第11話 法度の効かない悪党には、騎士の剣と証拠を
市場の軒先で、籠がひっくり返っていた。
玉葱が泥の上を転がる。拾おうとした商人の指を、革靴が踏んだ。
「新しい用心棒を雇う余裕があるなら、うちにも払えるだろ」
男は商人の襟を持ち上げた。
後ろに二人。腰には短い剣がある。
「今日の分は、朝に渡した。これ以上は――」
「朝の分は朝の分だ」
グスタフが前へ出かけ、レオンを見た。
「あいつらにも、あの鎖を出せねえのか」
「誓約していない。私の法度では止められない」
男の口元が緩んだ。
「聞いたか。王子様の手品は、言うことを聞く馬鹿にしか効かねえ」
男は懐から金袋を取り、商人の顔の前で振った。
「文句があるなら、領主様にでも――」
「その手を離しなさい」
シルヴィアが、商人と男の間へ剣の鞘を差し入れた。
襟を掴んでいた手首が押し上がる。
商人が下がると、テッサが肩を支えて軒の奥へ入れた。ニコは周囲の店へ走り、子供と荷車を路地から出す。
「お前、ここの騎士か」
「辺境守備の任にある、シルヴィア・ローゼンハルトです。今、この人へ暴力を加えた理由を聞きます」
「金を返してもらってるだけだ」
「借金の証文は」
男は答えず、鞘を押しのけようとした。
シルヴィアは退かない。
「抜けば、武器を持つ者として制圧します」
「左遷された騎士が――」
後ろの一人が剣を抜いた。
刃が光った直後、シルヴィアの鞘がその肘を打つ。
剣は石畳へ落ちた。
男が拾おうと屈む前に、シルヴィアは先頭の腕を捻り、その背へ回していた。倒した相手を盾にして、残る一人へ半歩向き直る。
「グスタフ。足元の剣を」
「おう」
大男が剣を踏んだ。
最後の男は、腰へ伸ばしかけた手を止めた。
レオンの紋は、何もしていない。
それでも、商人の襟はもう誰にも掴まれていなかった。
「目撃した方は、名前と、見たことをお願いします」
テッサが紙を広げる。
店の主人たちは顔を見合わせた。
「名前を言ったら、夜に来るんだよ」
玉葱の商人が、踏まれた指を握って言う。
シルヴィアは捻っていた腕を縄へ渡し、彼へ向き直った。
「今夜の巡回には、私も入ります。裏口はどちらですか」
大丈夫だ、とだけは言わなかった。
店の扉と隣の通路を確かめ、ダリオを呼んで見張りを置く。レオンは、護送帰りの休息を別の時間へ移した。
商人が裏口を指した。
その隣から、年配の女が出てくる。
「最初から見てたよ。玉葱の籠を蹴ったのは、真ん中の男だ」
「俺は、朝に金を渡したところを見た」
声が、一つずつ増えた。
*
拘束した三人の持ち物は、市場の主人たちが見ている前で確かめた。
金袋、剣、通行札。品物を記した紙を添え、袋の口を縛る。
「これも、戦利品に入るのか」
グスタフが金袋を指した。
「入らない。被害を確かめるために預かる品だ」
レオンが答える。
「戻す相手と額は、証言と記録で決める」
小さな荷台へ載せた袋から、乾いた草の匂いがした。
マルコが一つを持ち上げる。
「……これを、どこで」
「そいつの荷台だ」
ダリオが言った。
袋の端には、薬草を挟んだ三本線の焼印がある。
マルコは外套から、昨日受け取った荷の控えを出した。
「私が護衛を頼んだ荷車には、この印の薬草が十二袋あるはずでした。届いたのは八袋。街道で傷んだ、と説明されましてね」
「印は同じでも、別の荷かもしれない」
レオンが言うと、マルコは頷いた。
「だから、番号を見ます」
縫い目の裏をめくる。小さな札に、七十二。
控えにも、同じ数字があった。
用心棒の男が視線を逸らした。
「道端で買った。盗んじゃいねえ」
「売った者の名前は」
「知らん」
レオンは、それ以上その場で問い詰めなかった。
薬草を詰め直し、マルコへ札の写しを取らせる。
メレナが一袋を覗いて、少しだけ眉を動かした。
「これ、傷の洗浄に使います。値が上がって、買う量を減らしていました」
物が街へ届かないせいで、高くなる。
その届かなかった物が、街の人間を脅す男の荷台にある。
レオンは通行札を裏返した。
隣領の検問を通った日付は、昨日だった。
「あいつらの荷下ろし場所なら、知ってる」
ニコが、横から紙を覗いた。
「昔、運ぶのを手伝った。袋の中までは見てねえけど」
「確かめられるか」
「一人なら、見つからずに――」
「一人では行かないでください」
テッサが言った。
ニコは、もう面倒が増えたという顔をした。
「言わなきゃよかった」
「聞かなかったことには、できません」
彼女は札の番号を控え、ニコへ紙を一枚渡した。
「案内は、あなたにお願いします」
ニコは紙を折って懐へ入れた。
逃げるために覚えた道が、今度は誰かの薬へつながっていた。
法度が届かない相手もいる。その場で人を守る剣と、後で確かめられる証拠の両方が要る回でした。
次回予告:ニコとテッサが、行く道と帰る道を確かめます。
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