第59話 貴族だから、許されると思うな
城の門前に、ロイドが紙を掲げた。
徴収の控え。村の重複した受取札。私兵への支払い。番所で使われた人質の条件。
全部の罪が、ここで確定するわけではない。
だが、もう領主の書いた一枚だけが、真実を決める場所ではなかった。
「民を解放し、私兵の攻撃を止め、記録を保全すること。武器を置いた者への攻撃は認めない」
ロイドの声が、城壁へ届く。
門の上で、兵が互いの顔を見た。
村から徴用された者もいる。給金をもらうために残っていた者もいる。
自分が何をしたか聞かれることと、領主のためにここで死ぬことは、同じではない。
レオンは、兵が出る道を示した。
「武器はそこで預ける。負傷者は、先に手当てする」
城の窓が開いた。
アイゼンの声が、上から落ちる。
「王国の領主へ刃を向けるつもりか、レオン!」
大きな紋のある上着。
レオンは、追放の軍議で自分を笑った貴族たちを思い出した。
高い場所から言う者の名は、そこで命令に変わる。
「民を縛り、焼き、奪った記録を出した。弁明するなら、被害者の話も聞く場へ来てほしい」
「私の裁きは、国王陛下が決める!」
「なら、陛下へも同じ記録を送る」
窓の人影が動いた。
「王族であった時にも、役に立たん男だった。ならず者へ飯を与えて、王になったつもりか!」
レオンの横で、グスタフの顎が上がる。
シルヴィアは、その肩へ手を置いた。
今、声を荒らげれば、領主はそれを反逆者の姿として使うだろう。
レオンはもう一度、城門へ向いた。
「私は、ここにいる者へ帰る道を示している。君は、何を守るために、その兵を残す」
「奴らは私に仕える兵だ。お前が口を挟むことではない!」
アイゼンが怒鳴った。
城の上の兵が、顔を伏せる。
レオンは、伏せた顔を見た。
「なら、あの者たちへ話してくれ。最後まで残る理由を」
窓の男が、城壁へ目を向けた。
今までは、こちらの王子へ罵声を投げていればよかった。
兵の目が自分に向いた時、領主は卓の方を一度振り返った。
「命令だ。持ち場を離れるな」
それだけを言った。
アイゼンは、それ以上兵へ話さず、窓を閉じた。
窓が閉じると、城壁の上の足音が止まった。
レオンは返事を待っている兵へ向き直る。
「給金がなくなるのが怖い者もいるだろう。私が今ここで全員を雇う、と約束することはできない」
門の上で、槍を持つ手が動いた。
「なら、出た者はどうなる!」
「先に、何をしてきたか話を聞く。村から呼ばれた者は家へ戻る道を、負傷した者は手当てを確かめる。領主の代わりに、君たちを金庫へ入れることはしない」
しばらく返事がなかった。
城の影の外で、ロイドが受取の卓を用意する。
武器を預ける場所と、話をする場所を分けた。
グスタフが、地面へ大盾を立てた。
「こっちへ来れば、一度座れるぞ」
短い声が、門の上へ届いた。
兵の一人が自分の足元を見た。夜から立ち続けているのか、片脚を少し引き、また槍へ体重を預ける。
レオンは、今度の返事を急がせなかった。
*
最初に出てきたのは、槍を両手で持つ若い兵だった。
地面へ置き、膝をつく。
「腹は刺されませんか」
シルヴィアは、彼へ水袋を渡した。
「刺しません。立って、こちらへ」
兵は、槍から手を離した後も、自分の手首を隠していた。
「俺にも、あの印を付けるのか」
「付けません」
シルヴィアは、水袋を彼の手へ渡す。
「ここへ来た者を、そのまま私たちの兵にはしません。名前と、来た村を教えてください」
若い兵が村の名を言った。
ロイドの手が、記録へ動く。
領主を裏切った者、とだけ書かれるのではない。
兵は水を飲み、今度は自分で、後ろを振り返った。
それを門の上から見ていた者が、次に動いた。
人数が増えると、城の将校が怒鳴る。
兵は振り返った。
将校の背後にも、もう同じ人数はいない。
昼までに、外門の兵が武器を置いた。
城内の将校が、なお剣を抜こうとした。
その前へ、給金の支払係が出る。
「領主様の荷は、金庫ごと西へ移りました」
「だから何だ!」
「私たちには、給金をあとから払うと。ご自分の財は、先に出されました」
兵が、将校を見る。
約束された金のために残る者にも、その約束を誰が守るかは分かる。
城の窓は、もう開かなかった。
将校は、剣を持ったまま後ろへ下がる。追いかけて斬る兵は、外にも内にもいない。
槍が、また一本置かれた。
シルヴィアは門の敷石へ入り、民が通る幅を空けさせた。
レオンも、列を早く進ませようとはしなかった。武器を預ける順番が乱れれば、一人の焦りから戦いへ戻ってしまう。
盾を持つ者が、ここでは降伏を守るために立っていた。
レオンたちは門を壊して民の家へ入る必要がなくなった。ロイドを先に通し、倉と記録室を封じる。
騎士団の兵へ、物を勝手に持ち出さないよう、改めて告げた。
勝った相手の城でも、厨房の鍋は厨房の物だ。
奥の門へ向かうと、荷役の者が道を指した。
「領主様は、西へ。金庫も、そちらへ」
テッサの調べた通路と、同じ方向だった。
シルヴィアが剣を抜く。
奥に残る護衛は、まだ武器を置いていない。
「ここからは、私の班が先に行きます」
レオンは頷き、列の中へ入った。
先日のように、一人で敵の刃を受ける位置には立たない。
廊下の奥で、重い扉が落ちた。
それでも西へ抜ける出口には、すでにニコがいる。
レオンは合図の届く者たちの紋を繋いだ。
領主の逃げるための城に、仲間の足音が近づいていった。
剣だけでなく、受取札や証言もここまで運ばれてきました。小さな仕事の積み重ねが城へ届く回です。
次回予告:仲間と共に、領主のいる城の奥へ。
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