第63話 新しい鎖は、誰を強くするのか
「これを付ければ、歩調を揃えやすい」
軍務付督戦官のエルンは、四人の兵へ金属の輪を渡した。
王国軍の宿営地。輪の内側には小さな魔石があり、外側から留め金で締める。
セドリックは、説明の紙を受け取った。
「本人が外せるのか」
「試験中は、器具の担当が外します。魔力の同期を確かめる物ですから」
兵の一人が腕へ通す。
エルンが別の魔石へ手を置くと、四つの輪が淡く光った。
兵の足が揃う。
ただ、最初の一歩だけ、右端の男が遅れた。
痛みを堪えるように口を結び、その後で列へ戻る。
「本人の感想を取れ」
セドリックが言った。
「決めた歩調へ追いついたかどうかだけでは、使えない」
「大臣閣下の命で、実地の記録も要ります」
「記録するなら、遅れた一歩も残せ」
エルンは紙を畳んだ。
部隊を退かせる権限は騎士にあるが、試験品の報告先は軍務大臣だ。
同じ宿営地に、二つの宛先があった。
*
テッサの図を見て、ボルガンは固定具の箱を開けた。
輪の形。留め金の位置。中央へ線の集まる刻み。
「近くで見たのか」
「入隊を求めたのではありません。宿へ工具を届けた職人が、外から留めるところを見たと。私が話を聞きました」
テッサは、見た者の名と、見えなかった側を区別して書いていた。
レオンは壊れた品を卓へ置く。
同じ物だと決めるには、まだ足りない。
だが、古壁の痕跡と、市場へ流れた道具と、王国軍の試験品は、別々の話ではなくなり始めている。
「それで、敵は強くなるの?」
リゼットが輪の絵を覗く。
「歩調が揃うだけでは、盾は立たない」
ダリオが答えた。
「ただし、元から訓練した兵なら、合図が少なく済む」
レオンは、相手の槍と弩の配置を見る。
器具に頼らない騎士十二人。通常の兵三十六人。
こちらは、新人八人が順に訓練の確認を終え、指揮者を含め四十一人になった。
全員を前へ出せない。
街と村と城の見張りに十四人。主力として動かせるのは二十七人だ。
ボルガンや御者まで、数を揃えるため兵へ変えることはしなかった。
「相手は器具がなくても強い。先に、何ができる兵かを見る」
レオンが言うと、リゼットは頷いた。
固定具を指で弾く。
短い音がした。
彼女は首を傾げ、もう一度だけ弾いた。
「壊れた石でも、少し揺れるのね」
「残った魔力だろう。通すなよ」
ボルガンが止める。
リゼットは手を離したが、その音を覚えるように爪を卓へ二度置いた。
*
広場では、新人が盾を返しに来ていた。
訓練を終えたからといって、同じ日に全員の雇用を変えるわけではない。引き受ける任務を読み、戦場へ出るかを確かめる。
一人は、今回は街の警備を希望した。
ダリオが勤務の欄へ記す。
別の青年は、村への薬の便を続けたいと言った。
「そちらも兵の仕事だ。あいた穴へ置くためだけに、お前を呼んだのではない」
短い説明に、青年の背が伸びる。
グスタフは、前へ出る盾役の帯を直した。
「強え騎士が来ても、隣を見ろ。俺だけ見て固まるな」
「隊長が固まったら?」
「その時は、押せ」
青年が笑い、試しに大盾へ手を添える。
レオンは広場の端で、その押し方を見た。
誰を支えるかが分かる時、紋の光は自然に揃う。
同じ歩調を外から作る輪と、何が違うのか。
問いはまだ、言葉になりきらなかった。
新人の一人が、盾を持ったまま足を滑らせた。
隣の者が支える。
紋の光が、一度揺れてから戻った。
グスタフは二人を叱る前に、立つ場所を替えた。背の低い方が、道の沈んだ所へ入っていた。
「同じ高さで揃えようとするな。こいつが下なら、こっちも少し落とす」
レオンは、その動きで顔を上げた。
揃えるために、一人へ無理をさせるのではない。
こちらが相手の姿勢を見て、変わる。
「隊長も、俺の方を見るんですか」
青年が聞く。
「見なきゃ、支えられねえだろ」
グスタフは盾を下ろし、もう一度構えた。
レオンの指先に、細い光が触れる。
二人だけなら、自分が盾の向きを直す必要はない。グスタフの判断を、隣の者が確かめて動いている。
彼は接続を解き、もう一度同じ受けを頼んだ。
光がなくても、盾は揃った。
それを見てから、レオンは指揮の図へ、隊長から隣の兵へ線を一本引いた。
今は図の上だけの線だ。それを力として繋ぐには、何が要るのだろう。
ニコが戻り、広場の向こうから手を振る。
王国の斥候が、森の入口へ来たという。
「今度は、踏んだ枝まで見てる。普通の追手じゃねえ」
テッサが地図を巻いた。
こちらの道を守るには、相手へ渡さない情報も必要だった。
歩調を揃えるために、誰が誰を見るのか。同じように見える光の下でも、大事な違いがある回でした。
次回予告:ニコの速い足に、これまでとは違う課題が。
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