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第66話 六枚の盾が、王国の剣に割られた日

 渡し場へ着いた時、最後の荷車が川の中にいた。


 車輪の半分まで水が来ている。


 御者は馬を引き、後ろの二人が荷を押す。向こう岸まで、まだ十歩ほどあった。


 レオンは二十七人のうち、六人を川へ回した。


「荷は置いてもいい。車が止まったら、先に人を」


 正面では、ダリオが盾を二列に並べる。


 グスタフの大盾が中央へ入った。修理した縁に、新しい帯がある。


 王国軍の槍と弩は、丘の下で止まった。


 前へ出た騎士は四人。その中央でセドリックが馬を下りる。


「民の車は通してよい」


 その声に、レオンは顔を上げた。


「ただし、この渡しを軍の管理へ戻す。武器を置け」


 セドリックが剣を抜く。


 シルヴィアは、盾列の横へ立った。


「車が抜けるまで、ここを離せません」


「ならば、兵だけを退かせる」


 王国の弩兵が、左右へ分かれた。


 民へ矢を向けるのではない。こちらの射手が前へ出れば、横から射る位置だ。


 セドリック一人を囲めば、後ろの兵が通る。


 レオンは相手の配置を見て、指を開いた。


 盾、槍、射手。


 鉄鎖紋が繋がる。


「一撃を、全員で受ける。先に足を揃えろ」


 グスタフが、盾の下を土へ置いた。


 セドリックは、その縁を見た。


 一歩、近づく。


 剣の白い光が長く伸びた。


「来る!」


 ダリオが叫ぶ。


 盾へ当たった音は、棍棒を受けた時より細かった。


 細く、深い。


 中央の縁が削れ、グスタフの肩が後ろへ弾かれた。隣の盾が支えるより早く、白い刃が二枚の間へ入る。


 革の帯が切れた。


 盾が一枚、手から落ちる。


 次の丸盾が斜めに割れ、持っていた男が泥へ倒れた。


「左を閉じろ!」


 グスタフが腕を伸ばした。


 セドリックの剣は、もう左にはなかった。


 こちらの肩が上がるのを見て、低く踏み直す。大盾の下へ柄を入れ、グスタフの足を半歩浮かせた。


 体重の戻る先に、後ろの仲間がいる。


 衝撃が、列を逆に伝わった。


 レオンの指に痛みが走る。


 光を太くすれば、支えられると思った。


 だが、支える位置がもう揃っていない。


「接続を、短く――」


 言い終える前に、奥の槍が払われた。


 槍先が川へ落ちる。


 セドリックは突きへ身体を預けず、払った足の位置から、また剣を上げた。


 そこに、隙がない。


 リゼットの火が、鎧の留めへ飛んだ。


 白い剣が細く動き、火を横へ散らした。


 騎士の目が、杖の位置を捉える。


「後衛を下げて!」


 シルヴィアが間へ入った。


 二つの剣が重なる。


 彼女は受け止めず、外へ流そうとした。セドリックの肘が下がり、力の向きが変わる。


 刃が腕当てを裂いた。


 シルヴィアが膝を落とし、土を滑って間合いを外す。


 レオンは彼女の名を呼びかけ、奥歯を噛んだ。


 ここで一人へ全部を繋げれば、割れた盾の後ろが空く。


 レオンは、接続の先を一つずつ見た。


 グスタフの肩が落ちている。その隣で盾を失った男は、何を握ればよいか分からず、手だけを前へ出していた。


 後ろから、別の盾が渡される。


 取れない。


 指が、うまく曲がらなかった。


 レオンは男の名を呼び、持つ役ではなく、運ばれる役へ替わるよう告げた。


「俺、まだ……」


「君の後ろを、他の者が守る。手を離していい」


 男は地面へ目を落とし、ようやく腕を胸へ寄せた。


 そこで光を一つ解く。


 限界へ来た者まで繋いで、列の形だけを残そうとしていた。


 自分が、そうしていた。


 セドリックの足が止まる。


 こちらの槍が、引くために揃ったのを見ている。相手は勝ったからといって、崩れた列へ無造作に飛び込まない。


 レオンは残る者へ、次に立つ場所を示した。


 遠くの射手へ同時に繋ごうとすると、視界が暗くなる。


 エリシアがそれに気づき、片手を下げた。


「こちらは、合図だけでいい。今は、盾の方へ」


 彼は頷き、また接続を減らした。


 皆が強くなっても、自分の見る目が増えるわけではなかった。


「ダリオ。後退へ」


 声が、ひどく遠く聞こえた。


 川の中から、ニコの叫びが届く。


「車、抜けた! 人も、向こうだ!」


「下がる。傷のある者から、二人ずつ運べ」


 ダリオが、列の後ろへ合図を返した。


 セドリックは前へ出ようとし、地面へ落ちた男を見る。


 その男を庇う盾が、足を揃えて下がっていく。


 勝手に走る者はいない。


 シルヴィアが側面を押さえ、エリシアの矢が追う騎士の足元へ刺さった。


 レオンは、最後の接続を残した。


 倒れた男の腕が、変な向きに曲がっている。


 誰が抱えるかを名で呼び、残る者の盾を合わせる。


 王国の弩兵が、角度を変えた。


「止めろ」


 セドリックの声がした。


「渡しは取った。追う列を、今ここで崩すな」


 レオンは振り返らず、倒木の陰まで下がった。


     *


 割れた盾は、六枚だった。


 使い直せる物もある。だが、今ここで構えられる形ではない。


 前線から外す負傷者は四人。


 腕を折った者、腿へ刃を受けた者、頭を打った者。グスタフの肩も腫れ始めている。


 シルヴィアは自分の腕へ布を巻き、先に他の者へ水を渡した。


 レオンの手は、結び目を作ろうとして震えた。


 ニコが紐を取る。


「こっちは俺が。殿下は、向こうの顔を見てくれ」


 男が土の上で、浅く息をしている。


 レオンは隣へ膝をついた。


「運ぶ。街まで、交代する者もいる」


「法の、光は……」


「切れていない。足の位置を、私が戻せなかった」


 男は何か言いかけ、痛みで目を閉じた。


 グスタフが、割れた盾を拾う。


「六枚もあったんだぞ」


 低い声だった。


 レオンは、白い刃の伸びた長さを紙へ記した。


 最初は、八歩ほど。二撃目の前には、剣を戻す時間があった。


 見たことは、残さなければならない。


 だが、その紙で倒れた仲間を起こすことはできなかった。


 渡し場の向こうで、王国の旗が立つ。


 初めて、守ってきた道を、目の前で明け渡した。

守ってきた形が崩れるところまで、お読みいただきありがとうございます。見えた一撃と、守りきれなかった重さを残した回でした。


次回予告:退いた後に残る傷と、敵の騎士の振る舞いを見ていきます。


続きが気になったらブックマークを、心に残る場面があればページ下部の評価で応援していただけるとうれしいです。執筆の励みになります。

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