第12話 逃げ道を知る男と、帰り道を確かめる副官
翌朝、ニコは酒場の裏で待っていた。
テッサは剣を置き、目立たない短い外套を着ている。後ろには、荷運び姿の団員が二人。
「四人じゃ目立つだろ」
「中へ入るのは二人です。残る二人は、ここから連絡をつなぎます」
「俺だけなら早いのに」
「戻るのも早いなら、そうでしょうね」
ニコは口を閉じた。
戻れなかった日のことを、軽く言われるのは好きではない。
だが、テッサは笑っていなかった。
「見る場所と、帰る時間を決めましょう」
彼女は紙へ、昼の鐘より前、と書いた。
*
薬草の荷が入る倉庫は、市場の東にあった。
表には、壊れた樽が積まれている。通りからは、使っている建物に見えない。
ニコは隣の染物屋へ回った。
「おばちゃん。裏、通っていい?」
「また逃げてるのかい」
「今日は仕事」
「その女の人から?」
「この人と!」
テッサは声を出さずに笑った。
ニコは干した布の下をくぐる。洗い場を二つ越えた先に、倉庫の脇が見えた。
荷台が一台ある。
袋を運んでいた男の腰に、昨日と同じ通行札が下がっていた。
ニコは壁の穴へ身を寄せる。
テッサが袖を引いた。
「近すぎます」
男の靴先が、穴の向こうを通った。
ニコは息を止めた。
荷台の主が、倉庫から出てきた別の男へ話しかける。
「王子の荷は、明日だろ」
「朝に出る。魔石は一つ。牙と皮も少し。商人が自分で御者をする」
ニコの背中が冷えた。
マルコが荷車を借りる話は、昨日、荷捌き場でしていた。
隠してはいなかった。聞いていた人間も、何人かいた。
「街で騒ぐなよ。あの騎士がいる」
「曲がり松の下なら、弓が届く。荷を燃やすだけでもいい」
ニコは穴から顔を離した。
テッサはもう、男たちの靴と荷台の向きを紙へ描いている。
ニコが指を二本立てた。
裏口から出る。人目の少ない道へ入る。
テッサが頷いた。
二人は布の陰へ戻った。
「追わねえの?」
「まず、ここまでを伝えます。荷が襲われる場所は分かった。相手の人数は分かりません」
角で待つ団員へ紙を渡す。
その男が酒場へ向かうのを見届けてから、二人は街の外へ出た。
曲がり松は、門から半刻ほど先だった。
道の片側が低い土手になっている。松の奥は藪。弓を持つ者が隠れるには、都合がよかった。
テッサは遠くから道幅を数えた。
「ここで荷車が止まると、後ろの者が見えませんね」
「あっちの古い道なら、横へ回れる」
ニコが森の入口を指した。
腐った道標が傾いている。
マルコの地図にあった旧道だ。
テッサは入口の先だけを確かめた。ほどなく、小川に架かった橋が見える。
真ん中の板が抜け、その下を水が流れていた。
「人なら渡れる」
ニコは欄干へ足をかけた。
「荷車は無理です。今日は奥へ行きません」
「渡ってみねえと、分かんないだろ」
「踏み抜いたら、二人であなたを運びます。今日の報告が遅れます」
ニコは足を戻した。
「……運ばれるの、嫌だしな」
「では、自分の足で帰りましょう」
*
昼の鐘より先に、二人は酒場へ戻った。
レオンは、先に届いた報告へ目を通していた。
「出発のことは、荷捌き場で知られたようだ。誓約者の裏切りとは限らない」
テッサが、見たことと聞いたことを別々に説明する。
ニコは曲がり松の位置へ石を置いた。
「あいつら、荷を取れなくても燃やせばいいって言ってた。魔石だけ隠して運ぶのは、駄目だと思う」
マルコが口を結んだ。
「売れなければ、この街へ戻る穀物もありませんからね」
「延期するか」
ダリオが聞いた。
レオンは橋の絵を見た。
旧道を直すには木材と人が要る。その間の食事にも金が要る。
「予定した少量だけを、明日運ぶ。襲撃がある前提で準備する。勝てない人数なら街へ戻す」
シルヴィアが土手の位置を指で押さえた。
「荷車のすぐ脇に盾を。斥候は先へ行かせても、曲がり角で連絡を切らないようにします」
「市場の見張りと街門は、残します」
テッサが言った。
レオンは頷き、出す者と残す者を分けて書いた。
ニコの名は、先頭にあった。
「俺、逃げ足を買われてるんだと思ってた」
「必要なら逃げて報告してくれ」
レオンが答える。
「その報告で、全員が戻れる」
ニコは名前の横にある、前方確認、という文字を見た。
人より先に逃げる足を、今度は人より先に危険を見つけるために使う。
「……分かった。曲がり松までは、見てくる」
彼は、自分の帰り道も地図へ描き足した。
逃げるために覚えた道が、仲間を帰すための道になる。ニコの足の使い方が、少しずつ変わっています。
次回予告:盾列と荷車を連れて、街の外へ。
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