこの世界そのものである。
対話による平和を願う彼女は真空崩壊の操作という無理無体を許容し、己の犠牲と世界そのものの犠牲を許容したのだ。
それがどれだけ大きな事柄か、ローズ教授は理解していた。
理解して沈みかけの上弦の月のような赤い瞳を細めて、
「神」のように笑めば・・こう言うのだ。
その為に国際連合会議を裏切れと
傲慢の街に居る黒の魔女をその街ごと殺せ、と
そうしなければ、情報の泡を用いて嫉妬の街を最初に崩壊させる・・とそう言った。
見事な人質作戦を思い出してけれど溜息を吐くレヴィアタンである。
そして、ローズ教授同様、
嫉妬の街のスラム街で生まれたと噂の黒の魔女という存在を望遠鏡で見てけれどこう言った。
「何故、お前がここに居るローズ教授。」
けれどそんな言葉と共に真っ黒な気配が黒の魔女の体から放たれれば、
「鉄の杖」を握り一振りしたその時、
100を超える爆撃機が黒い光に呑みこまれ、
空が割れた。
黒の魔女の一撃によって
■
ローズは自分が故郷である嫉妬の街でやんごと無き身分だったと言った事があった。
「忘れてくれ。」と言わんばかりのその奇妙な語り口はしかし、どうしてか信じられる話であった。
フリージアがローズと出会ったのは10歳の頃である。
ローズが丁度12歳の時に出会った彼女はけれど、どうしてかどこか高貴な存在に思えた。
半年という短い期間の中であっても二人は友達に成れていた。
その共通した過去と、
今歩く現在の暗さが余りにも似通っていたから。
フリージアと居る時は鳴りを潜めるその高貴さは
しかし、本当にローズの体に身に付いているように思えたのだ。
そしてフリージアは知った。
大罪の術者
嫉妬の術者としての大罪術式の次期後継者が、
嫉妬の一族の次期当主候補の一人がローズだったと。
今の当主であるレヴィアタン・テアテラと双子の妹だと、
誰かが言ったのではない。
昇り始めた太陽のような瞳を持つ、黒髪青目の少年、
レヴィアタン・テアテラの容姿がその答えを物語っていたのだ。
だからこそ、フリージアとしては嫉妬の術者レヴィアタン・テアテラには思う所があったのである。
彼女を捨てた事は・・何とも言えない。
正直あの頃のローズとの関係は依存その物だとフリージア自身理解していたし、
けれどそれを知って尚、決して抜け出せないような、
自身の生活に生じた暗闇からの逃避手段だった事も知っていた。
お互いを抱き合う程の仲でありながら、
けれどフリージアは魔女のような笑みを浮かべる事も無く自身の状況を理解していた。
「神」のような笑みを浮かべる事も無く自分達の関係がある種の間違いである事は理解していたのだ。
同性のそれも友達同士で性行為に耽るなど間違っている・・と理解していたフリージアである。
ローズから受け取った「平和」の信念を受け継ぎながらも、
この矛盾について疑問を抱いていたフリージアである。
だからこそ、こう言ったのだ
「それは平和の為に成りますか。」とローズの双子の兄であるレヴィアタンが提案した事柄に、
けれど聞いたのである。
彼の提案はこうだった。
「俺と共に、世界を滅ぼさないかローズ教授。さすれば世界の殆どを与えよう。」
そうして帰って来た答えはこうだった。
「平和の為に成るかはお前達次第だ。」と正論で返されたのである。
「全く、酷い程の八つ当たりですね。
ローズの兄からローズとの関係を直接肯定されなかった事がそんなに応えたのでしょうか。
全く無様な物ですね、私も。」
そう自嘲しながらもけれどオリーブの意匠の入った黒いエナンの縁に手を当てながら、
オリーブのバッジが胸に付いた黒い外套を靡かせる。
「鉄の杖」を握りながらも割れた空を見てフリージアは考える。
レヴィアタン・テアテラがローズの双子の兄である事は理解していた。
天才として嫉妬の街にて名を馳せた彼の名声はスラム街で育ったフリージアの耳にも届いていたのだ。
当時、わずか10歳にして街に溜まった膿という膿を出し切った名君の一人。
「█の教会」という嫉妬の街を最大の宗教国家とした宗教、
その腐敗の原因である政教分離の方針を上手い事抑え手懐けたその手腕は国内でも、
SNSにおいても高評価の嵐だったのは記憶に新しいフリージアである。
その圧倒的な魔力量はさることながら、
嫉妬の術者が継承する大罪術式の力によって、
彼の強さはかつて存在した災害にも匹敵する魔女という存在にも匹敵する存在と成っていたようだ。
その一人が爆撃機と共に魔力に呑まれた現状についてけれどフリージアはこう考える。
「これでは終わらないな。」と確信していたのだ。
「・・・・・」
と沈黙しながらも先の理由から警戒を怠らないフリージアである。
魔力に覆われ、割れた空を見て、
けれど勝ったとは思わないフリージアである。
そしてその光景は現れた。
煙が晴れれば125機という絶望的な爆撃機の軍隊がけれど、そこに在ったのだ。
先の一撃で一機も落ちていない事態にけれどフリージアは目を細めた。
未だに空を半分覆う忌々しい爆撃機に
「神」のように笑みながらけれど、杖を握る手を強める。
「第二次七国戦争の始まりですね。」と自ら言った事、彼女は後悔していない。
嫉妬の術者であるレヴィアタン・テアテラを脅したのはフリージア自身であるし、
実際、傲慢の街を爆撃して貰った事には理由があった。
彼女は人をあまり自ら殺したくなかったのだ。
当然だが、フリージアは未だに人殺しの依頼を受けて人を殺している。
男に股を開く事は無くなったものの、
11歳になったあの時から、四年という月日を経験して15歳に成った今でも殺しているのだ。
だが、彼女が目指す世界は「対話によって生まれる「平和」で形作られた誰も憎む必要の無い世界」である。
だからこそ、必要に迫られれば殺すものの信念上、
人を殺す事は避けるべきという考えがフリージアには在ったのだ。
自己矛盾を彼女なりの方法で避けようとした形である。
だからこそ、手が鈍ったのだとフリージアは判断した。
「殺す事を無意識に躊躇ってしまったのですか、私とした事が。
これでは殺した人間に顔向けが出来ません。
彼らの犠牲に報いる為にも、
もっと本気で人を殺さなければ、
「それは平和の為に成りますか。」と聞きながら人を殺した今までが無駄になってしまいます。
馬鹿らしい」
自身に対しても辛辣に当たりながらもけれどフリージアは杖を両手で持ち変え、顔の前に構えた。
魔素融合炉が起動し、魔力が高まっていく。
霊子圧縮炉を用いて霊子を情報子に分解すれば、それをぶつけ加速度的にその数を増殖させる。
魔術式に魔力が流れれば、黒い気配がフリージアの体から放たれる。
その時、爆撃機が二度目の爆撃を開始した。
爆弾の雨が降る。
先の一撃によって気を失わななかった人々が、
そこから起きた辺りの住民の一部が、
叫ぶようにその場を離れようとして皆、光と爆発に呑まれた。
土煙が各所から上がる中で、
フリージアは魔力を高め続ける。
「多重結界」を用いて自身の身を守りながら周囲の様子すら気にせずに自身の中の魔力を高め続けた。
都市を滅ぼせる程の魔力が「鉄の杖」に滾っていく。
赤い意匠が光りだし、
黒を吐き出す「鉄の杖」を握りながらけれど、フリージアは瞬時杖を回して持ち替え、片手で掲げた。
そうしてこう言った。
「ブラックアウト」
その言葉と共に125機の爆撃機が、
レヴィアタン・テアテラの乗った爆撃機ごと黒い気配に包まれ、
周囲で叫ぶしかなかった住民達をも飲み込み・・
傲慢の街が静寂に帰した。
そうして先の一撃の残響のように
黒い雨がしんしんと降る中でけれどフリージアは見た。
黒い軍服に身を包んだ一人の男を、
十字の瞳を持つ、金髪金眼の男が、
救世主然とした態度で目の前に居る光景を、
そうして自身を囲みながら軍服の男達が銃をフリージアに向ければ、その中で男。
いいや、大罪術式次期後継者の一人、
傲慢の一族次期当主ルシファー・エフェソスはこう言った。
「投降して貰うぞ、ローズ教授。」
そう、黒の魔女であるフリージアにそう言った。
彼女がローズ教授である事を看破したように、
けれど、家族に語りかけるように優しくそう言った。
その言葉にフリージアはただ一言、「神」のように笑んでこう言ったのだ。
「断ります。」
・・ルシファーの弾丸が彼女の胸を貫いた瞬間だった。




