第60話 奪う領主の終わりと、鉄律騎士団の明日
閉じた扉の前で、シルヴィアは足を止めた。
正面から壊す時間はない。
テッサが、厨房の者に聞いた別の通路を示した。狭い階段を下りれば、荷を運ぶための戸へ出る。
レオンは列の間隔を詰めすぎないよう伝えた。
先頭が止まった時、後ろが押せば、ここで仲間を潰してしまう。
ニコの合図が、水路の向こうから届く。
全員を繋いだまま壁を抜けることはできない。レオンは接続を一度解き、戸を出て互いの位置を見てから、短い列を結び直した。
西の塔の下で、金庫の車輪が止まっていた。
出口の水路は細い。荷台を外さなければ、大きな金庫は通らない。
アイゼンが、荷役の男を杖で叩いた。
「動かせ! 今まで何のために食わせた!」
男の背が丸くなる。
レオンは、扉の向こうから声をかけた。
「手を離していい。その金庫を守るために、ここへ残る必要はない」
アイゼンが振り向いた。
護衛が二人、狭い通路へ剣を並べる。
シルヴィアは先に入った。
一人の剣を斜めに流し、扉の縁へ押しつける。もう一人が彼女の脇へ刃を向けた瞬間、グスタフの盾が間に入った。
レオンが接続を集中する。
後ろのダリオが、大男の踵へ支えを置いた。
盾が、半歩だけ押し上がる。
護衛は後ろへ下がろうとして、金庫の車へぶつかった。シルヴィアの柄が剣を持つ手へ入り、床に刃が落ちる。
「もう一度拾えば、止めます」
彼女の声に、護衛は両手を離した。
通路の出口では、ニコが縄を張っていた。
「ここから出る人は、荷を置いて。走ると足を取られるぞ」
アイゼンが水路へ向き直り、足を止める。
外の木陰には、エリシアの弓がある。
正面の騎士と、逃げ道の射手。
背後の金庫は、もう誰も押していない。
「私は領主だ。捕らえれば、王国の軍が来るぞ」
レオンは、盾の後ろから出た。
「だから、記録も一緒に渡す。君が命じたことを、君の名前で確かめてもらう」
「金が欲しいのだろう。街の分なら、そこにある」
杖が金庫を指す。
レオンは見なかった。
「持ち主と、集めた理由を調べる。私の取り分にはしない」
アイゼンは、グスタフへ目を向けた。
「お前なら分かるだろう。その王子についていれば、いつか法に殺される。私なら、盾を持つよりましな地位をやる」
大男が、盾の縁を地面へ置いた。
「あんたの荷車を押す役か」
「何だと」
「飯と寝床は、もうある。明日も、ここへ帰る奴らがいる」
グスタフは後ろの仲間を見てから、領主へ目を戻す。
「あんたの金を選んで、今いる分を捨てる気はねえよ」
レオンは大男の横へ立った。
ゼルドにもあった選択を、この男は違う方へ進んだ。
盾を持つ手首の紋は、何も強いていない。
アイゼンの口が、少し開いた。
金を出せば退く者を、ここまで使ってきたのだろう。
使えない時の次の言葉は、出てこなかった。
シルヴィアが杖を取り、両手を拘束する。
領主の腕へ、鉄鎖紋は現れない。
彼を止めたのは、加入していない相手へ無理に課した法ではない。
道を調べた者。盾を支えた者。刃を止めた者。
自分で引き受けた役目を、最後まで果たした仲間たちだった。
*
翌日、城の中庭で、民の話を聞く席が開かれた。
金庫は封じ、勝手に全員へ配らない。徴収の記録と返還を照らすには、まだ日数が要る。
ロイドは王国の行政へ報告を送り、領主の私的な取り立てを停止した記録を残す。代官だけでなく村の代表も立ち会い、当座の倉と道の維持を引き継いだ。
レオンが王国から正式に自治を認められたわけではない。
だが、村の戸口に来て、理由も告げず麦を持ち去る隊は解かれた。
次の仕事は、明日の便へ何を載せるかだった。
グレイヴェルへ戻る荷車に、薬草と修理用の板が積まれる。
グスタフが、袋の縫い目を確かめた。
エリシアは、隣で矢の数を数える。
「今回は、折れた分が少ないわ」
「俺の盾には、多かったぞ」
「その分、私は射てた」
彼女が言うと、大男は一度口を閉じた。
「なら、いい」
レオンは、今度は弓と盾の修理を同じ欄へ並べた。
*
街の祝宴では、リゼットへ大きな拍手が起きた。
ニコが、例の技の名を口にする。
「灰燼の王冠!」
「発音が軽い。もっと重く言って」
「重くしたら、飯が冷める」
ベルタが器を置き、二人とも黙らせた。
メレナはグスタフの杯を確かめる。
「今日は、少量なら」
大男は一瞬喜び、それから水袋を見た。
「一杯でいい」
ダリオは、負傷で休む者の皿を取り分ける。
番所から助けた母親と子供は、通りに近い席へ座っていた。子供はまだ、鎖の音に肩を揺らす。
大声の出る卓から、少し離す。
救われたからすぐ笑える、とは誰も言わなかった。
ルークが、母親のナナに頼まれたパンを運んできた。
番所から救われた子へ、何を見たかは聞かない。
器のそばにパンを置き、父が袋を縫うのを手伝った話をした。
子供は母の袖を握ったまま、少しだけ顔を上げる。
レオンは、ナナが戻っていく先を見た。
ヨハンは次に森へ運ぶ荷を、商人と話している。
街へ来た朝、飯の代金を怯えながら聞いた家族だ。
今は、戻る畑と、街で続ける仕事の両方を話せる。
城の金庫が開くのを待つ前に、少しずつ変わった暮らしがあった。
レオンは、給金の次の支払日を確かめた。
満了が近い雇用には、次期の仕事と対価を渡しておく。エリシアたちも、森へ戻る休みを確かめて更新を予約した。
今回の勝利を理由に、期限のある誓約を、無期限の服従へ変えることはしなかった。
レオンは、ゼルドの記録を閉じてから席へついた。
遺族への通知と、裁定の記録は残す。彼のしたことを消さず、帰らなかった事実も消さない。
それから、今夜いる者の杯へ目を向けた。
エルフの射手と、元徴収隊の兵が、同じパンを割っている。
怖さを知った後にも、ここで食べることを選んだ者たちだ。
*
数日後、レオンはシルヴィアと市場へ出た。
今度は自分で代金を払い、干し無花果を買う。
店の男が顔を覚えていた。
「今日は、先に手を出さなかったな」
「覚えた」
シルヴィアが笑う。
二人は通りを離れ、川沿いへ回った。
護衛や巡回の指図ではなく、どちらへ歩きたいかを話す。
レオンはその違いを、まだ少しずつ覚えている。
彼女が差し出す包みから一片取り、今度は自分から、次も来ようと言った。
夕方、街門へ王国の伝令が着いた。
日付は、城での降伏より前だった。村からの報告と領主の告発を受け、すでに王都で作られた命令だ。
王国軍による、辺境の軍事秩序の回復。
追放王子の武装組織を調査し、必要なら解体する。
レオンは封を閉じた。
窓の外では、明日の荷車へ板を載せている。
シルヴィアが、隣へ立つ。
「次は、王国ね」
「記録を出す。戦わずに済むなら、その方がいい」
「それでも、向こうが剣を抜いたら?」
レオンは、働く者たちの名を開いた。
「ここへ帰る者を、守る」
外から、荷車を押す声が届く。
もう一人ではない。
その声のある街で、鉄律騎士団は次の朝を待った。
60話までお付き合いくださり、ありがとうございます。レオン一人では作れなかった帰る場所を、一緒に見届けていただけてうれしいです。
次回予告:騎士団の歩みは、王国との新たな局面へ続きます。
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