第6話 最強になった翌朝、筋肉痛までは消えていなかった
鉄律騎士団の朝は、うめき声で始まった。
「腕が上がらねえ」
「俺、膝が曲がんねえ」
「曲げたら戻せなくなったんだけど」
酒場の裏庭で、ニコが妙な姿勢のまま固まっている。
ダリオが襟を掴んで起こした。
「昨日、普段より力を出した分だ。いきなり走るな」
「じゃ、今日は休み?」
「まず盾を洗え」
「膝が痛いのに?」
「座って洗える」
レオンは、壊れた盾を一枚ずつ木箱に並べた。
表面の割れだけなら補修できる。取っ手が抜けたものは持ち直せない。新しい板と鉄の釘が必要だ。
槍も二本、穂先が曲がっている。
魔力が戻れば直るものは、一つもなかった。
「あんな力が出るなら、次はもっとでかいのを狩れるんじゃねえか」
グスタフが自分の盾を持ってきた。
「次の一撃を、これで受けられるか?」
レオンが裏を見せると、大男は黙った。
鉄の留め金が浮き、木の柄には深い亀裂が入っていた。
「捨てるのか」
「修理できるか確かめる。直るまでは使うな」
「こいつで、あれを止めたんだがな」
グスタフは亀裂へ指を当てた。
その手を、レオンは少し意外に思って見た。取り分を争った男が、壊れた盾を簡単には置かなかった。
そこへ、短く結った黒髪の女が裏門から入ってきた。
「隊長、東の街道巡回から戻りました。商隊一つ、旅人三人。橋の付近に新しい崩落はありません」
シルヴィアが顔を上げる。
「テッサ。昨日のオークは?」
「丘の北側へ逃げた二頭の足跡を確認しました。街へ戻る痕跡はありません。街道の避難小屋にいた者も、夜のうちに帰しています」
報告を終えてから、女はレオンへ向き直った。
「テッサ・リード。シルヴィア隊長の副官です。王子殿下、無事に引渡しが済んで何よりです」
「君の報告は分かりやすい」
「ありがとうございます。なお、報告外の件ですが、隊長は昨夜ちゃんと眠りましたか」
「テッサ」
シルヴィアが低く言う。
「昼のうちに休むよう頼んだが、夜は確認していない」
「でしたら、確認する相手を間違えました」
「何を報告している!」
ニコが盾の陰で笑った。
テッサは笑わず、庭に積まれた装備を見る。
「一人で見回りをするより、街門に交代の見張りがいる方が早く戻れますね。私も任務に加わって構いませんか」
レオンは法と雇用条件を説明した。最後に、彼女はシルヴィアを見てから、自分の言葉で誓った。
手首に紋が浮かぶ。
「裏門の見張りは、私が組み直します。隊長は民の確認を」
シルヴィアは頷き、レオンの帳面を覗いた。
「足りない物、増えましたね」
「釘、板、薬、包帯。給金を確保するため、これも売る」
レオンは外套の銀の留め具を外した。
成年祝いに受けた私物だ。王家の紋が刻まれているが、記章としての権限はもうない。
シルヴィアが留め具を見た。
「それまで手放すんですか」
「七日目の給金は約束した。換金を待つ間に、先に確保する」
留め具を帳面の上に置く。外套の前が、少し開いた。
「……風が入りますよ」
「紐で留める」
「見た目を、もう少し気にしてください」
彼女は予備の革紐を差し出した。
レオンが結び損ねると、手を伸ばして結び直す。近くで金色の髪が揺れ、指先が襟に触れた。
何か礼を言うべきだと思った時には、彼女はもう離れていた。
「先に商人へ行きましょう。素材を現金にしなければ」
庭の外には、ガルムドから取り出した魔石の箱が置かれている。
街を守った戦果が、次に街を守る釘へ変わる。
その間を埋める仕事は、まだ何も始まっていなかった。
力が増しても筋肉痛も壊れた盾も残る。戦いの後の、少し情けなくて大事な朝でした。
次回予告:討伐の戦果を、明日の飯へ変える交渉が始まります。
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