第10話 逃げ足の速い小悪党、楽をしたら仕事が増えた
午後、酒場の卓に依頼が三つ並んだ。
市場の見張り。粉屋の倉庫前の修繕。夕方に入る荷車二台の護衛。
マルコが指で数える。
「市場の商人が共同で払います。粉屋は修繕の材料と銅貨。荷車の分は私から」
「毎日続く仕事は」
レオンが尋ねた。
「見張りは、結果がよければ。護衛は荷が来る日だけです」
「分かった。人数と時間を決めよう」
昨日まで上納を取られていた者たちが、同じ荒くれへ金を払う。
金を出す側の顔は、まだ固い。
レオンは先に条件を説明した。
傷病者を見捨てない法は、依頼を受ける前に全員へ読み上げた。救護の費用も示すと、負傷者が戻るまでの仕事を分けようと、ダリオが申し出た。質問に答え、それぞれの受諾を確かめてから法文を加えている。
何を守るか。いつまで見張るか。事故があった時、誰へ報告するか。金を受け取るのは依頼した仕事が終わってからだ。
「払わない店には、魔物を通すのかい」
ベルタが聞いた。
「街全体の防衛は、雇用で引き受けた仕事だ。別の護衛契約と混ぜない。払えない家は、まず状況を確かめる」
「それなら、鍋の薪を運ぶ人手は貸せるよ」
修繕屋も、釘の代わりに荷下ろしを頼みたいと言った。
金がないから仕事もない、とは限らない。
帳面に、銅貨以外の対価が増えていった。
グスタフは倉庫の修繕、ダリオは市場の見張り、シルヴィアは荷車の護衛へ。リゼットは薬師の湯を温めてから、見張りに加わる。
ニコは、三か所への連絡を任された。
「俺、紙を運ぶだけ?」
「着いたら返事を聞いて戻れ」
テッサが依頼の札を渡す。
「道、好きに選んでいい?」
「危険な所へ入らなければ。時間も見ます」
ニコはすぐ外へ出た。
レオンが市場の配置を確認している間に、もう戻ってくる。
「全部終わり」
「三か所とも?」
「粉屋の裏を抜けると、倉庫の脇に出る。戻りは市場の荷捌き場を通る方が早い」
「返事は」
「粉屋は左の壁を先に直してほしい。倉庫は裏口を開けとくって。市場は、ダリオのこと知ってるやつがいた」
テッサが札を確かめた。
依頼先の印が三つ、全部ある。
「では、次はこちらを」
新しい札を差し出した。
「……何で増えるんだよ」
「早く終わったからです」
「休むために早く終わらせたんだけど!」
レオンは地図へ、ニコの通った道を書き足した。
「君が知っている抜け道は、ほかにもあるか」
「あるけど、言ったらまた増えるだろ」
「増える。連絡が遅れると、守る者が必要な場所へ間に合わない」
ニコは札を見た。
次の依頼先は、薬師の部屋だった。
「……まあ、二階なら近いか」
階段へ向かいながら、振り返る。
「これ、仕事の分に入れろよ」
「記録する」
今度は走る足が軽かった。
*
夕方、粉屋が依頼料を持ってきた。
グスタフの前へ銅貨を並べる。
大男は、しばらくその金を見ていた。
「足りないかい」
「いや」
グスタフは手を伸ばし、途中で止めた。
「帳面、先につけるんだったな」
レオンは受取を記した。
相手が金を置く手は、震えていなかった。
「あの壁、ずっと荷車に引っかかってたんだ。助かった」
粉屋が帰ると、ニコが銅貨を覗いた。
「ちゃんと払ったな」
「俺がちゃんと直したんだよ」
「怒鳴らなくても払ってくれるんだな」
グスタフは返事の代わりに、修繕で汚れた手を服で拭いた。
「服で拭かないでください」
テッサが濡れた布を渡す。
「言うやつが増えたな……」
市場の見張りも、護衛も無事に終わった。
シルヴィアが戻り、二台の荷車に薬と少量の穀物があったと伝える。
「殿下。着いた商人が、次も頼みたいと言っています」
「条件を確かめよう。帰りの便もあるかもしれない」
銅貨は山にはならなかった。
それでも、今日の薬代の一部と、明日の薪に届く。
レオンは帳面の余白へ、次の予定を書いた。
魔物を倒す日だけ、食べられる組織ではいけない。
平穏な日にも仕事がある。その方が、街にとってはいい。
シルヴィアが、新しい依頼の札を置いた。
「私も、明日の巡回を増やせます」
「休みの時間は減らさない」
「殿下もですよ」
レオンは、帳面に自分の休息を書き足した。
「記録した」
「実行してください」
テッサが笑いをこらえて、別の方を向く。
その時、市場の端で揉めていると、見張りが駆け込んできた。
「用心棒が商人を脅してる。俺たちを雇うなら、今までの金を倍払えって」
レオンは筆を置いた。
「その者は、誓約者か」
「違う。契約の時、来なかった連中だ」
手首の紋は、静かなままだった。
逃げ足にも、段取りにも、その人だからできる仕事がある。ニコの面倒そうな顔も含めて楽しんでいただけたら。
次回予告:誓約していない相手に、どう向き合うのか。
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