第8話 取り分を減らす王子と、新しい盾を受け取る男
ニコが、牙を抱えて裏門に立っていた。
行く手にはダリオ。後ろにはグスタフ。
逃げ道がなくなった若者は、牙を抱え直した。
「盗んだんじゃないからな。最初から俺が運んだんだ」
「運んだのは三人だ」
ダリオが言った。
「最後は俺が持った」
「あいつ、持って走ろうとして転んだんだぞ」
グスタフの指摘に、ニコは唇を尖らせる。
レオンは、牙を荷の上へ戻させた。
「昨日渡した札に、運搬の分も書いてある」
「札で飯屋に入っても、出てけって言われるだろ」
「売れるまでの褒賞だと伝えた」
「分かってるよ。でも、ほんとに売れるのか?」
レオンは問いを受け止めた。
ニコだけの疑いではない。庭の男たちも、こちらを見ている。
王子に物を預けて、いつか払うと言われる。
この街では、そのまま戻ってこなかった金が多いのだろう。
「前に、荷運びをまとめて引き受けたことがある」
ニコが言った。
「五日分、最後に払うって。最終日に行ったら、荷主はもう出発してた。店のやつに聞いても、俺が働いた証拠はどこだってさ」
木札を、指で挟んで見せる。
「これなくしたら、同じだろ」
レオンは帳面を開いて、ニコの名を示した。
「こちらにも残してある。ダリオも、君が盾を持ったのを見ていた」
「なくしても、消えない?」
「そのために二つ作った。私の分が間違っていたら、君の札で確かめる」
ニコはしばらく、帳面の名前を指でなぞった。
「……先に言えよ、そういうの」
「先に聞いてくれ」
「聞いていいと思わねえんだよ」
レオンは、その言葉を覚えておくことにした。
「南の市場へ運ぶ。買い手は商人が探す。売値と費用は、戻った時に全員へ見せる」
「費用?」
グスタフが眉を寄せた。
「食事、修理、見張り、護送。売れた金を全部分ければ、次に戦えない」
「俺たちの取り分から引くのか」
「必要な分は引く。残りを褒賞にする。ただし、昨日渡した札の分は減らさない。最初に約束したものだからだ」
グスタフが一歩近づいた。
「一番前で、俺があれを受けた。後ろで見てたやつと同じ取り分にするなよ」
「後ろにいた者が誰か、見たか」
ダリオが尋ねた。
大男は答えない。
「前のお前が押された時、二人が背を支えた。槍持ちはお前の盾の外から突いた。負傷した傭兵を運んだ者もいる」
「……同じにしろってのか」
「違う役割の値を、ゼロにするなと言っている」
グスタフは自分の肩を見た。
そこに残る擦り傷の下で、昨日は誰かの手が押していた。
レオンは帳面を開いた。
盾持ち、支え、槍、魔法、救出、見張り、運搬。
名前の横に役割を並べ、同じ人が二つ担った箇所も記してある。
「抜けがあれば言ってほしい」
「俺、避難の知らせにも走った」
ニコが言った。
「誰に」
「東の家三軒と、粉屋」
「確認してから足す」
その返事に、ニコは頷いた。
誰かが「盾を洗った分は」と聞く。
「今日の通常の仕事だ。給金に含む」
「じゃあ、二倍洗ったら?」
「勝手に二倍洗う前に、頼んだ仕事を終えろ」
ダリオに言われ、笑いが起きた。
レオンは、新しい法文を示した。
一、組織の戦利品を、許可なく私物化することを禁ず。
褒賞として渡された金と、まだ売却前の共有素材は別。修理費も記録し、誰でも確かめられるようにする。
「今までの行為に、この法で遡って罰は与えない。これからの分配を、この条件で進めたい」
男たちの顔を見た。
疑問は受け付け、条件の変更で雇用を続けたくない者には、平時の退出と精算を認める。
ニコは牙へ一度目をやって、それから札を叩いた。
「それなら、ちゃんと売ってくれよ」
「売るために運ぶ」
全員の受諾を確かめ、法文を加えた。
*
午後、修繕屋から盾が戻った。
街で手に入る板と釘を使い、壊れた柄を取り替えたものだ。新品にはほど遠いが、握るとぐらつかない。
レオンはグスタフへ渡した。
「次の護送に使う。外へ出す盾から直した」
大男は、内側の木を指でなぞった。
「俺の取り分で、これを直したわけか」
「素材売却前の応急費用だ。後で帳面に入れる」
「細けえな」
「細かくしないと、君が疑う」
グスタフが口を開きかけ、閉じた。
「……ああ。疑うな」
それから盾を床へ置き、体重をかける。
取っ手は軋まなかった。
「これなら、もう一度受けられる」
ニコが横から覗いた。
「俺の盾は?」
「先にお前の膝を直せ」
大男が言うと、若者はしかめ面をした。
その時、二階で物音がした。
負傷した団員が階段へ出ている。腕に巻いた布が赤く滲んでいた。
「俺の名前、帳面から消すなよ」
男は言った。
「明日は、働けるから」
シルヴィアがすぐ駆け上がった。
レオンは握っていた筆を置いた。
王子の取り分と新しい盾。帳面の数字が、仲間の次の一撃を支えるものになってきました。
次回予告:今度は、休むことを覚えてもらう番です。
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