第65話 最強の騎士との決闘を、最弱の王子は断った
石標の前へ、セドリックは二人だけを連れて来た。
剣は腰にある。手は、その柄から離していた。
レオンも、シルヴィアとロイドを伴った。
離れた所では双方の兵が見ている。話がこじれたからといって、即座に民の道へ刃を出さない距離だ。
「レオン殿下」
騎士が、かつての呼び名を使った。
「今も、その名で呼ぶのか」
「命令の文面も、殿下の名で届いています。私が勝手に変えることではない」
レオンは頷き、領主の記録を出した。
セドリックは受け取り、ロイドの封を確かめる。
読まずに捨てる相手ではなかった。
番所の裁定の記録で、騎士の指が止まった。
「誓約によって、団員が死んだと」
「民を故意に殺そうとして発動した。契約の時に示した条件と、目撃の記録もある」
セドリックは、紙から顔を上げた。
「その条件を定めたのは、殿下です。組織を広げれば、命を握られる者も増える。王国が見過ごせると思われますか」
ロイドが、加入前の説明と本人の質問を記した紙を出す。
騎士は受け取ったが、それだけでは頷かなかった。
「民を守ると言う者が、いつ民を従わせる側へ変わるか。私は、その場を何度も見ています」
レオンは、自分の紋を見せた。
同じ法へ自分も従うと説明する。
それでも、条件を作る者への疑いまで消えはしない。
「疑うなら、話を聞いてくれ。私の部下だけではなく、雇用を断った者にも、街を出た者にも」
「その時間に、部隊を整えられる」
「君も、兵を前へ出している」
セドリックは黙った。
どちらかが無知だから噛み合わない話ではなかった。
相手へ時間を渡すことも、指揮官には危険になる。
「村人を拘束した件は、報告します。ですが、殿下が独自の軍を置いてよい理由にはならない」
「軍を解いた後、誰が村を守る」
「王国の守備隊を置く」
「徴収の記録と、被害の返還を続けられるか」
セドリックの目が、ロイドへ移る。
役人は、まだ決まっていないと答えた。
軍を置くことと、暮らしを引き継ぐことは別の仕事だった。
「だから、先に引き継ぐ者と手順を決めたい。今すぐ印を捨てろ、では、残る仕事がある」
レオンが言うと、セドリックは書面を畳んだ。
「では、争いを広げない形で決める案を申し上げる」
騎士が、剣の鞘へ触れる。
「代表同士の決闘。私が敗れれば、部隊を退く上申をする。殿下側が敗れれば、武装解除へ応じていただく」
レオンは、すぐに返事をしなかった。
兵の命を一人で引き受けるつもりなのだろう。
自分なら勝てるという自信も、その剣にはある。
両方を持っているから、差し出せる条件だった。
「断る」
セドリックの指が止まった。
「殿下が剣を使わないなら、代理を認めます」
視線が、シルヴィアへ向く。
彼女の手は動かなかった。
ただ、顎が少し上がる。
「ローゼンハルト卿なら、騎士の誓いを御存じだ」
「知っています。あなたに負けたくない気持ちもあります」
彼女は静かに言った。
「けれど、村の明日の食事まで、私の剣の勝ち負けに預けられません」
レオンは、彼女へ目を向けた。
代理を断ったからではない。
戦いたい気持ちまで隠さず、それでも選んだ言葉だった。
セドリックの背後で、随員が鼻を鳴らした。
「ならず者の頭には、誇りもないか」
騎士が片手を上げる。
随員は口を閉じた。
「誇りの問題ではない、と?」
「守ると引き受けたものの問題だ」
レオンは、村の代表が記した紙を開いた。
「君が勝っても、彼らが渡した種麦は戻らない。こちらが勝っても、軍務大臣が命令を取り消すとは限らない。剣で決める前に、その仕事を残したい」
風が紙を揺らした。
セドリックは、押さえるため指を添えた。
レオンの手と、同じ紙の上にある。
「殿下が私を恐れていることは、否定されないのですね」
「恐れている。強いと聞いた」
騎士の眉が動く。
「だが、怖くないふりのために、彼らを賭ける気はない」
レオンは紙を戻した。
セドリックは、長く黙っていた。
やがて、受け取った記録を随員へ渡す。
「写しを取る。こちらの命令の範囲も、改めて確かめよう。ただし、軍の前進は止めない」
「こちらも、退避を進める。民の荷と救護の旗には、手を出さないでほしい」
「武器を隠して運ぶなら、止める」
「その時は、立ち会って確かめよう」
手を取り合うことはなかった。
それでも、記録の写しと、民の通る場所は交換した。
*
戻る道で、シルヴィアが石を一つ蹴った。
小さく転がり、草へ消える。
「受けたかったか」
レオンが聞いた。
「少し。私が勝てば、あなたを弱いと笑わせずに済むと思った」
「私は、弱い」
「知っています」
即答され、彼は目を瞬いた。
シルヴィアが笑う。
「でも、私の強さを、あなたの見栄のためには使わなかった」
レオンは返事を考え、結局、ありがとうとだけ言った。
街へ戻る前に、斥候が走って来た。
王国の先遣隊が、川沿いの渡し場へ向かっている。
明日の薬の便と、村の荷車が通る道だった。
シルヴィアの足が止まる。
レオンは地図を受け取り、渡し場の幅を確かめた。
剣の勝負は断った。
守る場所での勝負は、もう始まっていた。
勝負を受ける勇気だけでなく、断る理由もある。シルヴィアの強さを何のために使うかが見える回でした。
次回予告:民の荷車が通る渡し場で、団の盾が試されます。
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