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第9話 大男も王子も、救護係の「寝てください」には勝てない

「動けます」


「聞いていません。寝てください」


 翌朝、レオンが二階へ上がると、負傷した男は寝台へ戻されていた。


 落ち着いた声の女が、腕の布をほどいている。メレナという薬師だと、ベルタに聞いた。


 昨日から応急の手当てを頼んでいたが、レオンが顔を合わせるのは初めてだった。


「メレナ・フェルです。こちらの方、傷を開き直しました。仕事はさせないでください」


「休ませる」


「あと、包帯が足りません。煮沸に使う薪も。薬の代金は帳面につけました」


 彼女は淡々と言った。


 隣の寝台には、赤い革鎧の傭兵がいた。オークへ一人で突っ込んだ男だ。


 浅く息をし、胸には厚い布が巻かれている。


「こちらは?」


「まだ立てません。生きているのは、早く運び込めたからです」


 シルヴィアが寝台の脇で頷いた。


 その時、廊下の男が小さく言った。


「働けねえ間も、飯を出すのか」


 負傷した団員が、布を押さえた。


「俺は明日には――」


「だから、明日も寝てください」


 メレナは手を止めない。


「腕が使えないなら、見張りもできねえ。仕事の分まで俺たちがやるんだろ」


 廊下の声は、責めるというより不安だった。


 レオンの帳面でも、同じ問題が起きている。


 同じ量の飯を用意し、働ける人数は減る。薬が必要なら、費用は増える。


「そのための共通費だ」


 そう答えると、シルヴィアがこちらを見た。


「払えるんですか」


 レオンは帳面へ目を落とした。


 給金の袋には手をつけない。薬と修理の分を引けば、食事の余裕はさらに減る。


「支出を調整する」


「必要な手当てを減らすのは、調整ではありません」


 まっすぐな声だった。


「怪我をしたら居場所を失う。そんな軍なら、私も前で戦えません」


 廊下が静まる。


 レオンは、王宮の記録を思い出した。


 糧食の支給対象から外された傷病兵。翌月には、記録の列そのものがなくなっていた。


 あの時と同じことを、ここでするのか。


「減らさない」


 帳面へ新しい欄を引いた。


「仕事のために負傷した者の食事と救護は、先に確保する。不足を本人へ押しつけない。動ける範囲は、メレナに判断してもらう」


 シルヴィアの肩から、少し力が抜けた。


「それなら、私も外の仕事を増やします」


「無理に増やすと、君がこちらへ来る」


「殿下もです」


 メレナが顔を上げた。


「昨日から、何時間眠りました?」


「合間には」


「何時間ですか」


 シルヴィアが、一歩横へ退いた。


 援軍を期待できなくなった。


「帳簿を確かめる必要があった」


「答えになっていません」


 メレナはレオンの目元を見てから、空いた椅子を示した。


「少なくとも、そこへ座ってください。指揮官が倒れると、私の仕事が増えます」


 レオンは座った。


 廊下から、グスタフの低い笑いが聞こえる。


「王子様も、止められんだな」


「あなたは、その肩を見せてください」


「俺は擦っただけだ」


「では、すぐ終わります」


 大男も椅子へ座った。


 リゼットが湯の入った鉢を運んできた。湯気が細く上がっている。


「冷めるたびに呼ばれると面倒だから、保温しておく」


「助かります。熱すぎない方が使いやすいです」


 メレナの返事に、女は短く頷いた。


 小さな火でも、役に立つ場所はある。


 レオンは、それを帳面に記した。


 傷病者を見捨てることを禁ず。


 守るべき相手に、民だけでなく、昨日盾を並べた者たちも含める。


「その法は、あの男にも?」


 グスタフが、隣の傭兵へ顎を向けた。


「組織に入ってはいない。だが、応急の手当ては続ける」


 レオンは答えた。


「命が助かるかどうかを、加入の条件にはしない」


 シルヴィアが、傭兵の毛布を直した。


 グスタフはしばらく黙り、自分の肩へ新しい布が巻かれるのを見ていた。


「包帯、洗えばまた使えるか」


「洗って煮沸して、乾かせば」


「分かった。下の連中に言う」


 メレナが頷く。


「あなたが洗いに行かないでくださいね」


 大男は、立ちかけた腰を戻した。


 レオンは支出の列を足した。


 法を一つ増やしても、銀貨は増えない。


 下の者たちにも、救護に使う共通費と新しい法を説明しなければならない。午後の依頼相談の前に全員へ読み上げ、負傷者にはここで確認するつもりだった。


 だから、次に必要なのは仕事だった。


 帳面を閉じると、メレナが寝台を指した。


「では、殿下も休んでください」


「午後には仕事の契約を――」


「午後に起こします」


 シルヴィアが笑った。


「逃げ道はないようです、殿下」

メレナの前では、王子も大男も患者です。休んでも居場所がなくならない団であってほしいですね。


次回予告:街の仕事を引き受けたニコに、新しい役割が。


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